(1)君を待つ風



(後編)




「俺の、弟と妹、か」

和麻はそう呟くと、小さく小首をかしげた。

「弟はお前とディだけだと思ってたんだがな」

和麻の感情が読めない。

動揺はしていない、と思うけれど本当のところはどうなんだろう?

コズミックイラから飛ばされてきてからのパートナーで義兄の和麻は、まるで仮面をかぶったように感情を殺せるから始末が悪い。

…あぁ、あと俺達の間では当然のことだが、神凪にいる異母弟(本人は弟だと思っているだろう、知らないはずだし)のことはすっぱり頭から外している。

「俺もそう思ってたが、どうやら違うらしい。…嘘か本当か、生きてたんだ。母さんのお腹の中にいた胎児たちが」

俺の言葉は風に運ばれる。

ここはマンションの屋上。

深夜だから誰もいないこの空間で、和麻は風の精霊達に言って自然に近い結界を張り巡らせていた。

元来、風の通り道に立てられていたこのマンションは風術師にはもってこいの場所なのだそうだ。

「その話を持ってきたのがギルでなければ、相手を黙らせに行くんだが」

「あぁ」

魔術師や錬金術師とかいう類の人種を心の底から嫌悪している和麻だが、デュランダル議長とタリアさんの二人は別格だった。

あの二人と、レイと俺と、そうして俺達の『チャイルド』たちは和麻の中ではそうとうランクの高い信用度を得ているから。

…妹であるという『ミーア・キャンベル』の話はしなかった。

余計、混乱させるだろうからただ、一番重要なことを和麻に伝えただけだ。

「問題は、そいつらが『セントラル』に属している可能性が高いってことだ」

俺の言葉に和麻は眉を寄せず、淡々と言葉を返した。

「『セントラル』?」

「…いたろ、変な軍服みたいなの着たマッチョのキューピー」

「…知らんな」

俺は頭を抱えたくなった。

「…『アルゲマスト』の探索してるときにかちあった魔術協会の一つだ。治安維持だの秘匿保持だのって、突っかかってきただろう?」

「覚えてない」

あぁ、そうだ。

そうだな、和麻はこんな奴だ。

俺は小さく笑った。

「ま、いいけど」

「…にしても魔術協会、か。…洗脳されている場合もありえるか」

「俺が言いたいのは、さ。和麻。俺が、言いたいのは…」

「会ったほうがいい、て言うんだろう? シン」

「あぁ」

もしもこれが真実であれば…『ミーア・キャンベル』か、あるいはそいつが所属する『セントラル』の何かしらの意思が働いた謀でないのなら、和麻には守るべき家族が増えるということだ。

それは和麻にはいい存在だと俺は思っている。

母さんにだってそうだ。

最初はつらい、と思う。

きっと今の母さんは耐え切れない、と思う。

自分を責めて、どうしようもないぐらいに落ち込んで、浮上してこなくなったらどうしようかと思う。

でもきちんと安定したときに話をして、落ち着いて聞いてもらって「この子達がそうなんだよ」と言えば…まだ精神的には大丈夫なんじゃないか? と、俺は淡い期待をしてしまっているんだが、どうだろう?

複雑だとは、俺の頭でも想像がつく。

だって母さんにとっては妊娠さえ気がつかなかった子供達。

胎内から、勝手に奪われた命たち。

でも、そう…生きているから、だから、前に進めるのだと俺は信じたい。

ただ、怖いのは。

「俺が怖いのは、さ。何も知らない母さんがそいつらに会うことなんだ」

「あぁ、そうだな」

もしもこの会合と言うか、申し出を却下したとして。

そいつらが何かまたアクションをかけてこないとも限らない。

俺達が四六時中張り付いているわけにはいかないから、その隙間をついて会いに来るかもしれない。

とりあえず兄である和麻にあわせてワンクッションおいて、そいつらの要望を半分叶えたことで、母さんへの時間を稼げれば、と思う。

「会おうか。近いうちに。今は事故処理やらで忙しいから、日を決めてまず俺が会う」

「あぁ、そうしてくれ」

風が一陣、顔を横切っていく。

「またか」

「? どうした?」

「どこぞの馬鹿が俺達の様子を監視してやがる」

「…! 風術で、か?」

「あぁ。もう視線が感じられないから、悟られたと思って逃げたんだろう。足は速い」

「神凪との一件でここ使ったからか?」

「それにしちゃあ、手早い行動だ」

和麻は興味なさそうに周囲を見渡し、そうしてから俺を見つめる。

「ま、敵ならつぶせばいいだけのことだ」

違うか? という言葉に俺は苦笑した。







母さんの体調は、少しは良くなってはきているけれど、体力はまたがた落ちしていた。

すぐ家の近くの店にも歩いていけれなくなってしまっていた。

長距離の自力での移動はできなくなっていて、車椅子に座っての移動になる。

朝起き上がってくる時間帯も、昼に近い時間帯で、俺達はその間ネットで情報収集や、霧香からまわされた仕事をこなすことにしていた。

今日も母さんは昼過ぎにようやく起き上がって、和麻が作ったおかゆを口にして、一口だけ熱いお茶を飲めただけだ。

「…うぅ、情けない」

なんてへこんでいるのをみかけるけれど、俺はこう言っては不謹慎だけれど少しだけ安心した。

いや、外で働きたいなんて言ってるけれど、この分じゃそれは当分時間がかかるだろうし、仮に母さんだけで仕事をしているときにもしも神凪の連中とかちあったりしたら今の母さんだけじゃどうしようとか、そういうこと考えたら、もうこのままずっと家にいて欲しいと思う。

あと、俺を高校に行かせようとも思ってるから、その問題も先延ばしにされたことは、マジで嬉しい。

コーディネーターだとかナチュラルだとかそういうことじゃなくて…ま、本音はザフトの士官学校で、もう学校はこりごりだということだ。

そういうと母さんは唇を尖らせて「そういうこと言わないの」と諭してくる。

「今しかできないことは、今、やってほしいの!」

いや、だからさ…と見ると、少しだけ怒った目だったから。

「…はい。善処します」

国会の中継を見て覚えた言葉を使うと声を立てて和麻が笑って、母さんは頬を膨らませながら、ディの背中をなでている。

柔らかなこの空間。

…。

本当だったら、ミーア・キャンベルも、そうしてもう二人の子供達も、この空間にいなくてはいけない存在なんだよ、な。

コズミックイラの記憶があったとしても、『転生』としてこの世界に確かに生まれたのだと、レイは聞いた。

なら、俺達のような異分子としての存在ではなく、この世界に生きている人間で、そうしてこの暖かい空間にいなくてはいけなくて。

…実子ではない俺がその場所にいて、実の子のそいつらがこの場にいない。

罪悪感が、ぶわりと沸いた。

「シン?」

「…いや、うん。なんでもないよ」

和麻の目が座る。

…悪かったな、顔色と表情に浮かぶ感情を抑えられないぐらい未熟な元兵士で…っ。(いや、和麻の目がそう言ってる)

「そう、ならいいけど…」

「きゅうん」

「デ」

俺からディに視線を向ける母さん。

「もう少ししたら、散歩がてら買い物に行こうよ。母さん」

和麻の言葉に母さんは微笑んだ。

「そうだね。皆で行こうか」

「うん、皆で」

見たこともない和麻の弟と妹、そしてミーア・キャンベルの存在に、心のどこかでまた罪悪感を浮かべながら、俺はなんとか笑みを作れた。





願わくば、この家族と、この母と。

この空間が壊されるようなことがないよう、神様とかいう存在に祈る。






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