「それは 10のお題」
それは価値観
※「悪魔と踊れ」本編序章ラストネタばれしてます。それが嫌ならブラウザバックでお願いします。
俺には恋愛ごとはむかないと思っていた。
この寺の住職や、神社庁の連中によって物心つくまで育てられた俺は、まず「女」という存在が判らなかった。
こことは違う学校に行ってようやく「女」の存在を知ったけれど…どう扱えばいいか判らない生き物の筆頭だった。
思春期を迎えて、他人の恋愛ごとを見守るようになった頃合も「女」というものはどうでもよかった。
好意を寄せてくれた子たちもいたが、俺は何かあれば二の次、三の次だった。
その頃は身体を鍛え上げることが一番だった。
身体をつなぐ行為も、こういってはなんだがただの性欲処理だった。
俺のことが好きだと言ってくれる女たちも、何もかもが俺にとってはどうでもよかった。
時折、その想いもすべてが鬱陶しく思うときもあった。
そう、俺にとって、「女」という生き物の価値観はその程度だった。
だからこの年齢になるまで、俺は大事に想う女はいなかった。
…今は違う。
うちの奥さんにだけは、嫌われたくはないと思う。
うちの奥さんにだけは、ずっと側に居て欲しいと思う。
最初は戸惑った感情だけど、これが世に言う「恋」とか「愛」だとかいうものだと気が付いたときはなにやら気恥ずかしくてくすぐったくて、それでも嫌な感情ではなくて。
決定的だったのは…悪魔を殺して、血のついた俺を見上げても恐ろしさにびくつきながらも、そっと頬を撫でてくれて、俺がいらないと言うまでは側にいると言ってくれた彼女の姿だった。
だから、ちゃんと向き直って、彼女の心を受けて、受け入れられたいと願うのは自然だと思う。
口に出すのは、まだなにやら恥ずかしい気がするから、態度で示すために抱きしめよう。
飛鳥さんが「変だ」と思うときが多くなって、困る。
正直、困る。
どう対処していいか判らないから。
物心ついたときに母と父は離婚した。
母とあたしの二人きりで生きてきたけど、数年後に母が再婚すると言って幸せそうにしていたので、あたしもなんとなく嬉しくて同意した。
養父はいい人だった。 見た感じは。
時折、「しつけ」と称して叩かれた。
何度も叩かれて、反論もできなかったし、する勇気もあたしにはなかった。
しつけだと言うくせしていつも叩くのは母がいないときで…最後には「お前はいらない子だ」と何度も言われた。
母は知らない。
あたしが母にそれを訴えなかったのは…母が幸せそうだったから。
あたしにとっても…優しい感情を向けてこないとは限らない人だったから。
今から思えば、あたしに対しては本当に気まぐれだったのかもしれないけれど。
中学生ぐらいに大きくなって好きな人ができても、大半が片思いだった。
それでも満足している自分をどこかで感じていた。
そして、ある日。
母が「離婚する」と言った。
あんなに幸せそうにしていた母が、一転して悲しみに満ちていた。
理由はいくつかあるけれど、養父の浮気もその中の一つにあった。
若い女性と関係をもって、あちらが妊娠したということだった。
泣いている母を見て、何かがあたしの中で形成された。
男の人は、結局自分たちの都合で女を傷つけるんだ。
世の中にはいろんな人がいて、そういう人は一握りしかいないというのは知っていても、そう思ってしまった。
それが私の中の男性に対しての「価値観」。
それが心に根付いているからだろう。
恋をして、付き合っても結局あたしは彼らとすぐに分かれた。
身体の関係になる前に。
こんな女を好きになる男性はいないと思っていた。
だからこの結婚も、駄目になるだろうとうすうす思っていた。
飛鳥さんは、もてるだろうし。
何より、他の女性ともお付き合いをなさっていらっしゃるようだったし。
けれど、今は…その影が全く見られなくなってしまい…。
「あの…洗濯物干せないんですけど」
「うん」
いや、「うん」じゃなくて、と思いながら内心溜息をつく。
暇さえあれば、後にやってきて抱きしめてくる。
「うん、じゃなくて…」と、小さく言うのだが彼の腕はあたしの胸の下辺りに回って密着させる。
本当に、困る。
いつかきっとこの人は、あたしのことを「いらないよ」と言うに決まってるのに。
あの姿…悪魔を倒してしまって、そのことをあたしに見せたことを後悔している表情で見下ろされた…の時に言ってしまった「貴方がいらないというまで一緒にいる」という言葉は嘘じゃない。
あの時に彼の姿に同情しなかったと言えば嘘になるけれど。
でも考えたら、あたし程度が彼と一緒に居ても彼のメリットにはならないんじゃないかと思う。
お仕事の仲間の人達にも見目麗しい人や、彼の隣に居てくれる人はたくさんいるだろう。
だからあたし程度のことを重要視なんてするはずがないはずなのだ。
いくら、あたしがああ言ったとしても。
そう強く思う。
だって、傷付くときの心の痛みが、そうすればそれほどではないと思うから。
けれど。
「飛鳥、さん?」
「うん」
なんだか機嫌よさそうなこの人の様子に、「離れて」というのは躊躇いが生まれた。
なんだかんだといって、あたしもスキンシップは嫌いではないから…。
だから困る。
すごく、困る。
あたしの中の男の人の価値観がくずれそうで。
この腕の中にずっといたいなぁ、なんて思ってしまいそうで。
でもそれを口にしたら、本気でそう考え始めていつか捨てられる時に、立ち上がれられないだろうから、あたしはそっと気持ちを封じ込めて、腕を叩いた。
「洗濯物がいつまでたっても干せませんから」
困った表情を浮かべたら、そっと離れてくれる。
離れていく熱の喪失感にあたしは自分の中の価値観が壊れる予感がして…。
ちょっと目をそらした。
それが気に入らなかったらしく、洗濯物を干し終わった瞬間、唇を舐められる羽目になり赤面するのに時間はかからなかった、ある日の朝の一コマ。
悪魔と踊れ/旦那さん(オリキャラ)VS奥さん(主人公)。
お互いの「男」「女」に対しての価値観の違い。
片方は異性を見下し、もう片方は見下されて続けられたのに慣れてしまい、自分はそんな価値しかないのだと考えている、ような気がします。
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