(1)小さな家族

(EX1)




「呼び出したりして悪かったな、忙しいだろうに」

なんて俺が言うと、「いえ」と小さく返しながらじいさんが声を低めた。

俺、八神和麻が最愛の母・と相棒であり義理の弟でもあるシン・アスカとディスティニーを置いて先に日本に帰国したのは、なにも住居を整えたりするわけじゃない。

俺の『敵』を識別するためだ。




日本に帰ってきた俺は、身なりを多少なりとも整えて、結果、おざなりに日本において去ってしまっていた高校時代の彼女の元に赴き、頭を下げた。

母さんに子供の頃「女には優しく」とか教えられていたが、その後の親父と継母の教育の賜物かすっかりとそのことを忘れた挙句、当時の恋人に別れすらまともにすることもできずにいた。

その頃の自分の余裕のなさっぷりには涙が出てきそうだ。…実際には出さないが。

彼女は最終的には許してくれた(とは、思う。女心はわからん)。

今は心の整理ができていないが、またいつか笑顔で会おうとまで言ってくれた。

それで十分だった。

俺はもう二度と俺から会おうとは思わないから。

それから運転免許の取得に取り掛かった。

平行して日本で一番情報の早い奴に渡りをつけ、仕事の段取り。

それが終わったと同時に俺はこのじいさんの連絡先をつきとめて、日取りと時間を決めてこうしてうららかな暖かい日の光のあたる公園でベンチにお互い座っている。

風の術で呼霊法というのもあるのだが…やはり直接会って話したかった。

「お久し振りでございます、神凪和麻様」

「今の俺は八神和麻だ。わざと挑発するんじゃねぇよ。風巻兵衛」

これは失礼を、とじいさんは頭を下げた。

年齢的に言えば、まだ爺とはいえないだろうがその苦労から老け込んだ、風牙衆の長。

「日本に帰国されたのは、またいかなる御用で」

「俺の都合だ」

それだけ言うと、じいさんは笑う。

「大きく、なられましたな…。外での活躍、この兵衛の耳にも届いております」

タバコを取り出そうとする指が一瞬止まる。

神凪一族に隷属を余儀なくされた風術一族の風牙衆。

その技は確かに弱いが、情報収集・探索などには長けている。

とりわけ、風牙衆の技は神凪に圧制を強いられているせいもあって、その力には特化していたっけかな。

日本だけじゃなく、外の国の俺の行動も、ある程度は把握済みか。

さすが。

「いやいや、まさか…コントラクターにまでおなりになるとは」

「そこまで知ってんなら、もうあんたは知ってるな?」

小さくじいさんは頷く。

「神凪様…いやさ、今は八神様でいらっしゃいましたか。生きていてよかった、本当によかった…」

兵衛の表情は柔らかいものだった。

様だけが神凪の中で我々を一人の人間として扱った、唯一無二のお方でした」

「母さんは、普通だ。あそこが異常なだけだ」

「えぇ、そうでしょうとも」

静かにそういい切る。

「お体の具合は、いかがですかな」

「…まだ長い時間、自力で立っていられない。…自分が殺されかけたあの日を夢で見てうなされてる」

それでもまだ回復したほうだ。

なにせ意識がちゃんとあって、俺と話せるようにまでなっているのだから。

「おいたわしい…」

「兵衛、ここまで話したんだ。そろそろ本題といこうじゃないか」

「八神、様」

足元にやってきた鳩が数羽の目が俺達に向いた。

この男が知らないわけがない。

神凪の情報を統括しているのは、このじいさんなのだから。

あの一族の闇をよく知ってるはずで。

それを押さえつけているのも、あの一族。

「母さんを殺そうとした奴は、どこのどいつだ」






その答えは飛び立つ鳩の羽音にかき消されたが、俺の耳にはちゃんと届いていた。






「風牙の。今日は有益な情報をただでありがとうよ」

立ち上がる。

「いえいえ、こちらこそ」

小声でそういいあい、俺は立ち上がる。

「八神様」

俺の背中に風牙の長は声をかけた。

「お互い、不干渉で行きたいものですな」

「そりゃ、こっちの台詞だ」

俺はゆっくりとした足取りで公園を後にした。

咥えたタバコの煙が風にゆらぐ。

胸の中にたぎり始めた殺意が、もれないように心の奥底にしまいこんだ。

そう、今は頃合じゃない。

日本での基盤を作り上げ、俺の今の家族を守れるのに…愛しいを、母さんを守れる場所をつくりあげてからゆっくりと動けばいいのだ。

獲物は、巣穴からは決して動かないのだから。

その後の日々俺は数回、日本でフリーの退魔師として仕事を請け、こなし、日本の裏の社会でそこそこ名が通るようにしてからいくつか家を購入した。

そして本拠地に母さんたちと住むことにする。

風の精霊が集まりやすいよう、魔術的にも守るに適したその場所を探し当てて、最上階の部屋を二つとも購入する。

片方は住居。

もう片方はフェイク。

苗字のプレートは友好的な客以外は見えないようになっているものを、ギルバートに頼んでおいた。

コズミック・イラとか言う平行世界の未来からやってきたタイムトラベラー(ワールドトラベラーとでも言うのか?)の、あの男は裏の顔は腕のいい錬金術師だ。

そのプレートを、少し見難い場所にかけておく。

それとは別の市販のものをフェイクの方につけた。

最近は個人情報保護法とやらで、セキュリティの行き届いたマンションでもこうして表札を出すところは珍しいかもしれないが…俺達の、小さな家族が家族として歩みだす場所に家の名前をかけておかないというのは、なんとも気合が入らないものだ。

フェイクの方は勝手に家具を決定して、そこそこいいものをそこに収めた。

家の方はシンや母さんが来てからにしようと思いつつ、仕事をこなした。



そしてついに母さん達が来るという日に入れてしまった急ぎの仕事の中で神凪の分家の奴と鉢合わせする羽目になるとは思ってはいなかったが。

悪霊とか言われてるそいつに無様にやられてるそいつを見ながら思ったことは。

「母さんを迎えに行く日の仕事だってーのに縁起が悪ぃな。いっそのこと殺して厄払いするか」であり、また。

「俺という存在を知った神凪が、どう動くかな」だった。



何もなければ俺のことはほっておくだろうが、何も起きないわけがないと俺の中の何かが言っていた。

「お互い、不干渉でいきたいものですな」

そう言った風牙の長の言葉が頭から離れなかったからだ。






さんが日本に来るまで息子さんがやっていたことを息子さん視点で。



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