「貴方の虜 10のお題」




6・逆らえない


「国光兄ちゃんの、国光兄ちゃんの…えぇっと…おたんこなす!」

「一真のわからずや!!」

珍しく手塚兄弟は口喧嘩中だった。

水の付き人の少女が仲裁に入ろうとするも、微妙な空気というか雰囲気の中にはまだまだ割って入ろうとはできない。

「…喧嘩の理由はなんですか?」

「兄者人は自分の肉体の治癒で治したい。片や一真は痛いの痛いの飛んでいけ〜とばかりに念の治療で治したいのだそうだ」

「あぁ」と水の付き人の少女は思い当たる。

そういえば数日前、国光は学校の先輩からの陰湿的な攻撃によって肩を痛めたのだ。

同級生の少年の伝でよい病院に行ったという彼に対して弟は涙目になりながら「僕、治したい」と珍しく自分から念治療をしたいと言い出した。

しかし兄である国光はそれを拒否したのである。

最初は穏便に二人とも話し合いをしていたのだが、じょじょにエスカレートしてこの始末である。

少年は、ふぅと溜息をつく。

兄の方の気持ちも判らなくもない。

兄は弟の能力を利用しているようで気が引けるし、さらにはこれから後々怪我をしてしまった場合に少なからず弟を頼ってしまいそうになるのがイヤなのだ。

弟の気持ちは痛いほど解る。

大好きな兄が、大好きなテニスを続けていく上で怪我というものは重荷にしかならないだろう。

それに兄が苦しむ姿を見ていたくないのだ。だからこそ癒したい。

「…っく」

一真はその大きな瞳を潤ませた。

「ぐっ…な、泣いても駄目だからな、一真!!」

弟の泣き顔に弱い兄は一瞬どもるがそう言い放ち、たまらず一真はぼろぼろと涙をこぼした。

「うわぁああああ〜〜〜」

「「ぐっ!!」」

途端に濃密な霊気と水の精霊達が一真の周囲に集まってくる。

使い人のほうがこの異常性に気が付くのだが、一般人にはわからない。

「一真、泣くのを止めんか。男であろう?」

「だって、だって兄ちゃんがーっ」

「人のせいにするな!」

「うわぁーーーん!!」

まるで台風並みの精霊達の急速な動きに舌を巻きながら、水の使い人、おそらくは外の風使いたちも同様に慌てて風の精霊達をさばき始める。

「ほらほら、何をそんなに大騒ぎしているの?!」

母親の登場で、大泣きしていた一真はなんとか歯を食いしばるがまだ涙をこぼし、国光はバツが悪そうにそっぽを向いた。

「国光さん、弟を泣かしたの?」

「一真が悪いんです」

「国光」

ぴしゃりという母親のその雰囲気に、水の使い人と国光は一真が泣いている理由を説明した。

ほう、と小さく溜息をつくと彩菜はまだ泣いて、そして精霊達を集めている自身の息子に声をかける。

「一真ちゃん」

「だって、お母さん。僕兄ちゃんが痛いのやだ」

「お兄ちゃんの身体はお兄ちゃんが良く知ってるの…一真ちゃんも解るでしょう?」

「でも…」

「一真ちゃん」

にっこりと微笑みながらも彼の義母はそのプレッシャーを強めた。

「一真ちゃん」

「っく」

彼女のその並々ならぬ気配に一真はようやく泣き止む。

途端に精霊達の動きもぴたりと止んで、水の付き人たちは全身から力を抜いた。

「お兄ちゃんにごめんなさい、しなさい? お兄ちゃんの意志を曲げようとした一真ちゃんが悪いわよ? 国光も…どんな理由はあれ弟を泣かしちゃうなんてお兄ちゃん失格よ」

そう言われ、国光は少しばかりすねた表情を見せたが一真のしゅんと、まるで子犬が雨に濡れて落ち込むようなその様に肩の力を抜いた。

「ごめんね、国光兄ちゃん」

「俺も悪かった。一真」

「これにて一件落着ね」

ふんわりと微笑む手塚家最強主婦のその笑みに、水の付き人たちは引きつった笑みを向けた。

あの濃厚な霊気の塊と化した一真をすぐに元に戻したその存在と、逆らってはいけないとなぜか思わせる笑顔とプレッシャー。

「手塚彩菜殿には、誰も勝てんな…」

「逆らう方が悪いと思われます…」

水の付き人たちは思わず、そう呟いた。



逆らってはいけない人。

それは最強の存在である麒麟の感情の暴走を止める事ができる存在『手塚』家。

その中でも一番の力を持つ母親のこと。




麒麟聖伝。母は強い。




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