修正前

右眼があった場所が、じくりと痛む。


「相変わらず格上相手に果敢に攻めるよね。もしかしてどM?」

その声で目が覚めた。
と、言っても片目しか開かなくて、視界は半分しかないのだが。
わたし の顔を覗き込んでいるのは、顔見知りの存在だった。
顔も含めた全身に入れ墨じみたナニカを走らせている同世代の人間に見る彼は人間ではない。
入れ墨自体が淡く光っているように見えるし、その瞳の色は自前ではけして余所で見たことはない朱金色だ。
目覚めの一番にあまり見たくもなかったその顔に対し、わたしは重い口を動かした。

「相変わらず半裸だな。もしかして露出狂?」

その言葉に相手は面食らったが、「しょうがないじゃん」と小さく文句を言いながら手を差し出してくれる。
内心、小さく笑いながらその手をとろうと手を伸ばし…そうして自分の手の甲に火傷痕が走っているのに気が付いた。
…何が原因なのかは理解できるのだが、今どういう状態だ…?

「誰とやりあったのか、知ってるのか?」
「報告は受けてるよ。…まったく俺たちを 召喚して 呼んで くれないからそうなるんだ。
 俺でも
霊魂不滅 爺さん でも 神速聖将 センセイ でもいいから呼べばよかったのに」
「日本なら爺さん達を考えたがな」
「俺は?」
「…魔王VSお前ってハルマゲドン待ったなしだろう。せっかく自分で再生させた世界、また壊す気か」
「そうなんだけどさぁ。
 俺、
アステカ神話の始祖女神 その女魔王 魔界かアマラ深界 こっち で まだ戦ってないから、手合わせしときたかったんだよ」
「物騒なことは
魔界かアマラ深界 そっち でやれ」

結構本気モードの声音に、「呼ばなくて正解だった」と思ったが当然口にしない。
あの世界で戦闘を繰り返した結果、この悪魔は結構な戦闘狂だ。
肩を並べて生きていた〔俺〕もどっこいどっこいだったが。
彼の存在を証明する称号、及び悪魔として名前は「混沌王」。
世界が滅亡し、生まれる前の卵状態であった〔東京受胎〕から、世界を再生した中心人物。
元人間・現魔王。
今の世界ではその存在を知っているのはわたしのようにかつて仲間だった記憶を持っているモノ達が多く、存在としての力は高位分霊の悪魔達からの信仰心によって強化されているらしい。
そう聞いたのは数年前に、今のこの時のように魔界に引きずり込まれて再会した時だ。
わたしにしてみれば理不尽な若返りを実行させた男であり 各神族の主神クラスの高位分霊を支配下におき、魔界の最奥を支配している存在で恐るべき存在になってしまったのだが、わたしの中に不思議とこの存在に対しての恐怖心は全くない。
拳を握りしめたり、開いたりして手の感覚を確かめる。
火傷痕は引きつった皮膚の感触だけで、痛みもなにもなかった。
問題は、視界が半分だということ。

「右眼が見えないんだが」
「…あの魔王、封印されながらも呪詛まき散らしてたんだって。
 おかげで結界内の回復魔法は反転して、魔法を受けた個所から腐敗したって聞いたよ」
「腐敗」
「…電撃魔法の光と熱に加えて、いい拳を顔面に受けて、反転された回復魔法効果によって眼球破裂ってとこじゃないかな」
「身体の方は痛みはないんだがな」
「…そっちの方は魔法を止めて、応急処置で対処後、呪詛の効果範囲外に出て回復魔法をかけたんじゃない?
 対象が〔空間〕であって〔対人〕じゃなかったってことだろう」

いかに回復魔法とはいっても、それは血肉や神経器官を零から再生させるようなものではない。
…そのはずだ。
わたしはそっと瞼を触れてみた。
あるべきところにふくらみがない。

「眼球、残ってたら再生できたか?」
「できなかったんじゃないの? 摘出手術したのは邪教の館の爺さんだって聞いたよ」
「…お前…。それはたぶん、できたほうに分があるんじゃないか」

わたしは小さく息を吐き出した。
邪教の館の主である爺さんからしえみれば、わたしは世界再生前からカオス系の悪魔に異能を植え付けられ、闘い、戦い、生きて見せた〔俺〕時代から続く観察対象かモルモットでしかないのだ。
数年前に再会した時も「異能が健在? 採血しよう。内包しているマグネタイトの質を見たい」と言って利かなかった。
合法的に肉体の一部を採取できるのだから、もしかしたら治療可能だったとしてもさらっと「ここまで来たらと取ろう」と言いそうな人物だ。
…まぁ、その時意識がなかったわたしが悪いのだろうし、今更回復魔法をかけてもらったところで右眼自体が戻ってくるわけではないが。

「他には、この火傷痕、か。」

右手の甲に走っている火傷痕はそこだけではなかった。
右腕なんかもひどいし、そっと失った眼の方の頬をなでると変な指の感触がする。

「完璧には治らないって。  …いい加減
霊格 レベル 差がある相手と戦うの、ちゃんとした準備してからにしなよ」
「そうしたいのは山々だったが、あの時は急だったしな」

次があってもまともに戦えるかどうか、などとは口にしなかった。
こいつと肩を並べて戦ったことがある男の記憶もちとしての、小さな矜持だ。

「で、混沌王」
「うん」
「ここ、どこだ」

自分の身体の確認をしてから、ようやくわたしは今いる場所に注意を払うことができた。
片方の視力しかないが、今わたしに見えるのは白い砂浜に溢れる緑だ。
本当は良い天気なので青空が見えるはずなのだが、空気の質というものが人間社会のそれではなく魔界か異界のそれと酷似していた。
そしてどうあがいても、意識を失う前までいたアステカ文明遺跡やその周辺のそれではない。

「トレジャーハンター達と付き合ってるんだから、ドラゴントライアングルのこと知ってると思うけれど」
「あぁ、一応。中心に島があってそこの霊的な力場というか、結界ぶち壊した女トレジャーハンター知ってる」
「お、話早いね。その島だよ。ちなみに結界システムは再起動させてるから」
「再起動?」

周囲を伺い、空を見上げるると片目でも雲の動きがおかしいのに気が付く。
この島を囲むように、嵐を起こしているのか。

「…前から俺達が再生したこの世界にちょこちょこちょっかいかけて来た世界があって」
「世界?」
「あー、うん。平行世界って言えばいい? 異次元からの侵略者的な」
「どっかのアニメのタイトルになりそうな言葉だな」
「まぁ、悪魔自体が人間にとってはアニメっぽいけどさぁ」

混沌王は彼に珍しく苦笑した。

「元々は小さな異界みたいだったんだ。
 勝手にアマラ深界にくっついたり、人間界の大きな異界にくっついたりして融合して侵食しようとしたんだ。
 けど力場として侵食というよりも勝手に負けてこちら側が吸収してたんだよね」
「それで?」
「だけど本当にここ最近になって、その回数が増えて来たんだ。
 毒みたいに回数を増やしていってこちら側に侵食する気かと思って、潰していく方向にしたんだけど。
 一度なんの為の異界なのかきっちり調べておいた方がいいってことになって」
「あぁ」
「でも、一つ一つがまだ小さくって調べきれないし、アマラ深界の悪魔が入り込んだらもうすぐにシャボン玉みたいにはじけ飛んじゃうから」
「あぁ」
「人間界に異界を持ってる高位分霊に頼んで一部につなげて、人間に中を調べてもらおうって思ったんだ」
「…あぁ」
「そしたら侵食しようとしてきた異界全部がそこに集まってきちゃってきて」
「……あぁ」
「慌てて空間を切り離して、人間がそんなにいない場所で中に誰かが入って調べられる可能性が有って閉鎖しても人間も感づかれないなんて都合のいい場所がここしかなくてさ」
「……」
「霊的な結界は緩めに、物理的な結界は当時のままに再起動させて閉鎖して様子を見てたら、向こうの異界とこの島が完全同化しつつあってさ」
「…お前、何してくれてるの…」

思わず〔俺〕の時のような口調で言うと、てへ、とわざとらしく人修羅は笑う。

「ちょうどいいからこの島の調査を君にしてもらって、ついでに向こうの世界を逆に支配しちゃおうかな、なんて」
「何?」
「だってこっち側にちょっかいかけて来たんだ。経緯はどうあれ、逆にされても文句ないでしょ」
「ならお前がやれ。この場所に顕現できてんだからできるだろう」
「俺がやったら一瞬で調べる前に半壊以上、壊れちゃうでしょ」
「お前、調べる気になればできるんじゃないのか」
「あんまりイラついてるから、向こう側の言い分も聞かずに殲滅しちゃいそうだから、頼んでるんだよ」

どんだけ、怒ってるんだ。この魔王。

「別には今すぐ向こう側も支配して、なんて無茶ぶりしないよ。調査してどんな世界かぐらいは調べてくれてもいいじゃない?」
「…補給物資は」
「動植物は島特有の物が残されてるらしいし、サバイバルは得意っしょ。食料は自分で調達してよ。
 防具や道具は支給するし、それになんというか俺からしてみればそう強い悪魔はいなさそうだし大丈夫じゃない?
 少なくとも
始祖女神 魔王 の高位分霊以上に強いやつはいないよ」
「今のお前からしたら、どんな悪魔も格下だろうが」

ついでに言えばいるというのなら、今すぐお前の顔面をぶん殴る。
そう呟くと混沌王は少し申し訳なさそうな顔をした。

「一応、邪教の館の爺さんに、物理の方の結界を教えてそれを突破して来いって言ってあるから」
「……この島、爺さんと二人で調査するのか?」
「今のところはね。爺さん、面白い〔者〕作ってるから」
「…たとえ爺さんの手が入っても、夏休み中には絶対終わらなさそうなんだが」
「夏休み後もこの島に来れるような移動手段をそれまでに考えといてよ。俺も考えるから」

嫌な予感満載だな。と思った瞬間、ぱちん、と奴は指をならした。
ごとん、と足元にリュックサックが転がり、






わたしが身に付けていた物が全く知らないものに変わる。
見下ろしてぱっと感じたのは和洋折衷っぽい衣装だった。
上半身は色彩は青 長袖のTシャツの上に青いジャケット。だふが肩から袖口にかけてなにやら刺繍されている。
下半身は袴だった。色彩は青。普通のそれというよりも武道袴だ。
靴は短めのブーツに見えた。
それと右眼の瞼の裏側になにかが入り込む感触。
瞬きをすると、右側の瞼が動いているのことがわかる。

「視力は与えられないけれど、義眼でいろいろ効果がある〔眼〕を急遽オーディーンやスカハサ姐さん、あと
爺さん 霊魂不滅 が作ってくれて、服はキクリヒメやクシナダヒメのお手製だから」 「…豪華なメンツだな」
「効果は自分で使いなら調べてね。あと、これ、キャンプ用品一式が入った魔法のリュックね」

わたしは素直にそれらを受け取る。
嫌だと言っても結局のところ物理的な結界をどうにかしなければ、ここから出れない。
それなら素直に道具をもらって、救援を待っていたほうがましだ。

「あ、そうだ。異界で拾った刀、まだ持ってるんだよね」
「と、いうか、それしか武器は持ってない」
心の中に収納した刀剣を試しに出してみる。
一番最初に拾った打刀をするっと出した。

「ボロボロだね」
「直すからいい」

わたしはすぐに霊力を流す。

異能:物霊「
道具 アイテム 修復」

頭のどこかでそんな単語が浮かんで消える。

自分の霊力を対価に道具なら何でも直せる異能は健在だった。
抜き身の刀身を入れる鞘は拾ったときからなかった。
そんな刀剣が槍を含めて六振り、きっちりとあったが…取り急ぎ一振りだけ修復だ。
後はおいおいと拠点を見つけてからにしよう。

「鞘も作ってもらってこようか」
「…いい、いらん」

わたしはそう言うと刀剣を心に収納しなおした。

「作るんなら自分で作る」
「そっか」

混沌王は小さく息を吐いた。

「それじゃあ、頼むよ」

そう言うと背を向けかけて、そうしてわたしに笑いかけた。

「そうだ。今の名前ってなんだっけ?」

また変えたんだよな、という言葉に苦笑する。
わたしの家庭の事情は面倒くさいことになっているのだ。

「実家が煩いから合法的にな。今の名前は橘
「OK、覚えた。じゃあ、頼むよ。どM」
「期待はするなよ、露出狂」

そう言い返してやると、苦笑いをしながらその姿をかき消す。
…いい加減、あいつも万能じみて来たな。
わたしは魔法のリュックを抱えて、島の内側を見つめた。
半分しかない視界に広がるのは新緑の密林。
どこかで鳥か動物の声も聞こえる。
このリュック内に入っている道具も確認したいから、さくりと拠点を作りに行こうか。
わたしはそんなことを考えながら、一歩踏みした。



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