真・女神転生TRPG風創作「悪魔と踊れ」
台詞で15のお題

(8〜15)


8.「なんとなく。」






「大丈夫ですか?」

「…大丈夫じゃないです」

なんとか映画を見終わった彼女は、青白い顔をしたままベンチに座っていた。

「飛鳥さん、よく平気ですよね…」

と、いうかなんで皆耐えられるんだろう、あの恐怖に。

と呟いてるのが判る。

「日常的にああいうのと相対してますから」

「お化けは触れません」

「…あー、まぁお化けと悪魔とは多少なりとも違いますが」

俺がそう言うと、ふーーーっと大きく溜息をついた。

妖怪とか悪魔とかと対峙したことも、戦ったことも勿論あるけれど彼女はホラー映画のほうが怖いと言っていた。

まぁ、だからこそこの映画にしたんだが。

自分のことを鈍いという彼女はなかなか想像力豊かでもあって、その日一日あったことを時折フラッシュバックで思い返してしまうということだった。

彼女が能力に目覚めたあの儀式…塙屋敷の毒と呪詛払いだって、何度となく夜中に起きて震えようとしていたのだ。

今回の映画はあれを何十倍もの衝撃と言うか恐怖を彼女に与えていた。

実はそれが狙いなのが…なぜか高校生組には丸判りだったのがよく判らない。

俺たち夫婦の力関係と言うか、一般的にいう夫婦とは少し違うのだということどこかで感じたからかもしれないが。

まあ、俺としてはそんなことはとりあえず、関係ない。

いつも俺から一緒に寝ようとか、無理やり彼女の部屋で寝てるとか多いから。

今日ぐらいは俺を誘って欲しいと願ってもいいだろう。

なんて考えてると、ふーちゃんと彼女に呼ばれていた奴が、爽やかな笑みを浮かべて小さく「飛鳥お父さんって見かけによらずへたれだね」と言ってのけた。

…こいつは読心術でも会得してるんだろうか。

「じゃあ、お母さん。僕らそろそろ行くよ」

「これ以上、邪魔したら飛鳥お父さんに殺されるから」

ふーちゃんといーちゃんの二人組はそう言うと、まだ青白い顔の彼女に挨拶して帰って行く。

「では私たちもそろそろ」

くすり、と御神葵が笑った。

「うぅ、行っちゃうの? 葵ちゃん」

御神がお気に入りの彼女は潤んだ瞳で見上げている。

「はい」

爽やかに彼女も微笑みながら、まだ俺たちの邪魔をするとほざく榊を塙屋敷と一緒に引きずって行った。

「うぅ、心の癒しがぁ」

はいはい、泣かない。泣かない。

俺がそういってスポーツドリンクを手渡すと、ようやく小さく笑ってくれた。

「…それにしても、なんでホラー映画にしたんですか?」

彼女の言葉に、ちょっと視線をそらして。

「なんとなく。」

そう呟いたら「そうですか」と返って来た。

いえない、いえない。

君のほうから誘われるためにわざと、だなんてそんなこと言ったら泣かれるか嫌われてしまうから、このことは絶対君にはいえない。





9.「おーい。」





映画を思い出さないように、パンフレットの類を買わずにあたし達はそこから 出た。

夕暮れ時だが人がごったがえしていて、はぐれてしまいそうになったらそっと 飛鳥さんがあたしの手を握る。

こういう、スキンシップを彼は結構好きなのだと最近知った。

あたしもスキンシップは好きなのだが、飛鳥さんの方からされるとかなり戸惑 ってしまうし、あたしも彼にこういうことは自分からはしない。

誰にしているのかといえば、なんというかあの子供達…いーちゃんとかふーち ゃんとか葵ちゃんとか…にしかしていない。

あとは実家の母たちだけだが。

「何か欲しいもの、あるんですか? 飛鳥さん」

「そうだなぁ」

なんて言いながら手を握り締められると、年甲斐もなくどきりとする。

……好かれて、いると勘違いしそうで怖いなぁ。

きっといつか、確実に別れが来るはず、なのに。

そっとあたしは握り返しながら、そう思ってしまった。

変わらない心なんてものは、ないから。

きっと、いつか…この人はあたしをいらなくなるのだ。

養父が母に言ったように。

あの人が言った「いらない子供」という言葉が蘇ってきて、あたしはそっと目 を伏せる。

あの人と、この人は違う。

だから…うぅん。けれど…。

「おーい。」

「え? あ、はいっ」

飛鳥さんの言葉に咄嗟にそう返すと、まじまじと見下ろされた。

「大丈夫? まだ疲れてる?」

なんなら、どこかちゃんとしたサテンにでも入る?

そう言われてあたしは頭を振った。

「いえ、大丈夫ですよ」

そう、きっと大丈夫。

あたしの笑みに、何か言おうとした飛鳥さんは言うのを止めてあたしの手を引 っ張った。

「今からは俺のことだけ考えて」

いらないことは考えちゃいけないからね、と言われてどきりと心臓が音を立て た。







10.「俺だけ見て。」







家に帰ってきてから、一応表向きの仕事をとりまとめて編集部に送信すると、結構い い時間になっていた。

今日の買い物はほとんど俺のもので彼女のものは少なかったから、今度はそれを口実 にデートすればいいかなどと考えて、台所に立つ。

一緒に話し合いしながら、料理するのが最近楽しいと思えてくるのはやっぱり彼女の おかげなのかもしれない。

で、だ。

二人とも風呂に入って、後はさぁ、寝るだけという時に。

奥さんがなんだか落ち着かなくなった。

「…思い出しちゃいました?」

どことなく嬉しくてそう言ったら。

「え、…あぁー、はい」

少し青褪めた表情でうろうろし始めた。

さぁ、いつ誘ってくれるのか。

俺がそう思ったとき、はっとなにか思いついたらしい。

なんだか咄嗟に彼女の口を手で閉ざした。

「ん〜〜〜〜っ」

「えーと、聞きますが。何か呼ぼうとしましたか」

口からか手をどけてそう聞くと、こくこくと頷かれた。

「白姫様お呼びしようかと思って」

ま た あ の へ び お ん な で す か。

何か悪いことなんですか? と聞き返そうとする彼女の唇を、今度は俺は唇と塞ぐ。

思う存分、味わってから。

「俺だけ見て。」

他の誰も頼らなくて、俺だけ頼ってくださいよ。



結局、その日も俺が彼女を部屋に連れ込んだ。









11.「今日も元気です!」


※ちょいと大人向けなお話です。









女の子の日になってしまった。

もう女の子という年齢ではないけれど。

環境の変化と年齢のせいか、初日だというのにかなり重い。

以前はなる前に頭痛やら起きたのだが、ここに来たときからそれはなくなったので余 計にその痛みが今来てるんじゃなかろうかと思ってしまう。

時折、いらついて誰かに当りそうになるのだけれど、ぐっと堪えている。

お薬を飲むのはなんだか負けた気がして(誰と言う存在もないのだが)飲む気にはな れない。

「ふぅ」

大きく溜息をついていつもの日課をこなしていると、飛鳥さんが顔を覗かせた。

「大丈夫?」

「今日も元気です!」

咄嗟にそう大きな声で答えてしまうと、きょとんとあたしを見て、それから自分の携 帯の画面を覗き込んで「あぁ」と何か納得した。

後で聞くとスケジュールのカレンダーを確認したらしい。

「…あー…こ、今月重いんですか」

っ!?!!!!!

びっくりして顔を紅くしてると、少し向こうも顔を赤くしたけど、きっぱりこう言っ た。

「できない日ぐらい把握してますが」

いや、本当はできて感度も高いらしいんですけど病気になりやすいから我慢してるんですが。

そうしれっといわれて、あたしはいらいらと恥ずかしさで爆発した。

「飛鳥さん、最低!」


「え?! な、なんでっ!?」

その後、あたしに謝る彼を目撃して月天さんたちが目を丸くしていた。





ここから旦那視点オンリーになります


12.「寝ちゃうの?」



うちの奥さんは怒るとひたすら、むくれることが発覚した。

結婚当初、彼女を怒らせるまで会話しなかったから知らなかっただけなのだが。

文句を言うでもなく、むすっとして何か考えて考えて、結局何も言わずに怒りを昇華させてしまうらしい。

どうも機嫌を損ねた俺は、なんとか彼女のそれを治したかったんだが。

…急に仕事が入った。

表ではなくて、「裏」のそれで。

悪魔の本拠地に乗り込むメンバー要員としての依頼だ。

どんなに頑張っても日付が変わってからの帰宅になっちまうだろうと思う。

…死ぬつもりは毛頭ない。

いや、俺でもまさか彼女に今から悪魔を殺しに行きますとは言えないから…ただ悪魔がらみの事件が起きたから応援に行ってきますとだけ伝えた。

その旨を伝えると、表情が一変した。

心配そうに俺を見つめて、困ったような表情を浮かべてくれた。

「遅くなっちゃうけど、夜食は食いたいから残しておいてくれれば助かります」

装備を詰め込んだバックを抱えると、振り返る。

何か言いたいんだけど、我慢して。

いや…どう言っていいか判らないのかもしれない。そんな表情。

「夜、遅くなっちゃうんですよね」

あー、こういうときは先に寝ておいてくれと言った方がいいのかもしれないけれど。

帰ったときに、彼女の声がないのが寂しい。

けど、つらい時期だし。

そう思ったけれど。

「寝ちゃうの?」

気がつけばこう聞いていた。

彼女はちょっと考えてから、笑ってくれた。

「気力が持てば起きてるかも」

その言葉が嬉しかったから、思い切り噛み付くようなキスをしてしまい、また機嫌を損ねてしまった。

(恥ずかしかったらしい)

なら、さっさと終らせて、帰ってこよう。

君のところへ。







13.「めんどくさい。」



「めんどくさい。」

そう言ったのは榊だった。

持っていた日本刀をぶんっとふって、切っ先を相手に向ける。

「榊君!」 「雅也」

たしなめるようなそんな二人の言葉に俺は静かに連中の決定を待った。

クズノハの新人召喚師チームがなんとか一人前になるようにという名目で、俺はこいつらの監督とし て雇われていて、今日も悪魔連中の本拠地に乗り込むパーティメンバーということで連絡があった。

けれど、俺は自分から意見を言わない。

このメンバーのリーダーは召喚師でありPK能力者(超能力者)の塙屋敷だからだ。

「どのみち、こいつらもう手遅れなんだ」

相手はそれを聞いてへらりと笑う。

ゾンビと化した奴は「いいねぇ、その容赦ないとこ」と満足げだ。

「…依頼は、彼を元に戻して欲しい、だよ」

塙屋敷はそういうと、ピクシーを召喚する。

けたけたとゾンビは笑った。

「できるものか!」

できるんだなぁ、これが。

金額にすればかなり高い≪反魂香≫を依頼人が用意した。

これを使えば人間に、元の姿に戻れるはずだが。

だが、目の前のゾンビは人を殺しすぎた。

だから榊は元に戻さず、このまま倒そうといい。

塙屋敷は依頼どおりに人間に戻そうとしている。

「で、結果。どうする?」

俺の言葉に、塙屋敷は強い意志を込めた瞳でゾンビを見て、口を開いた。

「罪を、あがなってもらいます」

人間に戻して、そして。

そう言われて榊は小さく溜息をついた。

決まりだ。

俺は拳に≪気≫を込めた。

※「反魂香」の使い方は厳密には違い…ますよね?>おい






14.「天気は雨のち晴れ」


くだらない結果になった。

ゾンビ化したやつを人間に戻したまではいい。

やって来た依頼人は、奴を善意で人間に戻したんじゃなかった。

そのことは、塙屋敷はうすうす感づいていたんだろう。

罪をあがなうこと=依頼人の好きにさせることになってしまった。

詳しくは言わないが……気分のいい結果ではなかったとだけ言っておこう。

俺は戦闘が終了後、そんな三人とすぐに別れた。

俺の仕事はそこまでだったからだ。

金とかそういった類はクズノハのお偉方から頂くことになっている。

このまま帰ったら、きっと血の匂いに気づかれてしまう。

だけど…。

あぁ、くそ。

早く帰りたい。

帰って「おかえりなさい」を言って欲しい。

笑って欲しい。

抱きしめたい。

誰かに依存するような人間じゃなかったくせに、と俺は自分のそんな気持ちを自分で笑った。

人間の欲とか、どろどろした感情を見ると奥さんに無性に会いたくなる。

(けれど、この血の匂いがな…)

そう思った瞬間、気配を感じて俺はゆっくり振り返った。

「天気は雨のち晴れ」

ゆっくりと振り返る。

壁からにたぁああっと顔が飛び出ながら、それが現実化していくのを感じた。

どこの使い魔か式鬼か。

「しかしところにより、悪魔が降るでしょう…か?」

ぐあわぁああああらぁあああああ!!!

闇夜に悪魔の咆哮がとどろく。

俺は小さく溜息をついた。

これじゃぁ、どうにかして血の匂いを消せないと、帰れなくなる。

俺の問題は目の前で牙をむき出しに襲い掛かってくる悪魔じゃなくて。

今日中に奥さんのところに帰って抱きしめられるかどうかだ。



※旦那さんはデビルバスターとしてかなりもうレベルが↑なので、余裕かましてます。悪魔相手には。









15.「愛してるって言って?」






※ちょっと大人向け? であり旦那さんが女性から見たらひどい男、かもしれません。








悪魔を倒した後、むせ返るような血の匂いに俺はどこぞのホテルにご休憩する事に決めた。

このまま帰って血の匂いを漂わせながら彼女に抱きつくのは、絶対に駄目だし。

2時間数千円ぐらいの出費は、クズノハへの請求に上乗せして出してやろうと思った。

…深夜営業のディスカウントショップでTシャツを買おう。

もう悪魔の姿は霧散してなくなっている。

残されたのは異常に血の匂いを漂わせた俺だけ。

小さく溜息をつくと俺は装備の入ったバックを肩に引っ掛け、歩き出した。

さも当然と歩いていれば人は他人を気にしない。

こんな血の匂いをさせていても、だ。

見た目は普通で、全く血痕が見当たらないから。

目的地でちょっとした男性用の香水と、安い大きいサイズのTシャツを買う。

ビルとビルの合間を抜けて人ごみに紛れつつ、車を止めた駐車場付近まで来たときに知っている人間の気配がした。

「…アスカ…?」

その声に顔をゆがめる。

今日は厄日か?

振り返りもせずに俺は足を止めず、歩き出すが、その気配は俺を追って来る。

パンプスの音が夜の道に響いた。

「アスカ…っ…アスカァっ!」

五月蝿くて、鬱陶しい。

俺は立ち止まって、見下ろす。

柑橘系の香水の匂いに一瞬、血の匂いが消える。

一人の女が目に涙を溜めて俺を見上げていた。

…。

俺が付き合っていたことのある女。

結婚しても、身体の付き合いがあった女だった。

「は、話があるのよ…」

こっちにはない。

バックを抱えなおして、見下ろしながらそう小さく呟くと泣きそうな、いや実際涙をこぼしながらすがりついてこようとする。

本当に厄日だ。

この女とは綺麗に別れたはずなのに。

俺はまた溜息をつくと、駐車場近くの薄汚れたモーテルを指した。

「話すだけだ」

一瞬喜悦に顔を染めた女に、そう言葉をかけて俺はさっさと歩き出した。





モーテルの中に入ると、どこでもいいから部屋に入る。

俺がメインなのはベットじゃなく、ジャワーで着替えることができれば別にいい。

「あたし、アスカのことが忘れられないの」

女の声を背中に聞きながら、シャワーを確かめつつ、着替えに買ってきたTシャツを袋から出す。

「ねぇ、聞いてるの? アスカ」

五月蝿い。

「聞いてる」

俺はそっけなく答えつつ、ゴミをゴミ箱に入れる。

着ていた上着を脱ぐと、女の様子が変わった。

舌なめずりするような肉食獣の気配。

傷だらけのこんな身体を、最初は忌避していたくせに何度となく抱いたらよがり声をあげたっけな、この女。

…対して、うちの奥さんは忌避する事もなく受け入れてくれたっけ。いや、受け入れざる負えなかったか?…とそこまで考えて俺は止めた。

こんな女とうちの奥さん比べるな、俺。

「ねぇ」

立ち上がって、触れようとする女を視線一つで黙らせる。

触るな。

言外の言葉にぶるぶるとその女は震えた。

「どうして…っ。どうしてよ…あんなに、…よかったじゃない…っ」

身体の相性はよかった方だ、確かにそれは認めよう。

だけどそれだけだった。

「納得して別れたろうが」

「それでも、だめだったの! 身体が、貴方を求めてるの…っ」

身体が、ね。

俺は冷たく見下ろす。

「貴方もそうでしょ? 夜寝つけなくないの? あたしを別れてからあたしを抱こうとは思わなかった? 
奥さんじゃ満足できないからあたしと付き合ってたんでしょう? それとも他に女が…いるのね?
だってそうじゃないと貴方ほどの男は静められないもの」

五月蝿い女。

「…結論として、また付き合おうとか言うつもりか?」

「えぇ! そう、そうよ!
あたし、貴方の携帯しか知らなくて…それも解約されてたから、たくさん探したの。
それこそ探偵雇おうとして…けど見つからなかった。
今日、偶然会えたのも神様の導きって奴ね」

神様、ねぇ? 俺が一番信じてない存在の名前口に出したな、この女。

「ねぇ? いいでしょう? お願い…ねぇ…」


図々しいにも程がある。

「愛してるって言って?」

「おい」

俺の視線に気が付いて、女はひきつりながら押し黙った。

「最後の警告だ」

俺は静かに見下ろしたまま、口を開いた。






家まで帰ってこれて、玄関の灯りにほっと一息ついた。

血の匂いは完全に、モーテルのボディシャンプーと安物の香水の匂いにかき消された。


あの女のものと似た柑橘系の匂い。

厄日で、嫌なことがあったからこそ、奥さんに会いたい。

お帰りなさい、と言って欲しい。

ああ、でもきっと寝てるかなぁ。

寝てても傍で横に寝れれば御の字だ。

なんて思いながら、俺は玄関を開けて鍵を閉める。。

家の奥にはまだうっすらと奥の灯りがついていて、そこから奥さんの顔が見えたときには…目が丸くなった。

「お帰りなさい」

俺が欲しかった言葉を、簡単に聞かせてくれながらとことことやってくる。

「寝てるのかと思った」

それでなくても、今はきつい時期だし。

そう言うときょとんとして、それからそっと俺から目をはずす。

「…なんだか、起きてて欲しかったみたい、だったから」

でもそうじゃないみたいですね。と続ける奥さんに「いやいやいやいや、そんなことないですよ」と俺は慌てた。

さっきまでのささくれてた心に、なんだか潤いが満ちてくる。

「夜食は?」

「一応確保してありますけど…お風呂、入ってからお食事します?」

彼女が俺に背を向ける。

それがなんとなく嫌で、手をとると抱きしめてみた。

「…あ、あの…」

「夫婦のスキンシップです」と小さく言うと「そうですか」と小さく返って来て、そして気がついたように俺を見上げた。

「お風呂、どこかで入ってきたんですか?」

着てるものが変わっていたのと香水の匂いで判ったんだろう。

「ちょっと汚れちまいましてね」

そう言うと納得しかけて、そして眉をしかめた。

「香水の匂い、きつくないですか」

「そういえば、香水滅多につけないですよね」

「えぇ、以前のお仕事のときとか、あと、ちょっとあって」

柑橘系の匂いが少しだめなんです。

その言葉にどきりとした。





あの女の匂いをまとわりつかせて、俺は何回この家に帰った?

何回、この人と会って話した?





「……お風呂に直行して匂い、消してきます。なんとか」

血の匂いをけせたと思ったんだが、一番やばい香りだったのかもしれない。


俺がそう言うと小首を傾げたが、「そうですか」と判断つかない表情でそう言ってくれた。

…そういえば、彼女は言わないし、聞かないな。

愛してる、も、好きだ、も。

愛してるのか? も好きなのか? も。

「じゃあ、バスタオル新しいの出してきますから離してください」

俺はいつもよりも緩慢な動作で彼女を腕から解放する。

言いたい、聞きたい、言わせたい、聞かせたい。

あの女じゃないけれど。

俺はそっと歩き出そうとする、彼女の手をとった。

さっきの俺と、あの女とまるであべこべだな、と思いながら口にする。

「愛してるって言って?」

「はぁ?!」

彼女の目が丸くなって、それからむぅっと怒り出して、なぜかぎゅっと足を踏まれた。

最近、彼女からの攻撃はもっぱら足だ。

「馬鹿なこと言ってないでお風呂入って来てください」


「…痛い…」

耳を紅くしてぷりぷり怒りながら、奥さんが離れてく。

あぁ、くそ。

ちょっとだけあの女の気持ちがわかった。

好きな相手には言って欲しいっていうのは。

俺は風呂場に直行した後、夜食を食べに奥さんを追いかけて、そしてただ抱きしめる。

いつか。



いつか、言わせる。

そして思う存分、聞いてもらおう。

俺の愛してる女は、君以外にはいませんからと。

だから、君も。

俺を愛してくださいと。




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何気に続き物になりましたな(苦笑)
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