「貴方の虜 10のお題」




9)海よりも深い愛






あたしは彼女の親友を自負している。

あたし以上にあの子を心配して、信用して、信頼している『他人』はいない。



「気に入らないのよ」

彼女の旦那に一言そう言うと煙草を吸い込む。

その仕草に彼は眉を多少寄せただけで何も言わない。

「あの子の人の良さと性格に、あぐらかいてる貴方がね」

「随分な言い方…ですね」

「あの子のダチだからって言葉を改めなくても結構」

あたしがそういうと小さく「じゃ、遠慮なく」とあたしに視線をよこして来る。

底冷えするようなその視線に、あたしは鼻で笑った。

「あんた、俺の何が気に入らない?」

「あの子は確かにのんびりしすぎてて、時々気が利かなくて、おばかさんなとこもあるけれど」

あたしはふーっと紫煙を吐き出す。

「それでもあたしはあの子の存在に助けられて、癒されて、時々考えさせられるのよ」

だから大切なのよ。

あんたに解る?

解らないでしょうね。

否。

解ってなんて欲しくはないけれど。

「だからあの子を傷つける貴方が許せない。傷つけるであろう、貴方が信用できない」

「別にあんたの信用なんていらない」

ぴしゃりと言い切る男の顔に、あたしは笑う。

そう、この男が欲しがっているのはあの子からの信用。

あの子からの信頼。

そして一番は、きっと愛情なのだろう。

けれどやらない。

絶対に。

「…『海よりも深い愛』なんて台詞ははかないけれど、あの子にはあの子なりの好意と愛情のベクトルを向ける相手が必ずいて、それを受け取れるのはきっと貴方じゃないから」

底冷えのする視線に、殺気が混じり始めるのがわかる。

「あんたにそれが解るって?」

「選ぶのはあの子だけど、あたしは貴方じゃないって思うわ。確信ともいえるかしら?」

煙草の火を消す。

「結婚式の何日後だったかしらね?」

「?」

あたしの目が据わる。

「貴方、ここ、使わなかった?」

投げて渡したのはホテルのちゃちなライター。

「使ったのは、あの子とじゃなかったわよね」

その言葉に、ぎゅっと彼の眉根がよる。

言い訳しないっていうのは潔いということかしら?

そう、それはただの『ホテル』じゃないホテルのモノ。

あたしも最初は知らなかった。

彼があの子の旦那だったなんて。

ついこの間、旦那の写真をとったというから添付してメールで送って来いとあの子に言って。

そして見かけたときはどこかで見かけたと思ったもの。

そして思い出した。

私が前の彼と最後の夜を共にした、あのホテルですれ違ったカップルの片割れ。

横柄な態度が気に入らなくて、逆にそのせいで覚えていたっていうのが正しいのかしら?

そしてその日を、どうにか思い出し。

愕然とした。

結婚してそんなに日がたっていないのに、あの子の旦那…つまりはこの男は違う女を抱いていたのだ。

数年たっての浮気なら、まだなんと考えられる。

けれど、式はしていないが、少なくとも一緒に生活をしていて、そのすぐ後にというのが気に入らない。

あたしはあの子に幸せになって欲しいと願っていた。

旦那の話を聞くとちょっと困ったように笑って「うん…普通、だと思うよ?」なんていうから心配してたら、案の定だ。

あの子を裏切っておいて。

あの子を、きっと泣かせておいて。

いまさらあの子の『好き』が欲しいですって?

あの子の『愛情』と『信頼』と『信用』が欲しいですって?



「あたしの中で、貴方を嫌うきっかけはそれ」


ただそれだけで充分。

あたしと違って、あの子はきっとこの男を信用し、愛し、そして信頼を寄せればきっと裏切られて傷付いて立ち直れなくなる。

そんな彼女を見るのはいやなのよ。

それはきっとあたしの自己満足に過ぎないだろうけれど。


「感謝して欲しいわね。まだあの子には言っていないんだから」

聞けばあの子はショックを受けるだろうから。

いや、「やっぱりあたしなんて」と落ち込むだろうか?

どちらにしても彼女が負の感情を持つのはいただけない。


「俺はあの人を愛してる」

陳腐な台詞。

「あら『あの子を愛してる』ですって?」

笑わせないで頂戴。

「人の気持ちは移ろいやすいものよね。きっと、いや…絶対に貴方の気持ちはまた変わるわ」

煙草を入れていたケースをバックにしまう。

ライターが私に向けられた。

それを手に取り、バックに戻す。

その間、にらみ合ったままで。

「ならあんたも見届ければいいさ。変わらないか、変わるのか」

彼はそういうと、肩を竦める。

「『海よりも深い愛』なんてことはない。けれど、あの人を泣かせるなんてことだけはしない」

「…さぁ、どうかしらね?」

あたしは彼の目に本気の色を確かに見たけれど、鼻で笑った。

口ではどうとでも言える。

おそらく口にして、そうなのだと自分自身に言い聞かせているのかもしれない。

そんな感情は一時的なものだ。

「ま、覚悟はしておいて頂戴?」

なんのだ? なんて言葉を聞きながら、あたしは彼女のところに戻る。

手をふって、彼女の旦那に宣戦布告。

「徹底的に、あたし『達』は、貴方の敵になるから」





この『達』に、いわゆる悪魔と呼ばれる存在も仲魔入りする事にあたしはその時、考えもしなかった。

この後、あたし達は旦那の悪口は言わないものの、本当に徹底的に、それでも他の家族に迷惑をかけない範囲で彼女を家の外に連れ出しはじめたのだ。





悪魔と踊れ。奥さんの友達と旦那さんの会話。本編の多少未来。
お題と全く違う、奥さんの友達VS旦那。本当、こんな話ですいません。(平伏)

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