(6)遠き故郷に手向ける歌を

(EX6)






「どこかで予感は、しておりました」

「そうか」

白金のドラゴンが舞い降り、それと俺は静かに言葉を交わした。

風巻兵衛。

俺にあれが母さんを、俺の最愛の母・を殺した…実際には死んでないが…奴を、俺にとっての敵を確定させてくれた人物は、その身を変貌させていた。

「魔術師はどうした」

「殺しました」

そうか、ともう一度俺は呟いた。

ここに来るまでの有象無象どもは神凪が相手をして、自滅してくれた。

やれ精霊王に認められた、云々とつまらない口上を上げる割にはつまらない連中だった。

流也の相手は神凪綾乃がやっている。

シンは先行させて母さんを迎えにいかせた。

ついでにもしも間に合うようであれば、異母弟の煉の救出を任す。

俺が行けば確実にあいつを殺してしまうから、それはさすがにまずいだろう。

風が舞い上がる。

精霊たちが俺達の気に反応して膨れ上がり、集まり、そして取り囲む。

「何ゆえに、我らの邪魔を?」

「警視庁とは協定関係でな、その縁だ」

神凪とは停戦に応じてはいるが協定は結んでいない。

宗主の方からは話を持ちかけられたが断った。

「なるほど」

悠長な話を続けている間に、悲鳴と怒号が聞こえてくる。

相打ちが続いてるな。

俺には関係ないが。

「では、八神和麻様」

「おう、風巻兵衛」

俺達はまるで示し合わせたかのように、そう互いを見つめた。

別に恨みはない。

母さんを拉致して誘拐してしまったのは魔術師だろう。

こいつを憎む必要はない。

この場所には憎悪は必要はなかった。

「「勝負!!!」」

俺の風と兵衛の吐いた炎がぶつかり合った。

手加減はしないし、できない。

俺は自らの双眸が、蒼く染まっていることを感じながら、その力を迷うことなく発揮した。

発動時間に多少なりとも時間はかかるが、さきほどの悠長な話し合いを活用させてもらったので充分だ。

浄化の風が舞い踊り、俺達の周囲を全て支配していく。

妖魔の残りが断末魔を上げ、あの流也さえもが俺の力で、消えていくのを知覚していた。

だが、俺がの相手はまだ立っている。

しぶとい。

目が細くなる。

ぼっ、とドラゴンの口が開いた。

「閉じてろ」

一陣の風で下からアッパーカット。

何かうめくのを聞くが、俺はそのまま風でもってそのドラゴンの巨体を殴り飛ばした。

反撃は許さない。

許したら消し炭になるのは俺だ。

一片の躊躇もなく、俺は風の拳での連打をひたすらドラゴンの原形がなくなるまで打ち続ける。

ただの風ではなく、一発だけで妖魔が消滅するのに充分な浄化の力を持ったそれで。

「GYYYYYYYYYYYYYWWWWWWWWWW!!」

精霊たちが歌う。

風牙の神に仕えてはいたが、それでも自分たちと歩んでいた術を使う男を弔う歌を。

最後の咆哮さえも飲み込んで、俺の風はそのままドラゴンを押しつぶした。






「ふ、ふ、ふ…やはり、こん、とらくたーに、は、かないま、せん、か」

「そうでもなかった」

どろりとした、それに変わっていく兵衛を見下ろしながら俺は煙草を口に咥えた。

あぁ、そうだ。

そうでもなかった。

むしろ、危なかったのは俺の方だ。

「おく、さまは?」

「シンが迎えに行ってる」

「さいごに、おしえて、いただけますか? あなたの、…て、きは?」

「まだ生かしてる」

厳馬は病院送りにはしていることを兵衛が知らないわけもない。

こいつが言っているのは、母を、あの人を殺した挙句のうのうと俺の親として数年間、俺を育てたあの女のこと。

なぜ? と目が問うので俺は薄く笑った。

「母さんが許しかけてるんでな」

宗主にもそう言った。

そう、許しかけているあの女を、今殺してしまえば母は悲しむだろう。

俺の憎しみよりも、母の悲しみの方が俺には重要だ。

「それに殺すとしてもあっさり殺すのは割りにあわん」

「かず、ま、さま」

母さんが他の人間と関係を作り上げ、あの女を過去の人間だと割り切るか、友人であったという過去さえも忘れてしまってくれたなら。

幸せな時間を俺達と過ごし、記憶の奥底に眠らせていてくれたまま何年かの時間が癒してくれたら。

許して、その存在を大事な友人との痛い思い出ではなく、ただの事実として受け入れて、忘れることは出来なくてももう関わりのない人間だと本気でそう思ってくれたそのとき。

俺はあいつを殺しに行こう。

その頃にはおそらく神凪との停戦協定も終わってる。

いつまでもこの停戦が続くとは考えていない。

神凪を敵として、思う存分、切り刻もう。


「母さんを殺そうとした挙句、親父と結婚して子供まで作って生きている…。許されないことをしていて、母さんが許しても俺は許せない。その理由もある。……まぁ、お前には、言ってもかまわんか。兵衛」

冥土の土産だ。

風牙は、神凪にいた頃の俺に優しかった存在だった。

それが組織を変えるかもしれないという大きな、賭けの様な類から来ることは、後から理解したが。

そんな連中を、俺は捨てた。

神凪に捨てられたと同時に、俺は風牙を捨てたのだ。

その負い目と、そして俺はこの男のことを嫌いではなかった。

それが身内以外、誰一人として教えていなかったことを口にしていた。

「あなたを育てた、こと、ですか?」

俺はいいや、と首を横に振った。





「母さんは当時、妊娠していた」




兵衛の目が見開く。

「あか、ごが…」

「母さんは気がついてなかったようだし、その様子じゃ、風牙も把握してなかったみたいだな。…最初に気がついたのはたぶん、あの女だろう」

俺も最初は気がつかなかった。

母さんを助けたギルバートとタリアの検診の結果、それは判った。

腹に俺の弟か、妹がいたのを判っていてそして行われた凶行。

、奥様は…」

「自分が妊娠していたことは、知らない」

タリア…ギルバートの妻は教えたほうがいいかもしれないと言っていたが、それでも少なくともまだ精神的にも肉体的に安定してきてだという意見には賛成だった。

日本に帰国させて、余裕を持たせてから母さんには言うつもりだったが、神凪のアホどもが俺達を巻き込むとは思っても見なかった。

まぁ、魔術師も絡んでいたから、俺達と無関係で入られなかったが。

「…さよう、でした、か。あなたの、ごきょうだい、が」

崖から落とされたときの衝撃で流産したか。

あるいは魔術師の、モルモットになったか。

どちらにしても、生きていないのは確かだろう。

もしこのことをあのとき、母さんが知っていたら、おそらく母さんはくるっていただろう。

あるいは自殺しているか。

…いや、俺という存在がいるために、それはできないか…。

「あぁ、だから殺す。今は生かす。全ては母さんの為に生かしておいてやっている。ただ、それだけだ」

「そのときが、くるのを、じごくで、おまち、しております」

にぃっと、兵衛は最後に笑った。

「ありがとう」

風が泣く。

ぐちゃり、とドラゴンであった塊は解け、残された兵衛のような残骸は最後に砂と化した。

風がその砂を吹き飛ばす。

それが、風牙衆頭首、風巻兵衛の最後だった。



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