(6)遠き故郷に手向ける歌を



(後編)




気がつけば、家のベットの上。


きゅうん、という甘えたディの鳴き声に「おはよう」とだけ返した。

あの後、どうなったんだろう?

と、思って起き上がると巫女服からパジャマに変わっていた。

……。

誰が着替えさせてくれたの? あたしを。

脳裏に長男の顔が浮かんで、赤面する。

……うん、もうちょっとそれは後回しにしよう。

パジャマを脱いで、下着も着替えて、動きやすい服を着る。

着ていた下着を洗濯機の中に放り込んでから「おはよう」と挨拶すると、シンが紅茶を作ってくれていた。

「おはよう、母さん」

「あぁ、母さん。おはよう」

シンと和麻の二人の息子の挨拶に肩の力が一気に抜けたような錯覚を受けて、自分が一番安全な場所に、家に戻ったのだと実感した。

と、同時に浮かび上がるのはミハイルのこと、風巻さんのあの姿と…和麻の力。

「心配掛けて、ごめんね。お母さんなのに」

そう言うと二人とも苦笑いを浮かべて、ディはあたしの足にただそっと寄り添ってくれた。

「…昨日の夜のこと、一体どうなったか教えてくれる?」

あたしの言葉に和麻は「あぁ」と軽く頷いて教えてくれた。

あたしがミハイルに誘拐された後に、風牙衆の呼霊法でミハイルと風牙衆の居場所を掴んだ和麻は、なんだかんだ理由と条件をつけたけれど結局原作と同じように神凪綾乃ちゃん、それから宗家に程近い実力者達と団体で行動することになったそうだ。

シンはパトカーで警視庁特殊資料整理室の探知系の術者の人達に協力してもらって、途中でその人たちと合流。

新幹線を降りて、レンタカーを借りて移動中に、風巻さんの息子さんから襲撃を受けた。

妖魔と化した風牙衆の実力者と、流也さんの実力を前に神凪の術者の大半はその命を落としたそうだ。

「神凪は確実に衰退する」

惜しむこともせず、ただ淡々とシンは事実を口にした。

まともに動ける術者は若手数人だけで、そんな彼らは実戦慣れをしていない人間が多いのだそうだ。

あの綾乃ちゃんが一番現場にでている人間らしいのだけれど、今回の一件でどうなることやら、と意味深に和麻が呟いている。

宗主の顔を浮かべて、あたしはうつむいてしまったけれど息子は話を続けてくれた。

そのうちにドラゴンが現れて、簡潔に言ってしまえば和麻はそれを倒した。

そのときのやり取りで和麻はミハイル…あたしを誘拐した魔術師は風巻さんが殺したのだと教えてもらったそうだ。

その後のこと。

あの後からずっと神凪宗家と霧香さんは話し合いを続けた結果、今朝になって決定したことは残された風牙衆は霧香さんの采配で警視庁特殊資料整理室の保護観察下組織となった。

風牙衆を立て直したいと宗主は仰ったがそうだけど、分家の長や前宗主はそうじゃない。

自分たちが虐げたものがこれ以上、牙を持たないように。

そう考えることが普通の人たち。

「なので弱小とはいえ公的退魔機関を間に挟めば、声高にそんなことは言えなくなる」

「そう…」

「時間はかかるが風牙は『国』に守られて、立ち直るよ」

和麻はそう教えてくれた。

妖魔と化した風牙衆、そして風巻親子は死んでしまい、風牙衆は一番風巻家に血が近い人物を立てて長として、今度は警視庁の人間と一緒に働きだすのだそうだ。

「そう、だよね。風牙の人たちからしてみれば神凪は…神凪は恐ろしいから、だから離れることが一番、いいよね」

「…そうだな」

「風牙の人にね、あたしと和麻が神凪に残ってさえいたらって…言われたの。もし、あたしが…」

母さん」

窘められるようにシンがあたしを呼ぶ。

「そんなの、関係ねえって…っ!」

「そうだな。確かに母さんと俺があの神凪でずっと生きていたら何か変わってしまったかもしれない。けれどそれはただの空想に過ぎない」

息子はきっぱりと言った。

「過去は変えられない、戻れない。それにきっと俺達がいても反乱はとめられないさ。俺達だけの存在が『神凪』の組織にできた影響なんて些細なもんだ」

うん、それは判っている。

「でもあたし達が希望だったと、そう風巻さんは…」

「あの傲慢な一族の中、普通だったのが母さんだけだったんだ。だからそう思うのは無理はない。だから、母さん、気に病まなくていいから、そこだけ少しだけ誇ればいい」

「誇る?」

「反乱しか考えられないだろう、あの虐待されていた風牙衆が、神凪の血を引くのに母さんにだけは敬意を払ってくれて、『希望』だと思ってくれていたことを」

あたしは息子の言葉に、小さく頷くことしかできなかった。

…だってあたしはこうなることを知っていたはずの人間で、とめる努力も、出来たはずの人間。

一人だけでなにができるのか、なんて判らないけれど。

きゅう、と小さくディが鳴いた。

シンの入れてくれた紅茶に唇をつけて、一息吐いた。

「うん、そう、想うことにする」

そう、口にして自分に言い聞かせた。

なんとか原作の話を思い出して、そうして何かあったら手を伸ばす努力をもっとしてみよう。

それが、あたしに対して希望を見出していた人たちへの償い。

「ん」

そんなあたしの心を知ってか知らずか満足そうに和麻が笑う。

「神凪、とはどうするの? 和麻」

そっと聞くと長男はその笑みを浮かべたまま、こう言った。

「霧香を間に立たせての交渉で、停戦はしているけどいつまで続くかな」

「それより身内扱い、またされるんじゃないか?」

シンの言葉に和麻は顔をしかめた。

「それは願い下げだ。…ん、母さんも宗主に会って満足したし、の家のことは残念だったけれど」

うん…。

「けど、これで母さんも俺も神凪とはきっぱり縁を切られたわけだ」

……。

ものすごい笑顔なんだけど息子よ…けど…。

「和麻、その…あちらのお家の弟…」

「俺の弟は八神・アスカ・シンとディスティニーしかいないぜ、母さん」

「和麻」

煉くん、だよね、名前。

彼は確か原作の中ではすごく兄の『八神和麻』を慕っていた。

『和麻』も弟には弱かった、気がするのに、うちの息子の八神和麻は違うんだろうか。

「それよりも俺達の今後だな。母さんは身体を治すことに専念として…問題は魔術師の連中がなんで俺のことを知っていたか、ということなんだよなぁ」

シンがそう言ってから、ずっと紅茶をすすった。

あ、そうだよね。

ミハイルと名乗ったあの魔術師は、確かにシンのことを「コーディネーター」って言った。

「シンがコーディネーターって知ってるのは俺達か、ギルのとこ以外にはいない、が…お前たち以外にもいるんじゃないのか? コズミック・イラからの来訪者」

「そう、なのか…な」

シン。

くぅん、とディがシンを見上げた。

「いい、奴なら、べつにいいんだ。けど…」

誰を思い浮かべているんだろう?

「けど?」

「……うぅん、なんでもない」

もしかしたら、自分の家族が来てるんじゃないか、とか思っちゃったのかな?

それとも、また違う誰かを想像したのかな。

「とりあえず当面は、それを調べるのに集中するか」

「あれ? その…お仕事の方はいいの?」

あたしがそう聞くと、和麻はにっこり笑った。

「あぁ、当面は働かなくてもいい額、稼いだからな」

にっこり笑顔の息子に「それはどこで」とか「いくらぐらい?」とかは聞けなかった…。

うん、なんかそういう迫力がある笑顔だった…。

「とりあえず、なんか飯作るよ。母さん、腹へったろ?」

あたしは和麻の言葉に自分が朝ごはんを食べていなくて、よく考えなくても昨日からほとんど何も口にしていなかったことに気がついた。

ご飯を食べて、休んで、それから考えよう。

そうして前に進もう。

時間は取り戻せないなら、先をなんとか変えていこう。

「うん、御願い。昨日から殆ど食べていないから胃に優しいメニュー頼んでもいいかな?」

「喜んで。シン、手伝えよ」

「おう」

息子二人がキッチンに行き、ディがあたしの隣のまでくると頭をのせて甘えてきたので、彼を撫でる。






うん、頑張れる。

まだ、歩けるよね?

だったら、頑張ろう、歩こう。

今回は息子達の足をひっぱっちゃったから、自分で自分の身を守るぐらいにはなろう。

生きて、動けて、考えられるのだから。

この心臓が動かなくなるその日までは、生きて、動いて、考え続けよう。







蛇足だけれども、本気でうちの息子は神凪と縁が切れたと思っていたらしいけれど、それはやはりこちらだけの考えで、あちらはそうじゃなかったことを知るのはこの日の数時間後だった。

あ、あたしを着替えさせたのはやっぱり、うちの長男でした。

笑顔で「母さん、着やせするタイプだよな」なんていわないでほしかったです。



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