目が追ってしまうのは仕方がない


(両思いで片思いな恋に)




「本当にだいじょぶ?」

「平気よ。充分収入と貯えはあるから」
                                ツォイリン
日本に感覚的には入国、書類上では帰国したと翠鈴は横浜まで足を伸ばし、先に連絡して予約させておいたホテルにチェックインしていた。

流れる栗色の髪にきめ細やかな白い肌、桜色の唇をしたその美女…翠鈴に伴われて横浜を代表とするタワーの最上階に位置するその部屋に足を踏み入れると、は入ると感嘆の溜息をつく。

「翠鈴、とても高いです」

「えぇ、そうね。日本でもっとも高いシティホテルですもの」

窓から外を見ながら思わず言う彼女の様子に翠鈴は小さく笑った。

着いた場所はビル67階に位置するスウィートクラスの部屋で景色もそれなりだが、彼女がホテルの宿泊費のことも兼ねて言ってる気がしてならない。

一緒に暮らしていたときも、自分の戸籍を違法に作ったことで出来た借金を返すのだと少しでもお金を貯めていたの様子を思い出す。

気にしなくてもいい、と言いつつもそれが生きることの励みになるならと彼女の好きにさせていたのだ。

(…そういえば、旅行って名のつくものはしたことがなかったわね)

何かしら金銭を得ると大半貯蓄し、いい金額になったら小額でも情報屋に支払いに通っていた。

そんな彼女が遠出などしたことは一度もなかった。

時間があればバイトをし、勉強をし、そして手伝いをしてくれた。

飛行機を乗ったことさえも初めてだったその様子に少しだけ眉を寄せた。

もうせこせこと小さく生活していく必要はないのだ。

生まれ育ったあの街に戻り、きちんと後始末をして、あの身内の情報屋とも連絡をつけれる段取りもした。

彼女の言う借金も、翠鈴と和麻のこの苦渋の四年間の収益で払いきってしまっているので彼女自身が気にする必要はないのだ、と何度も言って聞かせたがどうしてもお金の心配をしてしまうらしい。

は持って入国した小物と少しばかりの衣服が入ったバックをベットの脇に置くとその窓辺に近づく。

窓に自分の姿…黒髪を短くまとめ、少し大きな瞳の色は左右微妙に違う…をうっすらと写しつつ、外を眺める。

そんな姿を見ながら翠鈴は口を開いた。

「当分、家が決まるまではここがあたし達の拠点になるからね」

「きょ、てん?」

は翠鈴の言葉を繰り返すと、瞬きをする。

「はい、ここが仮のお家、ですね?」

片言のその言葉に満足して翠鈴は微笑む。

「そうよー。ゆっくりまったりしてリフレッシュしましょう」

ホテルの下の階にあるフィットネスクラブも宿泊客には半額でだが利用できるというパンフレットを貰っていたので、それを見せながら彼女を誘うとと返事の変わりにおずおずと笑う。

そのの様子に翠鈴は嬉しくなってまた微笑み返した。

が眠ってしまい、ただ見れたのは青白い寝顔だけだった。

それを考えてみればこの小さな笑顔ですら、翠鈴は愛しくして仕方がない。

「お部屋、すごいですね」

部屋の内装か何かに興味を示したのか、その部屋の中をゆっくり歩いていくの様子を自然に目が追ってしまうのは仕方がない。

は、つい先日までは『ヨミの眠り』…大いなる『秘法』の代償としての眠りに入り、ずっと寝たままの状態だった。

…数年前の魔術結社・アルマゲストによる自分たちの誘拐は、翠鈴に死を与えるはずだった。

その魔術儀式で彼女を身も心も魂も全て失われるはずだった。

それを最終的に助けたのはだ。

儀式の予備として同じく誘拐された彼女は、助けに来たが返り討ちに合い重傷を負った和麻と自分の姿を見て能力に目覚めた。

その目覚めたばかりの力を使いすぎ、そしてまた限界を超える力で死に掛けの二人の人間を生かそう『秘法』を形にし、逆に自分が数年間眠ったままの状態に陥ったのだ。

(エリクサーを飲ませたけれど…)

最近ようやく入手でき彼女に飲ませることができ、かつ彼女を目覚めさせた起爆剤の『万能の霊薬』の効果を疑うわけではないが、それでも心配してしまう自分自身にそっと苦笑すると翠鈴も自分の荷物を置いた。

口移しで飲ませ、目を覚ました彼女の瞳の色が片方変色しているのが気にかかる。

体調も、師匠筋の仙人たちはエリクサーの効果を太鼓判を押してはくれたが「あまり大きな魔術は使わせないように」と言ってくれた。

その場所を離れるさいに、「復讐を果たしたら戻ってくるのではなかったのか?」と兄弟子が言ったが翠鈴は笑ってかわした。

仙人が目指す『永遠の命』には興味はなかった。

ただ、生きるとしたらと一緒に。

彼女がそう望むのであれば別に構わないが、自分から生きようとは思わない。

それが翠鈴の本音だ。

飛行機もファーストクラスをとって豪華な空の旅にしたのも、それなりの金を得たというのもあるが一重にの体調を考えてのこと。

そしてこの日本という国に足を向けて、永住覚悟でいるのも全て愛しいの為だった。

、少し休んだらお買い物に行きましょうか? 服も下着もそろえたいし、洗濯してくれるところも確認したいわ」

「…お金、へいきですか?」

「大丈夫よ。心配しなくても充分あるってさっきも言ったでしょう? 貴女と離れている数年で、あたしと和麻はそこそこお金持ちになってるの」

どういう経路でその金銭を得たかまでは詳しくはにはいえないけれど、と心の中で翠鈴は付け足す。

何か言おうともごもごと口を動かすのそれを指一本でとめると彼女は笑いながらなおも言った。

「すみませんも、ごめんなさいも聞き飽きたわ」

「あう」

「お金の心配はしない。OK?」

「…おーけー」

そうゆっくりとした言葉に、翠鈴は微笑む。

「じゃあ、お茶にしましょう」

部屋に備え付けのセットを見ながら彼女はそう言った。

(和麻も早めに仕事を切り上げればいいのに…馬鹿な子)

がいそいそとお茶の支度をしてくれ始めたので、財布を用意し、貴金属などを備え付けの金庫の中に入れながら翠鈴はそう思った。

八神和麻。

彼女にしてみれば手のかかる弟分の彼は、この数年…が眠ってしまったあの時から自分と一緒に貪欲に力を欲し、そしてそれを糧に生きてきた。

を目覚めさせるためにはどんな手段も厭わずに、その方法を模索し続け、それと同時に復讐も果たした。

金も、裏の世界の知名度も、能力の研磨も全てはという彼女一人の為だけに貯え、高め、磨いていったはずの彼は今この場所にはいない。

先に日本に帰国させていた彼は、急な退魔の仕事で迎えにもこれなかったのだ。

断ればいい、と思ったのだが、その仕事を請けた彼の気持ちも少し理解できる。

を大事に思い、今まで彼女の為に生きていた和麻は、いざ彼女が目覚めたこの時…恐ろしくなったのだ。

に嫌われるのではないか、と。

かく思う翠鈴もと再会でき、彼女の瞳に自分の顔が写ったあの瞬間、目覚めたことの喜びと安堵が沸き起こったその後、恐怖したものだ。

罵られるのではなかろうか。

怒られるのではなかろうか。

嫌われるのではなかろうか。

彼女の為とはいえ、非道なことも平気でできるようになった自分を知れば…と。

しかしそれは杞憂に終わった。

彼女は自分を姉として、家族として愛してくれている。

血で汚れたその手をとって、涙をこぼしながら「ごめんなさい」を繰り返してくれた彼女を、翠鈴は家族以上に愛していることを自覚した。



「はい、翠鈴」

自分の名前を呼んでくれるという悦び。

自分を見て、微笑んで、柔らかく暖かな心を向けてくれる悦び。

(…でも和麻が来るまで、を独り占めに出来るっていうのはいいわね)

そうひっそりと考え直しながら翠鈴は微笑み返した。

「下着から全部コーディネートするから覚悟、するのよ」

きょとんとしたその表情すら愛しいと翠鈴は感じる。

この愛しい存在と、ずっと居られるようになったことだけでも幸せなのだとそう感じた。



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ぶっちゃけ翠鈴はさんを愛してます。精神的に百合系統で。

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