ままごとのような戯れ
「いえ…貴方も他の人たちと同じだった。それだけのことです」
今までお世話になりました、と彼女が頭を下げるのを俺は呆然と見ることしか出来なくて、すぐにでも引き止めればいいのにそのくせ身体が言うことを利かなくて。
振り返りもせずに、去っていく彼女。
そして目の前でひらりと舞う一枚の紙…離婚届。
俺の名前を書く欄の横には『春野』ときっちり彼女の字で書かれている。
俺、春野は、最愛の女の心を完璧に失った。
初めて出会ったのは任務中のことだった。
封魔の血筋の生き残り。
それを里に迎え入れるのだと後々になって聞いたが、そのときはただ優秀な薬師の子供を里に招くということしか聞いてなかった俺はDランクのその仕事にくさっていた。
「初めまして、と言います」
ほんの二・三歳俺より下だという彼女は、とても小さくて細くてあまり笑わない少女だった。
(笑えばきっと可愛いのにな)なんて思ったのが第一印象。
くさっていたことなんて忘れて、俺は彼女に何度も話しかけて言葉を交し合った。
俺の名前を聞くと彼女はなぜか驚いたような顔になった。(昔、同じ名前の人と会ったことがあるそうだ。)
きっとこのときから俺は彼女を意識していたんだと思う。
任務で里を空ける以外は、ふらりと彼女の顔を見に行く事だってあった。
たまに見せてくれた笑顔にのぼせ上がった。
彼女…に近づく野郎連中になぜか腹が立って、忍術使って追い払ったこともある。
はだんだん、子供から大人の女になっていって、俺はそれにあせってそのくせ彼女の前にたつとあがってしまう、というか緊張してしまうというか。
もう俺の中では彼女に対しての気持ちはわかっていた。
好き。
他の男に取られたくない。
俺のものにしたい。
けれど、俺は忍者で彼女は一般人で。
できるだけ、木の葉の里の忍者は一般人を連れあいに求めないようにしてる。
なんでかっていえば、つく仕事は危険極まりないものが多いし、他の里の忍者も『敵』だし、いつ襲われてもおかしくないからだ。
それにいろんな血が混じって己の中にある一族の血が薄れてしまうのを毛嫌いする連中だっている。
けれど、幸か不幸か俺はそんなたいした血筋の人間じゃなかった。
それからしばらくは抵抗したけれど、ある日俺は自分の心に負けた。
『女の子』から『大人の女』になりかけであるはずなのに、どこか艶っぽい彼女は、一人で木の葉の里ちかくの森のすぐ傍に住んでいた。
「危ないから」とかいろいろ理由を言っても「一人でいるほうがいい」とか「薬草をつみやすい」と彼女はそこから離れようとはしなかった。
「…さん、どうかしたんですか?」
年上だから、と丁寧な口調でそう言われ、俺はごにょごにょとなにやら言い訳を口にして彼女の家の中に入って。
それで。
それで…、若さに任せて、押し倒した。
封魔の一族だとか、そういうのはふっとんでて、もう好きな女が部屋に入れてくれるのはGOサインなんだぜ〜とかいう同僚の野郎共の声が頭の中でぐるぐるまわってぱにくってたんだと今では思う。
忍者が冷静さなくしちゃいかんだろう、とか言うけれど、そんなもんに対する俺の気持ちと比べたら薄かったのだ。
告白したのは事後で、勿論俺は謝り倒して、ごねる彼女と結婚した。
結婚当初不安だったのは、彼女が別れるという言葉を口にしないかどうかだった。
親戚筋の人間は、一般人とはいえ封魔の血筋を入れたことに賛否両論だったけれど、もともとの俺の否(押し倒した)だし、文句は言わせないつもりだった。
ちなみに俺の両親はいない。
任務の最中に二人とも命を落とした。
数ヶ月の蜜月(と、俺は今でもそう思っている)の結果、彼女のお腹は大きくなって女の子が生まれた。
幸せだった。
彼女の耳に、俺が封魔の血を自分の家に入れて名家の仲間入りしようとしている、という変な言葉が入らなければ。
いや、…彼女は俺がそんな人間じゃないといってくれたが、俺が彼女の口からそういうことを耳にしたといわれたのがショックで、それからぎくしゃくしはじめた。
それでも彼女はなんとか努力はしてくれたようだ。
夫婦の間の溝というか、そういうのができちまったらお互いが修復しなくちゃいけないのはわかっていたが、彼女はともかく俺がそうできなかった。
そして、それからしばらくした後に大事件が起きてますます俺と彼女の間の溝は深くなった。
九尾の狐、木の葉の里襲撃。
これに俺達は奔走した。
最終的には四代目が赤ん坊に狐を封印して幕を閉じたが、その事件の際に本格的にの血が覚醒したらしい。
見たこともないような、おそらくは『魔』と呼ばれる連中が、狐の襲撃から里を守ろうとしてくれたのを何人もの同僚が見ていた。
そしてそれはの血が封じていた『魔』なのだということは、本人も肯定した。
口寄せの術で契約した連中よりも、遙かに高位の存在たちだと、後に火影様に聞いた。
「あんな力を持った女をよく嫁にしたよな」とかいろんな奴らに言われた。
その中には人とは違った力に対しての恐怖や、羨望も入り混じっていた。
九尾の赤ん坊と違って確かに異形だが、彼らは里を守り、里の民を助けたから彼女の見方が周囲に悪いほうには向かなかった。
「いいだろう」とそのとき、彼女を誇ればよかったのに、俺はそうしなかった。
俺は、封魔の血を家に入れるために仕方なく結婚したのだと周囲に思わせてしまった。
早めにそれを否定すればいいものの、俺はそれを怠った。
甘えていたのかもしれない。
何かといわれれば、彼女の心の強さに。
「別れてくださいませんか? さん」
その日、任務で疲れた身体を休ませてくれたは、穏やかにそう口火を切った。
動揺した俺は、とりあえず落ち着こうと言って、なんとかすぐに別れるということはしないようにしたけれども、それでも彼女は考え直してはくれなかった。
娘の親権は俺が持つこととか、いろんな話し合いもすべて親戚筋の口やかましいおばさんが仲立ちになって話が進んでいく。
後に聞けば、娘とさんをなんだかんだと理由をつけて引き離し、すでに会わせていないのだとおばさん連中は胸を張った。
ままごとのような生ぬるい戯れ。
親戚は俺達の結婚をそう言い表す。
違う、と俺は言い張った。
「俺が惚れて、俺が望んだ結婚に口を出すな」
殺気混じりの俺に、おばさん連中は何も言わなくなったけれども、陰口はだいぶ叩かれた。
…そんな強気な俺も、の前では結婚前の自分に戻ってしまっていた。
何か言葉を吐き出せば、嫌われる。
そんな想いが常に頭にあった。
それから数ヵ月後、緊張でがちがちした俺に彼女はやんわり微笑を浮かべて、そして別れを告げた。
娘を御願いします。
貴方の望んでいた封魔の血ですが、普通の、子供ですので無茶はさせないでください。
よろしく御願いします、と頭を下げられた。
「子供に、未練とかはないのか」
俺ではなくて、娘を引き合いに出したけれどもそれでも彼女は泣き笑いの顔をした。
「会わせてもくれない人が、言う言葉ではないです」
「っ! 俺がそう望んだ、わけじゃないよ。今からだって…」
「もう、貴方に傷つけられるのも、この家の人たちに傷つけられるのも、いやなんです。あの子の傍にあたしがいれば、あの子もいつか傷つけられてしまう」
誰も彼女を傷つけない。
俺がさせない、と口にすればいいのに俺は言い切れなかった。
「だから、今のうちなら、きっと…」
それ以上、彼女は口にしなかった。
「ごめん」
俺はそれしか言葉に出来なかった。
守れなくて、ごめん。好きになって、ごめん。傷つけて、ごめん。
そして…まだ、俺は君のことが好きで、諦められなくて、ごめん。
そう口にしたかったのに、思いのほか、俺の口は動いてくれない。
そんな俺に対しての言葉が、「いえ…貴方も他の人たちと同じだった。それだけのことです」だった。
勘違いさせたまま、俺の心というか、そういうのを解ってもらえないまま、俺は彼女の心を失った。
親戚たちはそのとき、こう言った。
「まだお前達は若いのだから、あたらしい出会いもあるし、時間が癒してくれるだろう」と。
俺が20歳、彼女が18歳だったからだ。
それから数年後、俺は自分の娘からも(半ば)嫌われることになるとは思ってもみなかった。
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