(2)間違いだらけの世界地図
(前編)
あれから何日もたって、神凪一族総出の慰霊祭も無事に終わったけれど…僕、神凪煉は、兄・神凪…いや、八神和麻と会えないままでいた。
風牙衆の反乱は……宗主のお話を聞いて、そして警視庁の人たちの話を聞く限りでは神凪一族の傲慢と差別が招きよせた悲しい事件なのに間違いはない。
……僕は神凪一族として、炎の精霊王に祝福を受けた一族の者としてそれを誇りに思っていた。
なのに、その仕打ちはどうだ。
弱さは罪だと教えられた。
自分たちは強者なのだから、何をやってもかまわないという勘違いをした人たちが多く一族にいたことは確かだったけれど…。
風牙衆の人たちには当たり前の話だけれど、あれ以来会っていない。
彼らは皆、神凪の家から警視庁…そう国に保護観察と管理が引き渡されて、神凪一族が、あるいは風牙衆が互いに連絡を取ることを禁止された。
宗主は風牙衆再興をと口にしたのだが、国の方からその申し出は却下されたそうだ。
…国は、また風牙衆を配下において、日常における虐待というかそういう類が出ることを危険視している。
神凪の中には風牙衆を一人残らず滅してしまえ、などと恐ろしいことを言う人がいるから、そう見られても仕方がないのだけれど。
風牙にだって、僕らに憎悪を持たない人は少ないだろう。
…妖魔や魔術師と手を組んで、なりふり構わず反乱なんか起こさない。
「こんなとき、兄様がいてくれたら…」
そう言葉にして、再会した兄様の様子を思い出す。
駄目だ。
兄様は助けてはくれない。
あの瞳は僕に対しての、憎悪の感情だった。
僕は何か兄様に恨まれることをしただろうか?
………心当たりがあるとしてもそれは僕個人のものではなく、神凪という一つの大きな組織に対してだ。
今回の風牙衆との戦いにおいて、兄様は妖魔と合体した風牙衆や、ドラゴンの姿になった風巻兵衛を打ち倒した。
僕を救ってくれたのは、八神・A(アスカ)・シン、という…僕の知らない、兄様の弟で…そうして、あぁ、覚えている。
巫女姿の女の人がいた。
あの人の名前をなんて言ったろう?
シンさんは、確かあの人のことを…。
「さん、て…いったっけ…?」
そうしてシンさんは母さん、と呼んでいた。
それはつまり…兄様の…でも…兄様の母様は僕と同じ…。
「煉さん…、今、なんと仰ったの?」
「母様…」
青ざめた顔を隠そうともしない母様がそこに立っていらした。
「ねぇ、煉さん。あたしの煉。…いま、なんと?」
がしり、と腕をつかまれて顔を覗き込まれた。
「母様…?!」
「おっしゃい、煉!!」
痛いっ。
「…、さんって」
「ひぃっ!!」
まるで火傷したかのように…いや僕たちは火では決して傷つかないけれど…母様は僕の腕から手を離した。
「ど、う、して、どうして、どうしてそんな名前が貴方の口から…」
母様?
脅えてる?
「そのことをこれから説明いたしましょう、深雪様」
僕達のすぐ側に、宗主側近の周防さんが立っていた。
じゃあ、僕も、とついていこうとしたが周防さんに止められ、僕は自室に戻るように言われた。
僕はの名前を出さないよう注意を受け(なぜだろう?)、そして周防に連れられていく、脅えた母様を見送りながら二人を見送ることになった。
「煉」
「綾乃姉様」
少し痩せた綾乃姉様が、笑って近づいてくる。
「どうかしたの?」
「え…いえ。別に大丈夫、です」
「大丈夫っていう顔じゃないわよ」
あれ以来、姉様は炎術の鍛錬にも剣術の訓練にも力を注いでいる。
側に仕えている大神操さんによれば、よほど悔しかったのだろう、とのことだ。
風牙衆との戦いで死んでいく術者たちに、ほとんど勝てなかったという風巻流也との戦い。
それを一瞬で、兄様に相手を浄化されて、そうして助かったのだと安堵した自分を自覚して…風術師ごときに遅れをとり、風術師ごときに助けられと、そう思った自分を恥ずかしいのだと一度だけもらしたそうだ。
『ごとき』
炎術を至高とする僕らにとっては、よく使う言葉だった。
分家のあの人たちも、今は修行に全力を注いでいることだろう。
純粋に、兄様に対する恐怖から、自分を守るために。
…あの人たちは、ずっと思っているのだ。
兄様が神凪に敵対すると決まったら、一番に殺されるのは自分たちなのだと。
「……母様が」
「深雪さん?」
僕は簡単に説明した。
さんの名前を出して動揺した…で間違いないと思う。正確には、脅えていたが正しいけれど…母を、周防さんが連れて行った、ということだ。
「さん…、てなんで煉がその名前、知ってるの?」
少し顔をゆがめながら、綾乃姉様が聞いてくるので僕は正直に言った。
「助けてくれたシンさんが、そう呼んでいたのを覚えていたんです」
あの人の位置づけはどうなるんだろう? 僕からしたら、兄様になるんだろうか?
「シン…あぁ、あいつ。変なメカ連れた赤目よね」
メカ?…判らなかったけれど、赤い瞳の色は印象に残っていたので頷いておく。
「あたし達が盗み聞きしようとしても、きっとお父様達にばれてしまうから…だから、後で聞きにいきましょう?」
「はい」
頷いて、僕は母様が連れて行かれた部屋に顔を向け、そして背を向けた。
しばらく時間が経ってから僕と綾乃姉様は宗主に呼び出された。
側近の周防に僕と母様が一緒に居たことを聞いたからだろう。
呼び出された部屋の中にはもう母の姿はなかった。
僕らが聞いたことは、僕の母、神凪深雪は地方にある神凪の別荘に引越し、そこで暮らすということだった。
僕も一緒に引っ越すのかと聞けば、僕は神凪直系の一族の人間である僕は行くことはないということだった。
母様は身の回りの世話をする数人の使用人と一緒にそこで生活することになるんだそうだ。
護衛として何人かのものも付けさせて、そこで生活してもらい、こちらには帰ってくることはほとんどないだろう、とのこと。
「…もしかして、それって…」
謹慎、というか半分軟禁状態の隔離じゃないか…!
綾乃姉様も気がついて口に出そうとして止める。
宗主の視線がそれをとめていた。
加えて僕は母様に会うことは禁止された。
少なくとも、地方に落ち着いて数年後ならいいがすぐは駄目なのだといわれた。
「どうしてです?!」
「私からの命令だ、煉」
厳しい顔の宗主に、僕はくってかかる。
「いきなり、そんなことを言われても納得できません! どうして母様と僕が離れて…、しかも会えないなんて。そうだ父様は納得されてるのですか?!」
「厳馬にはこれから説明し、納得してもらう。いいな、煉。会うことは私が許さん」
なんで? どうして?
僕の家が壊されていくのを感じる。
「宗主…!」
「それと、八神和麻と、それに連なる者の名前を神凪で口にすることを固く禁ずる」
「っ」
兄様と、兄様の家族のことを話すな?
どうしてそこまでしなくてはならない?
母様の、この一件と何か関係あるんだ…!
「よいな、神凪煉」
「………」
僕はただ一礼をして、それに答えた。
さんの名前を出したときに、様子のおかしかった母様。
引越し。
兄と、その今の家族の名前を出してはならないといった宗主の態度。
「…さんと母様の間に、何かあったんだ…だから…」
僕は宗主の姿を見送って、頃合を見てからこっそり母に会いに行き…そうして今まで信じていたものが崩れていくのを聞いて、見て、知ってしまった……!
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