10・貴方のためなら死んでもかまわない/「貴方の虜 10のお題」
「貴様、なんだその面は」
見事な拳の形を顔面に作り上げてきたその青年は、心底困ったという顔をしながら待ち合わせの場所にとやって来た。
本来ならば蒼の派閥内で今回の任務の打合せをしたかったのだが、どうにも最近の私は派閥の中が息苦しくて仕方がない。
なので、とりあえず日だけ奴に教えて道すがら任務内容を教えていい範囲内で教えるかと呼び出したものの。
奴…ひどく剣の腕も立つし、あろうことか召喚術まで使える(ついこの間の任務の最中に発覚した)はぐれ召喚獣だという…は、小首をかしげた。
「殴られた」
たははは、と軽く笑いながら、それでも照れくさそうに言う奴のふぬけ、あるいはにやけ顔で判った。
こ奴には女がいる。
貧しいながらも凛としたところに惹かれたとか、はぐれである俺が好きになっていいのかとか思ったとか頼んでもないのにぺらぺらと教えてくれた。
「この世界でこんなに好きな奴、できたの初めてだから」
という奴の様子が微笑ましいものにも思えたが。
殴られるというのは穏やかではない。
「何を言って怒らせたのだ」
「すげぇな、フリップ。なんで何か「言って」怒られたと思ったんだ?」
「ふん! 貴様の性格は見切ったわ」
こやつは自分の欲求を抑える癖がある。
なので無理強いを女に敷くわけはない。
加えて言うなれば、弱者に対してはひどく優しい態度を無意識にとっている。
だとすれば無神経な事を言うぐらいだ。
「あー…『お前のためなら死ねる』って言った直後、拳で顔面殴られた」
その後にフライパンが飛んできて泣かれました、と言われた。
……。
「なんとも雄雄しい女だな」
「いや見た目はすげぇ可愛いし華奢だし、それに優しくって…」
「お前の惚気は聞かん」
長々と続きそうな『自分の女自慢』を一刀両断に切り伏せる。
「なんでだろうな。女ってその手の台詞好きそうなのに」
かりかりと頭をかく奴に私は溜息をつく。
私とてそんなに女性経験が豊富なわけではないが、助言の一つでもできないものか。
「…貴様、泣かせたままでここに来たのか?」
「いや、その…泣かしたことには謝って来たけど」
「どうして怒らせたのかそれに気が付かないままなのか」
「あぁ」
なのでまた拳を食らってきたから、跡が消えないんだけどな。
そう言うこやつに私は肩を竦める。
「おそらくは、簡単に貴様が「死ぬ」という言葉を使ったからであろう? それでなくても貴様は死にやすい立場に居る」
そう、こいつははぐれ召喚獣だ。
まっとうな仕事には就けないから、冒険者紛いの仕事しかつかれない。
しかも、人間扱いされないのでもしもはぐれだと判ったら賃金は安いものになるだろう。
まぁ、今現在は私…末席とはいえ蒼の派閥の召喚師と行動を共にしているからそれとなく収入は増えているだろうが。
「自分を守る、あるいは自分のすぐ側にいなければならない男が簡単にその言葉を、仮に自分の為だとはいえ言い切ったのが気に入らんのだろう」
「…そうかなぁ」
「はっ」
私は鼻で笑う。
「そんなに疑うのならば、彼女に聞くのだな。貴様の言葉だ。『何ごとも話し合わなければその存在が何を考え、何をなそうとしているのは判らない。だからこそ、伝わる言葉というものがあるのではないか』と」
「あー…ぁ、うん。聞いてみる」
「聞いてまた殴られんようにしろ」
私はそういうと、それで二人が仲たがいしなければいいなとうっすらと思った。
それは彼らの間に子供ができたといわれる数ヶ月前のこと。
「サモンナイト 終焉の獣」過去。
男主人公とその奥さんの恋愛をフリップ氏視点。
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