(3)愚者と聖者のバラッド

(EX3)






「本当にありがとう、和麻」

「…治療に使った魔術道具一式の使用料金はふんだくるから、覚悟はしとけよ」

猫なで声の橘霧香にそう言うと、小さく奴の口元がひくつくのが見えた。






俺、八神和麻は外をぶらついていた。

二つ、三つの霧香から紹介された退魔の仕事をさっさとこなして、本来ならば家に帰るか、あるいは最愛の母・の携帯電話に電話をして何か買うものでもあれば買い物に行くところだがあいにくとそういうことをする時間をくれない連中がついてきている。

この感覚は風牙衆。

おそらくは神凪のバカどもにまた命令されたんだろう。

昨晩の結城のボンボンと一緒にいて殺された人間と、奴の片腕をそのまま残してきた。

風牙が何をしたいのかはだいたい予想はつくが、何も俺を目くらましにすることはないだろうに。

…お互い不干渉にしたいと長は言ったが、先に手を出してしまったのはこちら側…になるんだろうなぁ、結城家の末子助けちまったから。

ま、この程度はお互い許容範囲内の接触だと思えばどうということはない。

ふいに精霊が俺に二人の人物が急接近するのを知らせた。

風牙でもなければ、神凪でもない。

私服…と、いってもどこぞのサラリーマンとOL風の服装をした男女のペアだ。

「よう」

俺が声をかけると、汗だくの二人は「探しました」と俺に言ってきた。

「どうした?」

「…八神さん、携帯電話の電源、オフのままじゃないですか?」

やんわりと聞いてきた男に、「ん?」と俺はポケットに突っ込んだ携帯電話を取り出してみた。

「おぉ」

「おぉ、ではありません。緊急時の連絡ができない状態ですよ?」

女の方がわめくので、視線で黙らせる。

「そ、それでですね…」

とりあえず俺は男の方も黙らせた。

風牙の耳に届くことなく、こいつら二人の耳にだけ言葉を運ぶ。

…。

術者としての風牙は優秀で、今の時点でどっちに転ぶかは判らない。

しょうがねぇな。

俺は携帯電話を開いて電源を入れて、留守番電話のメッセージを確認するふりをして二人の電話にメールを送った。

何かしらのことがあったら二人に、とくに女の方に連絡するように言って来たのは霧香で、彼女経由でメールアドレスも登録していたからできることだ。

「確認しな」

「はい」

「失礼します」

二人が見たのは、俺からのメール。

『神凪につけられてる。あと少しで接触。黙ってろ』

「了解」

女の方がそういうと、心配そうに男が俺の顔を見たので鷹揚に頷き、そして俺は歩き出す。

まるで二人をもともと従者のように引き連れていたかのように。

そうしてその数分後。

「久しぶりだな、和麻」

「誰だ」

馬鹿がのこのこ俺達の目の前に現れた。




適当に相手をしていたら噛み付いてきたので、やりかえしたら、炎の剣を纏ったガキが現れて…。

いや、本当…母・と、この俺にこいつらと同じ血が欠片でも入っていると思うと吐き気がする。

なんだ、この馬鹿ども。

普通、術者が何の用意もなく一般人が入る前で術を使うか?

一方的に決め付けて、こっちの言い分も決めずに相手を殺そうとしてくるっていうのは、相手に殺されても文句は言わないという無言の意思表示と考えていいわけだな。

俺は慌てず、騒がず、ガキを沈めた。

「…や、八神さん、それはちょっと…」

「あれだ、命の危機を感じたのでとっさに相手をやっちまった、てとこだ」

タバコを取り出しながら、足元に転がる連中を見下ろしながら言うと、警察の二人は溜息をついた。

何か問題でもあるのか、失礼な。

これでも俺としては特別優しい待遇だぞ?

なにせ殺してないんだからな。

タバコを口に咥えて、火をつける。

俺は二人に気がつかれないように、風で言葉を運んだ。

「とりあえず殺しちゃいないが、これ以上はわからんぞ」

風に乗かって運ばれてくる感情は、畏怖。

くくっと喉を鳴らして笑う。

「や、八神さん。彼らはどうしましょう?」

「応援でも呼んで所轄の警察にでも渡せば?」

ついでにくさい飯でも食わせろよ。

お前ら、一応警察なんだからよ。

「…いえ、それよりもあの部屋に運んでいただけないでしょうか?」

あぁ?

俺が眉を寄せると、女は俺をまっすぐに見てくる。

…。

あぁ、神凪と警察の交渉道具か。

「霧香にふっかけるぞ?」

「…はい、痛むのは室長で私ではありません」

嫌いじゃないぜ、その性格。

「…整理室の人間呼んで、運ばせな。俺は手伝わんぜ?」

周囲にいた風牙衆の気配が消えていくのを感じながら、俺はそう応えた。

宗主にだけ母さんに会わせたかったが、この分じゃ無理だ。

こんな馬鹿どもを向かわせてくる宗主も、きっと腐った男に成り下がったに違いない。

俺は冷たく三人に視線をやる。

そんな連中に、母さん会わせたら、母さんが嫌な気分になっちまうだろうし…なにより母さんが穢れてしまいそうで俺が嫌だ。




そう思っていたのに、帰るとシンから大神雅人に会ってしまったと聞いて。

俺は思わず。

「じゃあ母さんには事の成り行きを見守って改めてってことにしようって言って…神凪は、滅ぼすか」

と呟いてしまい、霧香たちにもう反発されてしまった。

しょうがない。

わざとらしく溜息をついて、珈琲を入れる。

…俺が手を出さなくても、滅びるべくして滅びるだろうけどな、神凪。

その言葉は俺は口には出さなかった。

なぜって?

交渉道具たち(神凪の分家と宗家の人間)を使ってこれから神凪とつながりを持とうとする、橘霧香という金づるの夢を壊すのもなんだろう?

俺は優しい男なんだから。





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