(6)遠き故郷に手向ける歌を
(前編)
可愛らしいその容姿の持ち主を、あたしは複雑な心境で見つめていた。
ミハイル・ハーレイ。
見た目は美少年だけどその実はあたしの息子に対して復讐の炎を持つ、魔術師。
原作では第2巻目に…大神操ちゃんの心をいじくった子供、だった気がする。
そんなあたしは彼に今、己の意思というモノはなくて、ただミハイルというこの魔術師の思うままに動いている。
火の精霊は消してあたしを傷つけない。
炎の熱もあたしの身体を苛んだりはしないから、ちょうどいい、とばかりにあたしは衣装を変えられていた。
巫女服。
ミハイルに操られながら、あたしは風の神を復活させるための奉納舞を踊らされていた。
子供産んだことなる女が、そんな神聖なことをできるはずがないとあたしは思っていたのだけれどそうでもないらしい。
精神的に清らかな人間であれば、肉体がそうでなくても平気なのだそうだ。
あたしのどこが清らかなんだか! と怒りたかったのだけれどそうもできずに、いくつかの手順のうちの一つの舞を終了させられ、あたしは魔術師の側に立たされる。
もう一人、無表情の美少年がそこにいた。
…たぶん、あの子が、あの人の子供で和麻にとっては異母弟になる煉君、なんだと思う。
「ご苦労様」
労わる気はないくせにそういうこと、言うんだ。
頭では文句が言えても、口には出せない。
操られいるからというのもあるけれど、それはやはり怖くて。
「…そうそう、そういえば君はまだ教えていなかったけれど」
綺麗な鈴の音を背景に、彼は楽しげに言った。
「君達の前に使った神凪の分家筋がいてさ…まぁ神の復活ができなかったから、すぐに始末しちゃったんだ」
…っ。
「やっぱり、分家の血よりも本家の血、だよねぇ」
ミハイルはそういうとうっとりと陶酔した様子で、あたしに視線を向ける。
「分家の、そうって言ったかな?」
あたしの両親のことを言っているんだ。
こちらの世界で、あたしを産んで育ててくれた両親の。
「ごめんね? 」
心臓が嫌な感じで早くなるのに、すーーっと頭の方がさえてくる。
使ってみたけれど…何を? あたしの両親の血を?
捨てちゃった…何を? あたしの、この世界で唯一無二の、父親と母親を?
謝っているけれどその笑顔が全てを否定する。
「貴方…」
なんとか声を絞り出させる。
「何事にも成功するためには失敗はつきものだよねぇ? ね、」
なれなれしく呼び捨てにしないでほしい。
そう思っても口には出来ない。
唇をかみ締めて、怒りの感情を押さえつける。
「さぁ、『神』という名の何かの復活だ」
「いやさ、その前にすることがあります」
そんな言葉が聞こえてきたかと思うと。
え?
次の瞬間。
ごふり、とミハイルの口から血が流れ、胸の辺りから鋭利な刃物がその顔を覗かせていた。
「今までのご助力、感謝いたします」
「き、さ、まっ」
その光景にあたしは悲鳴をあげようとしたけれど、あたしに掛けられていた魔術の効力が解かれてもそれはあげれなかった。
人が人を殺す、その瞬間に恐怖を覚えて。
へたりこんで、そうしてどうっと倒れた魔術師…親を殺害した憎むべき魔術師のなんともあっけない幕切れに言葉がでない。
そう言いつつ見下ろすのは、風牙の長。
「……風巻さん?」
かすれた声を、またようやく出せれた。
「申し訳ございません、様。我らの至らなさが家の方を」
そう頭を下げる彼は、苦渋の表情を浮かべていた。
何か言おうとしたが、彼の動作と、そして何かしらの術がかけられたのか押し黙ってしまうあたし。
「思えば貴女だけでした。神凪で屈辱の中、我々の希望は貴女と貴女の息子の存在でした」
風巻さんはあたしをその場所から移動させ、最終プロセスに入っているだろう儀式を見てから、自分が指した魔術師の身体を足蹴にする。
「この、僕、が…っ」
ただの刃ではなくて、なにかしらの薬が使われているんだろう。
血の海の中で、風巻さんが何かを唱える。
めきゃ、という嫌な音がしたかと思うとあたしと同じく儀式の舞を行っていた風牙衆の女の人があたしの眼を隠してくれた。
「貴女という存在で神凪が変わっていくと、本気でそう思っていたのに…。あの女は、貴女を殺そうとした…っ! そうして、重症の貴女を、魔術師達は…っ!!」
音は流石にそのまま聞こえてくる。
「まさか、マサカ、お前、この僕ヲ…っ」
魔術の気配。
「この私でも、儀式魔術の一つは出来るので活用させていただきます。なに…貴方が我らの一族をそれに使おうとしたのですから、その威力はご存知でしょう?」
ミハイルにそう言っているのだろう。
風巻さんの言葉は冷たい。
「死体ガ、気が、霊、りょく…っ魔りょくガぁ」
「足りぬわけでは在りませんよ。死体は貴方が量産して下さいました、一般の方々のそれと今まさに倒されている風牙の民に貴方が呼んだ妖魔たち」
っ。
悲鳴も上げられない。
「霊力も魔力もコアの貴方のそれと、この場に在る炎も使えば上等ではありませんか」
静かに風巻さんはそう言うと、空気が変わる。
何かが焼ける匂いと風が動くき、炎の精霊たちが狂わされていくのを感じて鳥肌が立つ。
止めて、止めて…止めてっ!!
いくら叫ぼうとしても、それはできない。
「長」
「…女、子供…非戦闘要員の避難は…」
精霊達の悲鳴と、ミハイルの断末魔のような思念が風巻さんたちの会話を聞き取らせてはくれない。
「奥様」
それは風巻さんのあたしが覚えている最後の言葉だった。
「風牙は、長き隷属を科し、そして我らの≪≫という希望をの存在を殺した神凪を今宵、滅ぼします」
やめてください。
いまなら、間に合います。
手を伸ばそうとするが、それは叶わなかった。
目隠しが取れて、あたしの目の前には…。
白金の華麗なドラゴン。
それが鎮座していた。
「GYYYYYYYYYYYYYWWWWWWWWWW!!」
原作でいうところの第二巻目、ラストに出てくる『ヴリトラ』という名の魔法生物…ドラゴンが咆哮する。
あたしはぺたりとその場に座り込んだ。
その咆哮は、神凪に対する勝利への咆哮ではなくて。
…あたしが神凪にいたときにも、そうしてつい数分前にもあたしに対して接してくれた風巻兵衛さんからの別れの挨拶のように聞こえた。
白金のドラゴンは、その身体を霧状に変えるとそのまま外に出て行き、風牙の人間も数人だけを残して姿を消してしまっていた。
その人たちは複雑そうな顔であたしを見下ろす。
「貴女さえ、ずっと神凪に居て下されば…」
「よせ、言うな」
「…あぁ、判っている。全てはあの女が…」
そんなことを言い合っている風牙衆の人たちに、あたしは泣きそうになって、歯を食いしばった。
あたしという小さな存在がどれだけの影響力があったのか。
けれど風牙衆の人たちはにとっては、あたしと、そしてあたしが産んだ和麻の存在はこの反乱をとめるかするかぐらいの判断材料にはされていたのだと、そう言われると…自分の至らなさに歯がゆくなる。
それなのにあたしは、魔術師にいいようにされていた。
息子のこと、神凪のこと、風牙のこと…っ。
「それなら、いま、からでも…っ」
「おやめください。貴女の力でこの術に対抗しようなど」
見知らぬ風牙の人は、苦笑いであたしの手をとってくれる。
身体に貼り付けられた霊符と、そうして簡易の結界陣をあのあとまた施された。
火を操れないようにされているとは、感覚で理解は出来る。
「無理をしようとすれば喉を痛めます」
「…で、もっ…」
「我らの神がもうすぐ復活します。そうすれば…」
そうすれば、きっと神凪は壊滅する。
炎の中にたつ、あの人の息子の姿を見る。
高まっている霊的封印の解除の気配に、唇をかみ締めた。
原作では復活しなかったと思うけれどこの世界のそれがどうなるかは、本当にわからない。
和麻、シン、ディスティニーは…どうしてるだろう? シンは怪我、してないかな…。心配させてなきゃ、いいけれど。
瞼を閉じる。
脳裏に息子達と神凪一族の人たちの顔が浮かんだ。
あたし、何にも出来ないのかな。
「おい」
「…あぁ。奥様、それでは」
「っ」
風牙衆が総出で出て行く。
誰か、来た? と思ったら、すぐにズゥンっという地響き。
その後にやってきたのは。
「母さん、迎えに来たよ」
シンの声にほっとなりながら、彼を見上げた。
「ディ」
鼻をすすって甘えるような声を出しながら、ディスティニーがあたしを取り囲む結界陣を壊す。
それと同時に炎の中から少年が飛び出してくる。
反射的にその子の腹部をシンは殴りつけた。
「シンっ」
しかりつけるような、そんな声が出てしまう。
「大丈夫だ、殺しちゃいないよ」
中に入っていた妖魔の類が、彼の中から出てくる。
「ありがと」
あたしは札もとってくれたディにお礼を言うと、なけなしの力で炎の精霊に御願いしてそれらを滅すると同時に、シンの身体に存在するだけでも襲い掛かる炎の熱を操作する。
「母さん、ナイスフォロー」
いえいえ、これぐらいしなくちゃ。
あたしは片手を上げると、ディがあたしを救い上げるようにして背中に乗せてくれた。
「再封印、しなくちゃ、まずくない?」
「俺達がする必要はないよ」
あたしのかすれた声に顔をしかめてから、シンは少年を肩に担ぎ上げるとゆっくりと歩き始める。
ディがあたしを外に連れ出してくれた。
出れば、警視庁特殊資料整理室の現場で見かけたあの人たちが風牙衆を拘束していた。
あぁ、そうか。
封印とかその手だったらこちらの人たちの方が場数を踏んでるし、きっとあたし達よりも上手くいくものね。
「ご無事で何よりです!」
ありがとう、ございますと言おうとしてむせる。
「母さん…っ?」
ん、だいじょうぶ。
それよりも今はどういう状況なんだろう?
そう思ったときだった。
とんでもない量の風の精霊たちが、集結してくるのを知覚する。
すごい、すごい、とんでもない…!!
これが。
「和麻…」
あたしの息子の力なんだ。
和麻が強い、なんてことは知識では知っていた。
時折教えてくれる仕事のことでも判ってはいたけれど、本当の意味での理解なんかはできていなかったように思う。
ズゥンっという音と、風の音の合間に「GYYYYYWWWWWWW!!!」という声が聞こえた。
風巻さん…。
目を閉じると浮かぶ、あの人の顔と声。
こんなことをしてしまったけれど、あの人はとてもいい人だった。
ここまで、神凪が追い詰めてしまった人。
もしも罪があるとしたらそれは神凪…あたしが産まれてしまった一族に在る。
風が舞い上がる。
精霊たちが歌声を上げているように、思えた。
妖魔につかれた魂を、人から異形に転じた魂を、哀れみ、その故郷に手向ける歌を。
「母さん…」
シンは抱えていた彼を地面に下ろして、警察の人たちに任せるとあたしの傍に来て、そうして抱きしめてくれる。
「『たら』『れば』なんて、俺達にはきりがない」
「うん」
「だから、母さんや和麻が罪悪感を持つことはないんだ。悪いのは母さんじゃない。悪いのは和麻じゃない。…全部、神凪だ」
でもあたしはその神凪の血を引いていて…。
そうして、一番重要なのは。
あたしは、こうなることを予測できた人間である、ということ。
原作での流れを、覚えてさえいれば…もしかしたら、そう、本当、もしかしたら……。
くぅん、と生身と電子の狭間の声。
「ディ」
「ディも心配してる。…後のことは和麻がするから、だから、帰ろう? 母さん」
「シン」
「さん」
聞き覚えのあるその声に顔を上げる。
「き、り…っ」
またむせてしまった。
シンが背中をさすってくれて、落ち着くと彼女に頭を下げる。
橘霧香さんがそこに立っていた。
「無事でよかったですわ」
「ありが、とう、ございます」
「母さん、無理するなって」
その言葉に少しだけ笑みが浮かべられる。
「霧香さん、風牙衆の皆さんの…その…っ」
「その手の話は、全てを終えた後…貴女の息子さんに聞いてください」
優しげなその声音に睡魔が襲ってくる。
「きり、かさん?」
「ごめんなさいね、さん」
あぁ、何かの術か。
そう思った瞬間、あたしの意識は闇に吸い込まれた。
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