修正前

幕間。


今年、あの子って厄年なのかなぁ。

いつかどこかで「ガラクタ集め」という呼称で呼ばれていた元マネカタ・現人間である 花小路 はなこうじ 頼恒よりつねは寄せられた情報に眉を八の字にしているのを自覚した。
保護責任者として面倒を見ている橘とは前世(の、ように感じている、あの東京受胎時の世界)絡みの知り合いだけではなく、今となっては自分が保護者をしている未成年だ。
驚くべきことに年齢がだいぶ逆転していたが、養い子になってしまった彼が受けた精神的苦痛を想像すると、こちらの方が逆に良かったのだろうと思い直したのもまだ記憶に新しい。

そんな彼が怒涛のようにまた不幸に見舞われている。

最初の不幸は言わずもがな、両親の離婚劇だ。
あれは愚かな実父の暴走から始まり、最終的に両親ともに親権を放棄させた上で親族に引き取られた。
その後、親族間の生死にかかわる苛めにあった彼は、証拠と伝手を使ってさらにその親族から親権を頼恒にと移動させた。
良識ある親族たちが後手後手に回ったせいでもある、ということは頼恒自身も良く分かっているが口にはしない。
家庭裁判所に書類を提出したこともあって、 今、本家を含んだ親族たちは「橘 」という名前すら知らないはずだ。
それからは彼とはうまく付き合っているし、不幸ではなかった。
家族や親族からの裏切りによって、ひどく傷ついているという診断を医師に出してもらい、自分はビジネスのような関係であえて接して精神状態を落ち着かせている体を見せる為に一人暮らしを許可していることにしている。
家賃や入学金などの金に関しては、頼恒も用意したがそれ以上にの金運が豪運だったということもあって、彼自身が得た金だ。
高額宝くじを見事当選させた彼は、保護者同伴で手続きをとってその大半を生活費と学費に当てた。
電化製品や家具が備え付けのマンスリーマンションに一人で生活し、育ちのおかげで自分の寝床以外の部屋に他人が入り込んでも平気な性格だったのでいざとなったらハウスキーパーを雇うことも苦ではない。
それからは本当にスポンジが水を吸い込むように知識を、技術を身に着けて成長していった。
正直、保護者として鼻が高い。
実の息子や孫たちからの評判も彼は大変良いのだ。
トレジャーハンターたちとの付き合いに熱中するきらいはあるが、一般人との付き合い方もそつなくこなすし、頼恒を含んだ上流階級の人間とも付き合いができる稀有な子供になっている。
ここまでが今までだ。
新たな不幸はこれからだ。

夏休みはメキシコ周辺の遺跡巡りをするといって出かけた彼のその住処は、無残なことになった。

彼が住んでいたマンスリーマンションに火災が発生し、火事場泥棒がそのマンションの一角を荒らした。
当然のように、荒らされた一角に彼の部屋も入っていた。
長年の習慣で長期間出国している場合は金銭の類は全て自分が預かっていたことが功を奏したが、備え付けの電化製品は軒並み取られているし、煙やら何やらで衣類はやられている。
家具や電化製品はマンションの備え付けだからまだいいが、衣服や教科書といった学校関係の物も買い直さなくてはならない。
本人がいなかったことが不幸中の幸いのようにとらえていた矢先に、懇意にしている邪教の館の主経由で信頼していたトレジャーハンターたちの一人の裏切りで重傷化したと言う一報を聞いた。
一瞬、血が沸騰するような錯覚を覚えたが、邪教の館の主が必ず助けると断言してくれたので(一抹の不安はあるものの)助かるであろうと考え、他のトレジャーハンターたちとも連絡しあって彼らに断れない程度の援助を申し出た。
その手続きを終えてから、彼の新しい住処を探すべく手を打とうとしたときに部下からの報告書が上がってきた。

「…… 異父弟 おとうと さん、ですかぁ」

顔写真一枚も残さずに縁を切った(あるいは、切らされた、ともいえる)両親。
異能者、あるいは覚醒者としての一族の血を持つの実父と違って、何も知らない一般人であった母親が再婚相手と交通事故でその命を失ったことは、まぁ不幸な事故のようだね。と、だけの感想になる。
赤子の時に親戚たちに両親から隔離させられた に今更家族の情を持てとは言えないはずなのに、のことを探しているのに、嫌な予感はしていた。
親権の時に世話になった弁護士に接触してきたので、興信所が調査した結果も添えてある。

(その理由も、まぁ、解らなくはないかな)

の母方の祖父母はの実母の再婚相手に連れ子がいたことも承知で結婚を許し、実母たちが交通事故で亡くなっても彼らなりに分け隔てなく接して養育していたらしい。
だが他の親類たちに子供達のことを頼む暇もなく、突然死。こちらは自然死のようなので深く調査はしていない。
連れ子―つまりは継父方の祖父母に親権が移動したようだが、この祖父のほうに問題があった。
祖父の方は身体が達者だが性格が悪く、戦前、戦中の考え方に凝り固まっている。
異父弟に対しては先天的な病のことで、そして姉の方には「女であるから」ということで差別まっしぐらな物言いを隠そうともせずに怒鳴る。
祖母の方は祖父の方に元気を奪われていくように、年々弱くなってしまっていて防波堤にもあまりなれない。
見かねた親族が弁護士経由でこちらに接触して来た。
オブラートに包まれた相手側の言葉を頼恒の脳内で変換するとこうなる。

「赤の他人の子供(のことだ。)を育てられるぐらいに裕福ならば、この異父弟をなんとかしてやってくれ。
 ただ、もう両親の生命保険は当てにならないしこちらは費用を出さない。
 金銭面での援助は一切見たくない。 と、いうか見れない。
 無駄金は出したくない。
 面倒事は避けたい。
 どうせなら、祖母も引き取って欲しいがそれはかなわないことは分かっている。
 姉の方を嫁がせて、その家から費用を出させるつもりだから祖母の方はなんの問題もない」

頼恒はことさら冷たい目で報告書を眺めた。
実に欲望に素直な言葉だ。
感心するとともに金を支払ってでも疎遠になりたい性質の人種がいる。
ただそうすればその人種しか得をしないので、どうしたものか。

(異父弟さん、小学生ですからねぇ)

高額医療費をこれから異父弟が生きる一生分、両親の生命保険で支払っていけれるのかといえばそうではない。
支払いができている今のうちはいいが、それができなくなったら自分達が支払わなくてはならない。
祖父母に親権がきているので、支払うのは祖父母だが祖父はあの性格なので出し渋るだろうし出したところで老後の生活がままならなくなる。=他の親族の厄介になる。=結局負担する。
この方程式が出来ているのだろう。
自分たちの懐具合を心配しているのだ。

「ふむ」

頼恒は少し考えて弁護士に連絡の返事をすることにした。

橘  という男には、人間社会で生きていくには何かしらの「枷」が必要だと感じてはいた。
そうでなければ勝手に死にかけるのだ。
自分達は少なくともその欠片になっていると思い込んでいたが、甘かったようだと頼恒は思う。

人災で死にかけただろうが、おそらくその時 の胸中にあったことは、彼はそう捉えなくても結局のところは自己犠牲による物事の解決。

折角こうして人間社会で再会して好きなことをお互いできるというのに、早々とリタイヤされるのは気に入らない。
そして純粋に友人として心配している。
の親友に人外が多く、本人もいつの間にか人外になっていてもそれはおかしくないがそれでも人間社会にいてほしいと願うのだ。

今更肉親の情を持てとは言えない。
両親を含めたその全てから縁を切られて写真の一枚も情報を持っていないし、加えて大人の思考も合わせて東京受胎時の記憶を持っていることで無条件に甘えられる存在がいないことを冷静に判断する能力を持ってしまっている。
お気に入りの存在に対しては寛容な性質であり、懐に入った人間や悪魔に対してはひどく甘い。
それらが構成した、現在の「橘 」という人物が、この社会にい続けられるだろうメリットのある存在に、異父弟がなるとは思えないが。

「候補、は多い方が良いよねぇ」

もう一度、報告書に目を落として異父弟の名前をなぞる。


そこには「 鴇羽ときは 巧海たくみ 」と書かれていた。


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