(4)凍てついた皿にこぼれる炎

(EX4)





俺、八神和麻は今日もまた最愛の母・たちとわかれて行動したのは、理由がある。

昨日の今日だ。

神凪のアホどもが俺に対して行動を移してくる可能性が充分にあるし、それによって母さんの行動が制限されるというのは業腹ものだ。

母さん自体、資料室の連中の仕事に興味を示して、あちらの見学をするというのにそんなときに不愉快な目にあわせるわけにはいかない。

霧香のことだから、もしかしたら神凪の連中になにかしら言われているかもしれないが。

霧香のところにいれば、少なくともまともな頭の連中が来るはずなので俺のところのように問答無用で攻撃するアホは来ないのでその点に関しては安心している。

と、いうかそこでも力技一直線のやつしか来なかったら、霧香がなんらかの情報戦をしかけるだろう。

あの女はそういう女だ。

弱みを握ったら上手く立ち回るだろうし、俺がどれだけ母さんを大切にしているか理解はしているから、何かしら不手際を起こしたら俺がどういう行動に出るかちゃんと正しく理解できている。

だからこそ、上手く付き合っている。

幸か不幸か風牙の連中の、あの探るような視線と風は俺にまだ向いていた。

今日もまた、神凪の誰かが俺に接触してくるだろう。

警察の連中はもういないし、宣戦布告は出したつもりだ。

…神凪は人の話を聞いていない馬鹿が多いから、次にあった奴らに再度言う羽目になるかもしれない。

…………問答無用に、切り刻むか?

それはそれで独創性がないな。(だって神凪の玄関先で二人ばかり似たようなもので殺されているのを知っているわけだし)

どうするか? なんて思いながらタバコを買って懐に収めていた、まさにそのときだった。

宿す火の大きさはあの綾乃までにはいかないが、それでも分家の二人組を軽く超える。

その存在が急接近する。

あと一つもそこそこ能力は高い。

先手必勝といくかな。

「兄様…っ!」

その声を聞いて、鳥肌が立つ。

恐ろしいとかそういう類じゃない。

嫌悪か? 憎悪か? 

またはどっちも違う何かか。

「………」

俺は声のした方向に顔を向けた。

風の刃をまとわりつかせて、ほんの少し力をこめれば声の主は死んで、俺のこの嫌悪や負の感情は霧散するはずだったのだがそうすることは叶わなかった。

人目があるとか、そういうものじゃない。

「お久しぶりです。…覚えていらっしゃいますか? 大神操です」

ガキの頃、唯一神凪でかばってくれた存在がそいつの傍にいたからだ。

内心、舌打ちして俺は彼女に視線をやる。

「……大神の娘、だったな」

火達磨になりそうになった俺を、捨て身でかばってくれたいつかの少女は微笑んだ。

「はい」

「に、兄様?」

自分の呼びかけに応えたのだろうと思ったそいつは必死になってすがりつこうとしてくる。

俺は視線でそれを制する。

「大神のが一緒なら、お前は神凪だな」

「っ…! 神凪、煉です! 貴方の弟の!」

「俺は八神だ。神凪じゃない。それに弟は別にいる」

お前は俺の弟じゃない、と言い切ると途端にガキは泣きそうな顔になる。

俺はとりあえずそいつの顔を見るのを止めて、大神の…そう操とか言ったか…操の方に視線を戻した。

「立ち話ですむような話か?」

「いいえ」

きっぱりとそう言って首を振る。

「しょうがねぇか。少しばかり移動でもしよう」

移動中も俺は神凪煉の顔を見なかった。

……どう言えばいいか…。

確かに神凪和麻としてみれば、出来のよすぎる『弟』として煉という存在がいたのは覚えている。

出来損ないの兄・和麻を慕ってくれたのは確かなのだが、いかんせん、八神和麻となった彼=俺は知ってしまっている。

この弟は、最愛の母・を殺そうとしたあの女と、助けを願った母を助けられずに、さらには犯人の女を抱いたあの男の血を引いているのだと。

生まれに罪はなく、罰を受けるとしたらあの男女であって子供のこいつではないことはわかっている。

だが浮かぶ負の感情。

おそらくはこいつの存在とその「兄様」という言葉が、奴らの一人と血が繋がっている自分を思い知らされるからかもしれない。

そしてあの女を思い出させるからかもしれない。

あの女に気に入れられようと、火が使えなくても他は優秀なのだと認められたくて努力をしていた自分の姿を思い返し、顔をしかめた。

…いかんな。

これじゃ八つ当たりだ。

溜息をつきながら俺は二人を促して近場の公園に足を向けた。

公園には平日というのもあって人は疎らだが、念のために歩きながら風の精霊たちを使って人払いの結界も作り上げる。

風牙の連中は何もしてこないから、まぁ遠巻きに見ているか傍観しているんだろう。

子供の声やなにかしらの放送の声がどこか遠くなっていくのを感じながら、ベンチに座る。

「で、なんの用だ。神凪」

そう言うと多少顔を青ざめた神凪煉が口を開いた。

「…兄様を説得しにきました」

あくまでも俺を『兄』だというそいつは、立ったまま俺を見つめる。

「座ればどうだ」と大神の娘に言えば「いえ」と躊躇いがちに断られた。

真意をさぐるような視線に、口元に笑みが浮かびかける。

火術師が風術師を恐れてるなんて滑稽だなぁ、おい。

「で?」と促すと神凪煉はまず一番最初に聞いたのは神凪の術者を殺したのは俺なのかという確認をした。

当然否定する。

「まだやってない」

そう、まだ。

そう言ってやると大神操の方は気がついたようだが、神凪煉は気がつかないのか、それとも気がついていないふりをしているのか、あからさまにほっと胸をなでおろした。

「でしたらなぜ釈明に…」

「なぜ行かなくてはいけない? 勝手に犯人扱いされた挙句攻撃されて、それでのこのこ敵の本拠地に行くほど俺はお人よしじゃない」

俺はそいつの言葉を一刀両断。

「て、敵って…っ。神凪一族は…っ」

「神凪一族は? なんだ?」

俺は神凪煉と大神操を見つめる。

見下ろす。

「…いくら兄様が強くても、神凪一族には…?」

「あいにくと分家の連中と宗主の娘があの程度ならわけもない。宗主本人が出てきても、俺は負けるつもりはない」

「か、和麻様…」

怯えた様子の大神操に、俺は幾分か声を和らげた。

「…今更俺は神凪を憎んでいない。勝てる無駄な喧嘩さえする気は無かった。けれど、先に刃を抜いて、その切っ先を向けたのは神凪。お前たちだ」

母さんとシンとディと暮らしてゆけるのなら、どうでも良かったがちょっかいを掛けたのはお前たちだ。

「ま、そんなこと言ってるのも時間の問題だ。近いうちにお前たち神凪は、滅びる。それは決定事項だ」

「っ!ど、どうしてそんなことが言えるのですか?!」

俺は丁寧に教えてやった。

結城の末子を助けたときに感じたヤツの脅威。

「兄様だって神凪ではありませんかっ。家族が死んでしまってもいいのですか?!」

「他人事だからだ。俺は八神和麻だ。神凪じゃない」

ふいに。

風の精霊が巨大な火の存在を教えてくれる。

一つは…あぁ、昨日の綾乃だ。

もう一つは俺がもっともこの国で嫌悪している男のそれ。

その気配がこちらに向かってきているのを知って、やんわりと結界を別のものに変えていく。

この公園はなかなかに広い。

誘ってやろう。

「兄様…っ」

涙目の神凪煉が俺を見上げてくる。

「和麻様、その…ご助力はしていただけないのでしょうか? 本当に」

大神操の言葉にくっと笑う。

「おいおい、敵に助けを請うなんてお門違いだぜ? 大神操」

「兄様は敵じゃありません、僕の兄様です!」

「ふざけるな」

どこまでも甘えたその声に、俺の中の負の感情が少しばかり表面に出る。

「いいか、俺の弟は他にいる。お前じゃない。お前は俺を捨てた『神凪』の人間だ。捨てられた俺が動く道理もなければ、今はその俺に対してお前たちは喧嘩を売って、侘びの一つもない」

ごうっと風の精霊が啼く。

足音が聞こえた。

その人の気配に大神操が振り返る。

「…厳馬様っ」

「父上っ」

ばっと振り返り、神凪煉がばつの悪そうな顔でそいつを見た。

俺はわざと声を大きくして、そうしてそいつを睨む。




こいつのせいで母さんは、ある意味殺された。

こいつのせいで俺はそれから母さんに会えなくなった。

こいつのせいであの女を『母』と呼ばなくてはならなくなった。

こいつのせいで、俺は『神凪』から捨てられた。…まぁ、これはもういい。

そして何より、一番頭にくるのが。






母さんの心のどこかは、まだ神凪厳馬を愛している。





ずぁあああああああっ!!!

俺の怒りに反応して風の精霊たちが突風を作り上げる。

「無駄な喧嘩をするつもりはないが、そちらから売って来た喧嘩だ。買わしてもらおうか、神凪厳馬」

ぴくり、と言葉通りの巌の顔が少しばかり反応を示した。

「…身の程知らずが」


さて、それはどちらかな? 神凪。



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原作では神凪煉少年は可愛い男の子筆頭で、弟として和麻も守ろうとはしていましたが、うちの作品ではあんまりそうとは行きません。


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