会いたいとただ思う

(両思いで片思いな恋に)




がこの世界に『落ちて』最初に会いたいと思ったのは家族もそうだが、たった一人の同級生だった。

体育会系なのだが粗野でもなく、背の高い彼のちょっとしたことで一喜一憂していた矢先に彼女は自分の意に反して、世界そのものから放り出された。

あるいは今の世界に『落とされた』。

泣き喚いても、そしてまた生きる術を身につけようとしても、その心の奥に家族と彼への想いがしまわれていた。

「きちんと告白していれば良かった」と彼女はなんとか生きることに余裕が出来た頃、そう呟いたものだ。

瞼を閉じて思い返すのは、少し照れくさそうに自分と話してくれた彼の様子。

心にも肉体的にも余裕だ出来てきた頃、は雨の日も風の日も、自分が今生きている世界に『落ちた』場所に足を運んでは、家族と、そして彼のことを思い出した。

会いたい。

会いたい。

ただ、それだけを思う。

思うだけで実行には勿論、移せないのは本人にはよくよくわかっていた。

彼女は今生きる世界に『落ちて』来た、異世界の住人なのだから。

自体、どうして今生きている世界に来てしまったのか理由も何もわからない。

よく彼女の友人がネットで読むという二次創作やファンタジー小説にある「異世界トリップ」に、まさか自分自身が陥る羽目になるとは夢にも思わず、さらにはその小説の大半にあるような、何も苦労せず保護され続けるということなかった。

『落ちて』言葉がわからないことに脅え、見知らぬ町並みに脅え、連絡が誰にも取れないことに恐怖し、そして絶望しかけたところを救われた。

一晩だけ泣き明かし、は一生懸命に努力し始めた。

泣いていても助けは来ない。

泣いていても現状は変わらない。

これは夢ではない。

そう思ってただがむしゃらに生きはじめた。
                                                       ツォイリン
前向きに生きようとするその姿勢に、助けてくれた女性…この世界でのの姉のような存在になる翠 鈴と、彼女の周囲の人間たちは手を差し伸べてくれた。

言葉を教え、世界の理と、その真実をほんの少し。

自分と似たように蹲っていた男性を助け、彼とも一緒に暮らすようになっても、の心のどこかには会いたいと願う彼の姿がいた。

だがやがて、その彼の姿がぼんやりと自分の記憶から消えていくのをは知った。

一緒に暮らしている翠鈴と、そして助けた和麻という日本人の男性の存在が日に日に大きくなっていく。

彼らが今生きる世界でのにとっての家族で大事な存在になっていった。

彼女の中で二人は元の世界の家族や友人や、そして片思いの彼と同等の大事な存在になっていた。

だから、彼らが命をかけたときに彼女も命をかけた。

魔術結社・アルマゲストの大々的な魔術儀式。

予備として誘拐された自分。

生贄の祭壇。

寝かされた翠鈴。

火炎の巨人。

血に塗れた和麻。

(会いたい)

そう願っていた元の世界の家族に「ごめんなさい」と彼女は心の中であやまった。

(会いたい)

そう願っていた、片思いをずっとし続けていた彼に対しても「さよなら」と決別した。

(会いたい)

その時そう思うのはずっとこの世界で自分を支えてくれた彼女…翠鈴。

和麻と彼女と一緒に三人でずっと幸せに暮らせていければ、それでもういいのだ。

もう元の世界に戻りたいという願いは捨てても構わない。

そうは願った。

(だからその邪魔を誰にもさせない!)

直後、彼女は教えられた世界の理の裏を体験し、そして一足飛びにすべてを乗り越えた。

彼女が覚えているのは爆音と、自分の身体にまとわりつく金色に輝く焔。

儀式は失敗に終わり、和麻と翠鈴の彼らの欠けた何かを埋めるべく、彼女は命と目覚めたばかりの力を使い果たし、昏々と眠り続けた。

意識と無意識の狭間。

夢と現実の混ざり合った空間に浮かぶ自己。

いつからか、気がつけば彼女はそこにいた。

そこで彼女は自分に忠誠を誓ったばかりの存在と話をした。

いろんなものを見た。

時間も空間も、彼女は忘れた。

それでも会いたいと願うのは、元の世界の同級生でも家族でもなく、二人の、今の世界の大事な存在。




「ん…」

彼女の唇に柔らかい何かが押し当てられた。

甘い声に耳朶が震え、唇が柔らかいそれでこじ開けられる。

その感触がきっかけだった。

(舌…?)

流し込まれた液体が、身体を駆け巡って精神を今までいた世界から押し上げていく。

浮上する。

自己が、心が、肉体に戻っていくのをは感じた。



「…ん…」

寝ぼけたような返事をしながら、目の前の誰かを見つめた。

あの頃よりも大人っぽくなった身体つきと容姿に瞬きを繰り返した。



愛しげに呼ばれるその声に、彼女は声を震わせた。

「翠鈴?」

「おはよう、あたしの





それは、が眠ってしまってから4年という月日が流れてしまった日。

そのことを知っては悲鳴を上げるのは、また別の話だ。






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さんは普通の女の子だったで「風の聖痕」の作品も知りません。

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