(5)勝利の方程式

(前編)





「はぅわっ!」

「なんだ? 母さんっ?!」

「どうした? 卵の殻でも入ってたか?」

すぐに「いやいやなんでもない」とかそういう意思表示が出来れば良かったのだけれど、そうも行かず。

あたしはシンに手渡された水で喉に詰まったスクランブルエッグを飲み込む。

熱々スクランブルエッグはぷるぷるしてて、和麻が機嫌のいいときにしか作ってくれないもの。

今日の朝食はそのスクランブルエッグにりんごヨーグルト(お手製)とサラダに紅茶でした。

レシピはネットで前にネットで調べたらしいものだけど…いや、本気でうちの長男は料理が上手いですよって、そうではなくて。

「和麻、すごく機嫌がいいけれど…何かあったの?」

けほりと小さく咳き込んでからそう聞くと、小首を傾げられた。

「別に母さんが気にすることは何も無かったけど?」

そう言ってからにっこりと微笑まれるその笑顔は甘い。

今日は普段の三倍ぐらい甘い。

「でも和麻、ご機嫌じゃない」

「ん。でも別に母さんが気にするようなことはないさ」

さわやかな言葉と、その少女マンガならきらきらと星と華吹雪が舞うような、そんな笑顔の和麻に、あたしはそれが何を意味するかわかってしまった。

前世で読んだ、あの話の流れそのままならば。

…親子対決だ…!

「そ、そう」

「和麻、その笑顔すげぇ気色悪い」

「お兄様に向かってなんだその口の利き方わ」

「いてーーーっ」

「わんっ」

「ディ、教育的指導中だ。お前もやっとくか?」

「きゅーん」

ぎゅうっとシンの頬をつねってディに見上げられ、素敵に物騒な笑みの和麻に対してあたしは言葉を飲み込む為にスクランブルエッグを口にした。

美味しい、と同時に複雑な感情がわきあがる。

原作では確か、『八神和麻』が勝って『神凪厳馬』は重症になった。

再登場するのは何巻目だったか。

それは忘れてしまったけれど、確か短編でまた喧嘩をしていたはずだから死ななかったはずだ。

…こ、こっちの、あたしの関係者としての二人の対決はどんな結果に終わったんだろう。

いや、ここに和麻がいることで彼が勝ったっていうのは判ってるよ?

問題は厳馬さんがどうなったかだ。

まだ彼のことを思うと、ちりっと胸の奥が痛んでしまうけれど、それはそれこれはこれ。

…あとで霧香さんに聞こう、うん。

そう思いつつ、あたしが紅茶のティカップを持ち上げたときだ。

あたしの携帯電話が鳴った。



あたしはそっとそれを取ると、名前を確認する。

『橘霧香』と書かれてるのでそのまま出ると、少し切羽詰ったような彼女の声が耳に届いた。

さん、本当に申し訳ないのだけれど、貴女の方からの口添えをしてもらって和麻に神凪宗家に来てもらえるように言ってくれないかしら…っ」

「神凪へ?」

あたしの言葉にピンと来たのか和麻は笑顔であたしの電話を取る。

「霧香」

しぶしぶと言った感じで、和麻が承諾するのを聞いた。

「へぇ。神凪に行くんだ。和麻」

「どうにもこうにも、向こうも切羽詰ってきたな」

物騒な笑顔でいう台詞じゃないぞ、息子よっ。

とりあえず、その笑顔を引っ込めてしまう話題を振ろう。

のお家は…大丈夫かな」

いかに引きこもりとはいえ、の父母はこちらの世界での実の両親だ。

「…宗主の口からは引きこもってるって話だっけ」

シンの言葉に和麻が眉を寄せた。

「いくら引きこもっていたとしても、いくらなんでも本家の危機だからな。知らん顔はしてられないだろうし…ひょっとしたら出てくる可能性もあるわけか」

和麻にとってはおじいちゃんとおばあちゃんだ。

「家の中に気配はあったから無事っちゃあ無事なんだろうけれど。…判った。もう一度、見てくるよ」

「うん、御願いね。本当は、あたしも…」

「「駄目」」「くぅん」

なぜそこで間髪入れずに却下ですか、息子達よ。



その日は学校案内の資料を集めた。

あたしが行くのと、それからシンが行く高校の。

正直、シンはかなり渋ってたけれど…でもねぇ、シン。

「偏った人脈とかだと頭が固くなっちゃうから、あたしの身体が人並みにちゃんと体力付けてからでも遅くないから学校に行ってくれる?」と言うと頷いてくれたので、嬉しい。

あたしが行くのは就職に有利になるような、専門職もの。

ホームヘルパーと料理学校の資料を手に入れた。

…んー、正直事務系もいいなぁとか思ってたりするから、どうしようか? なんて話をしながらゆっくりとした足取りで食料品とか文房具とかまた細かいものをお買い物しようかってそんなときだった。

ちりりっと首の付け根、というか何かしら身体のどこかがきしんで痛む感触に眉をしかめる。

母さん?」

「…なんか、空気、おかしくない? シン。ディ」

あたしの問いかけに、シンがあたりの様子を見渡す。

どこにでもある街の風景。

「何か、感じたの?」

「…うん、やな感じ。早めに家に戻ろうか」

「そうされると困るんだよ」

え?

ズサッ!!!

音でするなら、そんな感じ。

血の匂いがすぐに鼻につく。

そう、今さっき感じたどこにあでもある街の、日常が、血に染まった。

っ。

むせ返るようなその血は、あたし達の周囲に、普通に生きていた人たちのそれ。

はきそうになるのを堪えて、声の主を探す。

「久しぶり、と言っても君は覚えていないだろうね。初めまして、と言っておくよ」

シンは?

ディは?

「てめっ、このやろっ。何てことしやがる!!」

「おや、生きてた。さすがコーディネーターは反応が早い」

シンがコーディネーターって、何で知ってる?!

御願い、火の精霊たちっ!!

あたしは周囲の精霊に呼びかけると、声がしたその方向に向けて放った。

けれど、その声の主はいとも簡単にそれを握りつぶした。

「神凪。今は、八神だっけ? 一緒に来てもらうよ」

狼の咆哮がして、ディスティニーがそいつに向かって飛び込んでいくけれど、今度はきっかり避けられた。

「ディ!! 母さんを!!」

「遅い」

風があたしの身体を吹き飛ばすっ!

「母さんっ」

「あぁあああああっ!!!」

意識が、消え、かける。

「僕の名前はミハイル」

その名前だけ聞けた。


確か、ミハイルって……。

魔術結社アルマゲストの、ひとり、だった、気が。








ぶつんと、あたしの意識はそのまま闇の中に落ちた。






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練達の一撃と紅蓮炎舞使用。

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