個性:ASO

きぼう




「無“個性”でもヒーローになれるかな」

別に期待なんてしていなかった。
………嘘だ。
いつも裏切られるのに望みは捨てれなかったからこそ、口にした。
彼にとって、次に来る台詞はもう聞き飽きている言葉のはず。
それは期待した言葉とは全く違うはずだった。

「なれるやろ」

いとも簡単にするっと言われたその言葉。
4歳以降、誰にも言われなかった言葉。
目をむいて彼女を見ると、ナニかおかしなことを言った? とばかりにもう一度繰り返してくれた。

「なれるやろ。むっちゃ身体鍛えんとあかんと思うし、そう簡単やないかもしれんけど」

ヒーローは身体が資本やろうし、心構えも違うやろうから。と、続けられた言葉を確かに僕は聞いていた。

彼女は知らない。
彼が、ずっとその言葉を誰かの口から聞きたかったことを。
 

彼女は知らない。
彼にその言葉をかけたのが、彼女が初めてだったのを。



彼女は、本当に知らなかった。
彼―緑谷出久―がこの世界線上における、主人公(ヒーロー)の一人であることを。



 ◆   ◆   ◆


オールマイトが彼女・ )と出会ったのは、粗大ごみが山のように積み上げられた海辺だった。

自身の活動限界に陰りが見え始め、母校の校長から勧められての教師生活を始める10か月より少し前。
オールマイトにとって嬉しい誤算だったのは、自分の後継者に選んだ少年・緑谷出久の肉体が、聖火のごとく受け継いだ自分のこの“個性”をすぐに引き継いでも耐えきれる肉体を持っていたことだ。
当初、出会ってすぐの「無“個性”でもヒーローになれますか?」の問いかけに否定した言葉を口にした。
ヒーローは命懸けだ。
敵(ヴィラン)も当然のごとく有“個性”。
道具アイテムを使えば無“個性”でも相手ができるだろうが、道具ありきのヒーローはそれに依存してしまう傾向にある。
“個性”があっても命がけなことは変わりないが、無“個性”であればなおさら命の補償はない。
自分が無“個性”だったからこその、経験からのアドバイスだった。
だがしかし、緑谷少年は自分の考えを改めさせた。


たった一人、友人を救うために飛び出した勇気。

当初は学生服で全く分からなかったが、鍛えられた筋肉の付き方と手慣れた足運び。
無“個性”というハンデを乗り越えるの手段として、一番手っ取り早く考えられるのは【肉体改造】。
実際、オールマイトだって学生時代に負けない為に身体を鍛え上げた。
おかげで比較的にすぐに“個性”を譲渡されたのだ。
自分の身体を鍛え上げれば鍛えるほど、筋肉はそれに答えてくれるもの。
筋肉は裏切らない! とどこかで聞いたことはあるが確かにその通り。
積み重ねた努力とそこから裏打ちされた信頼を、決して自分の肉体は裏切らない。
同級生を助けようと飛び込んだ勇気もさることながら、この自分が鍛えた肉体への信頼感がその勇気を後押ししたのは間違いない。
その後の行動も見事だった。
強化型かと思えるような踏み込んだ掌底打ち。
半端な物理攻撃が効かない異形型ヴィランを、瞬間でもひるませるほどだ。
オールマイトは脳内に格闘技術のデータが展開するが、どの流派だろうか分からない。

「緑谷少年は、どこの道場に通ってるんだい? あのスタイルは自己流じゃないだろう?」
「近所の道場ではないんです。オールマイト。…僕の身体を鍛えてくれたのは、僕の、友達たちなんです」

ほう、友達「たち」。
他人に技術を教えられるほどならば幼い頃からの習っている子供たちなのだろうか?
県内の格闘道場を脳内でリストアップしてみる。
だがどれも違うように思えた。
日本古来からの古武術スタイルにも見えた。
オールマイトの世代から、“個性”ありきの武術に進化していったのが昨今の格闘技術だ。
その源流。

「正確には友達の“個性”が関係するので…僕の口から説明するのは、少し難しいです」

ほう、“個性”?
興味深い、とオールマイトは口の中で呟く。
彼自身が出会ったことのある“個性”の大半は、戦闘に特化したものが多い。
そうでない場合も、戦闘に応用を利かせてしまったものしか大半見たことがない。


「はい。そ、そのオールマイト…。僕の大事な、トモダチに会ってもらっても、いいですか?
 もしかすると、その、オールマイトの怪我の方に、希望が出て来るかもしれないんで…」

…複合? 治癒“個性”持ちなのかな?

「緑谷少年…この傷、リカバリーガールの“癒し”でも無理なんだぜ…?」

摘出してしまったものは再生できない。
リカバリーガールは雄英高校の看護教師ではあるがそれと同時に日本が誇る、治癒系“個性”の第一人者だ。
そんな彼女の“個性”は対象者の体力を等価交換として使用して傷を癒す。
当時も、そして今現在もオールマイトの体力を奪いきると判断して怪我の全てを治すことはできない。
…当然ながら摘出してしまった胃の再生なども論外だ。
失ってしまったものは、もう二度取り戻せない。


「御願いします、オールマイト。彼女に、会って下さい…!」

大きく頭を下げた自分の後継者に、好奇心がうずいたというのが正直な感想だ。
本音を言うならオールマイトは自分の傷に関して希望は抱いていない。
抱く事を諦めた。
呼吸器官は半壊、胃を全摘し、後遺症に今も悩まされている。
痛みで睡眠時間は削られているが、それは正直夜半の出動―悪は24時間営業だ。―に都合が良い時もある。
何かしら興奮すると喀血してしまうが、もうそれにも慣れた自分がいる。


「じゃあ、その“彼女”の都合の良い時に、会える段取りをお願いしようか…緑谷少年」
「はい!」

自らの後継者・緑谷出久の熱意に押されながらオールマイトは約束したが。
その約束はかなり早い段階で果たされることになるとは思っていなかった。


数日後。
緑谷出久はオールマイトと相談の上、母親と親友だけに“個性”が発現したことを伝えていた。
ただ“個性”を発露させるのに不安定であるので病院で確認する以前に、それなりのトレーナーの元に訓練することになったこと。
その場に居合わせた縁で、少しでも安定させるためにトレーニングして行こうという話になったことをまず保護者に伝えた。
受験生を長時間拘束するので電話で挨拶もしてある。
親御さんと直接会うと金銭的謝礼の関連で問題が起きたことが過去あったという言い訳を口にし「電話口のみの挨拶で申し訳ない。」とオールマイトはまず少年の母親――父親は長期海外出張で出てしまっているようだ。――に謝り、許可を貰った。
流石に長時間、自身の後継者と決めた少年でも未成年者を、しかも受験生を長時間勝手に拘束するのはまずい。
親友の方の口添え――今になって“個性”が目覚めることが有るのか、と疑ってかかる緑谷少年の母親に「自分も中学入学前に発現した。」と言ってくれたらしい。――もあって、オールマイトは後継者の母親に信用もされたようだ。
ちゃんと受験用の勉強時間の確保とお互い無理をしないことを約束したのも良かったのだろう。
素直にオールマイトは彼の親友に会いたいと思った。
彼の中の知識でも4歳以降に“個性”が目覚めるなどというのは聞いたことがなかった。
稀に「実際は4歳に“個性”が身に着けていても、発動条件が解らない為に使えなかった」というパターンが存在しているので、むしろそっちだろうかと聞いてみたのだが、どうもそうではないらしい。
聞けば治癒“個性”らしきものを持っている友達と同一人物だと言う。
紹介してもらうのと、楽しみにしている自分がいることをオールマイトは自覚していた。
緑谷少年が自分の親友と話合い、海岸にその彼女を連れて来る段取りをとりつけたのは緑谷少年が海岸で“個性”のトレーニングを初めた段階で言えば結構早い時期だ。


「治癒のことは完全に三人だけの秘密で、誰が治療したか絶対に漏らさない」こと。
「こちら(緑谷少年とその親友のことだろう)の事情を詮索しない」こと。
「緑谷少年を鍛えた“個性”の詳細の説明は、まだしない」こと。
あとは「受けた後、ちゃんと確認の為に本人(この場合はオールマイト自身)が病院に行って自分の身体を検査させ、その結果を持ってくること」を条件に出された。


オールマイトはその条件に頷いた。
No1ヒーローであるためか、口の堅い医者なら数名知っている。
この辺りであれば雄英高校のリカバリーガールの元に行けば、検査できる施設は整っているはずだ。
あそこは学校に所属しているプロヒーロー御用達の、いざとなったら治療してもらえる駆け込み場所でもあるし、数少ない今のオールマイトの身体の健康のことを完璧に把握しているヒトでもあるのだ。

その日、緑谷少年に連れられて海岸公園にやって来たのは、いまどき瓶底を連想させるようなレンズの眼鏡をしていた少女だった。

「ミド君。あの人【識別】してもえぇ?」
「そ、その…しない方向でお願いします」
「あー、No1ヒーロー関係者の情報握っちゃうのはまずいか…」
「そんな感じ、そんな感じっ!」


そんな会話をしながらやって来た彼ら。

「彼女が以前話をした、僕のト、トモダチの、さんでしゅっ」
「自己紹介ぐらい、自分でするぞ? ミド君」
しかも噛んでる。
そう突っ込みを入れながら、と紹介された少女はオールマイトの前に立った。

「初めまして。です。緑谷くんとは同じ中学に通っています」
「理由があって名前は伏せているんだ。申し訳ないね。私のことは【トレーナー】とでも呼んでくれたまえ」
「名前を呼んではいけない人か…。じゃあ、ヴォル〇モート卿で」
「ぅん? ん? んー? 話聞いてくれてるかなぁ? 
 ヴォルデ〇ート卿って誰? どこのヒトだい? とにかくPlease repeat after me.トレーナーさん」
「オー…トレーナーさん!」
「……そこでなぜ緑谷少年がついてきてくれて、少女はついてきてくれてないんだい?」
「それで、条件は飲んで頂けるんですよね」
「マイペースかな??」

オールマイトの小さな叫びをスルーして彼女はオールマイトは見上げてくる。
あれ? とオールマイトは心の中で引っ掛かりを覚えた。
全く似ていないのにこの眼差しと、そして苗字をどこかで聞いた覚えがあったような気がする。
人の名前よりもヒーローネームを覚える性質なので、もしかしたら違うかもしれないので黙る。

「服を着たままでいいから、少し身体の方を調べてもいいですか?」
「え、あぁ。勿論だとも」
「服の上からで大丈夫?」
「大丈夫…ってなんで、そのままおんねん…。自分、トレーニングしぃや」
「え、ぼ、僕も治療してるところ見たいし…」

関西圏の子だなぁ、という感想をオールマイトは飲み込む。
言葉のイントネーションが半ば取れかかっているので、もしかしたら関西圏から引越ししてきて1、2年ぐらいかな。とも思う。
だがやはり口にはしない。
詮索しない、というのが条件だ。


「ほなら、身体の診察させてもらいましょうかねぇ…」


少女が眼鏡をはずした。
ほう、とオールマイトは目を見張った。
彼が学生時代に流行ったコミックに「眼鏡をはずしたら美少女」というネタのような登場人物がいたが、まさかそれをリアルで見るとは思っていなかった。
素直に彼女は可愛い部類に入る。
自分がアメコミのキャラなら、さしずめ彼女は少女漫画だろう。しかも主役級。
ほんの少し長い前髪と瓶底眼鏡をいますぐやめれば、かなりモテるに違いない。
そんな彼の観察をよそに小さく彼女が何事か呟くと、瞬間、空気が変わる。

「…あぁ、うん。了解した。アイテムとの併用でなんとか」
え。
オールマイトの目が見開く。
なんとかなるものなのか。

「アイテム? あの、その、あっちのアイテムとか使えるの?」
「最近、使えるようにしたし、研究だってしてる。
 師匠から褒美に頂いた特上級のアイテムがあるから、それを使おう…。そんじゃあ」

少女はオールマイトを見上げた。
あっちとかいう単語の意味している物はなんだろうか、とかどんなものを使うの? とかいろんな疑問は吹き飛んだ。

「身体、治そうか」
それは平和の象徴が聞いた、希望の言葉だった。  

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