即席大司祭様は、引きこもりたい

チュートリアル





朝起きて、先ほどの夢の内容はなんだったんだろうかと思いながら着替えた。
ゆっくりと消えていく記憶を取り戻そうと無駄なあがきをしてみるが、やはりそんなに都合は良くない。
現実の自分をベースに、理想を付け足したPCキャラクターを作った…んだよな?
弓使いの女ドワーフとは違って、次回は投げ斧大司祭(人間)。
特技点は多めに残して他のメンバーと調整するつもりだが…覚えてられるかな?
特典として魔法のアイテムだの、魔法の鎧だのをいただいたので逆に今後の、ゲームマスターのマスタリング用意する冒険が恐ろしい。
あいにくと平日なので仕事だから、制服のズボンをはく。
本来だったら上半身もきちんとブラウスにベストという格好なのだが、うちの会社は小規模な工場だ。
上は自由な服装(と、言ってもちゃんと仕事に相応しいものに限るが)にさせてもらっている。
着替えて部屋を出たら軽く洗顔をしてから、朝食を作る。
今日は何ゴミを出せばよかったんだろうか。
いつもの朝のルーティーンを頭のどこかで思い返しながら自分の部屋の扉を。

がちゃ。きぃ。ばたむ。

開けて閉めた。
まだ私、寝てる?
実はまだ寝てる?
周囲を見渡せばちゃんと自分の部屋だ。
朝の太陽の光もちゃんと入ってくる。
あぁ、けれどそういえばなんとなくご近所の朝のBGM…例えばどこかの家の目覚まし時計の音とかご近所さんの朝の声…が一切聞こえない。
自分の声はさっき出して、聞こえたから自分の耳は大丈夫のはず。
なら、私の眼がおかしくなったのか。


ここはどこ?――私の長年の、子供おばさんな部屋&家。
私はだれ?――― 。

もう一度、今度はそっと音をたてないように気をつけながら扉を開けた。
普通に毎日見る廊下と一階に行く階段があるはずなのに、ない。
見えるのは洞窟だ。

むき出しの岩場。
湿った、嫌な感じの空気。
奥から何か獣臭いような感じがしないでもない。
すぐに隣の部屋の扉があったはずなのに、そこも岩の壁。
それらが分るのは、光を背にしているからだ。
1m先は見えない。


かあさん。とおさん。

両親の寝室までそんなに離れていないはずなのに。
背筋がぞっとする感覚を久方ぶりに味わっている。
何かできないか、何かないか。
震災以降、必ず部屋に置くようにしたリュックサックの中から懐中電灯を取り出す。
靴もないから、スリッパで行くしかない。
ジーンズに履き替えるか迷ってやめて、武器になりそうなものはないか思考した瞬間に目の前にA4サイズの画面が出現する。
アニメで見たような、3Dディスプレイ画面というかホログラムというのか、そんな類がにゅっと。
びっくりするのも思い返すのも全部後だ。
必要な情報だけ目を通す。取得した特技の確認は後だ。
基本的に必要な物はもうとったという記憶がかすめるがどうでもいい。

にゅっ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 /冒険者Lv13:大司祭(ブラキ):神聖魔法ランク7
LP:70/75 MP:114 所持金:200900
所持品:無限のバック(大/中/小),冒険者セット×1、盗賊の七つ道具×1、
    ライトの指輪×1、
装備品:聖別された鎚矛イジェクションメイス
    魔法の投げ斧リターニングアックス風精霊のスケイルメイルエルストーム(未装備)
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ベットの足元に転がっている、大きなバックが『無限のバック』。
他所のゲームじゃ「アイテムボックス」とか言うやつの代替品。
無限といいつつ、上限はあるが見た目以上のものを詰め込める素敵マジックアイテム。
ゲーム内ではぎりぎり頑張れば中までは買えるが大を買おうとしたらそれ、なんてバブリーズ? てなお値段で買えるはずはない。
頭の端で声しか知らないゲームマスターが夢の中でくれたものだということを思い出した。
夢だけど、夢じゃなかった?
装備品とかガチで入ってんのか。
いつから日本が呪われた島になった?
見た目は本当に大きなリュックサック。
バックパッカーや本格的な登山用のそれの中から取り急ぎすぐに身に着けられる指輪つけてから、リターニング・アックスを取り出す。
あぁ、ライトの指輪だからせんでもえぇかな? いや、時間がない。 そう、鎧とか装備したいけれど、身に着けるのにも結構な時間がかかるんだよ!

にゅっ====================
新規購入には【売買】スキルが必要です。
【売買5】確認
【入手場所】□□世界 ◆◇□マスター◆M権限発動  判定自動開始…クリティカルを確認。
「難」までのアイテムの売買が可能になりました。
購入されますか?
====================にゅっ

出てきたアナウンスに即座に「はい」を選択。
されます、されます。
というか、◆◇□マスター◆Mって文字化けしとるけどゲームマスターGMのことやろ!
どないなっとんねーん! と普段使わないような言葉を脳裏に浮かびながら買い物を続ける。
足元用に【サイレントシューズ】と【騎士のベルト】を買った。
買ったら無限のバックの中から出てくる仕様なのね。了解。
鎧以外はすぐに身につけられて数分もかからない。
洞窟系でソロなんて聞いてないよ、リアルじゃやりたかないよ、怖いよ。
本来ならこうだ。
だが、なんていう私の感情は、両親への心配で吹き飛んでる。
うちの両親になんかあったら、ほんとうにどないしてくれようか。
金が落ちる音がしたかと思うと所持金ががりっと削られるが仕方がない。
この靴、履いてるだけで運動力を高めてくれる判定の成功力が上がるのだ。
とっさに買った騎士のベルトは小さなバックを腰につけられるように購入した。
いや、持ってるベルトでいいやつがなかったので、本当に衝動買いだが仕方がない。
バック関係を置いときたかったが、何があるのかわからない。
そもそも私の部屋がいつまでも安全圏なんてわからない。
冒険者セットから抜き出した、松明一本を用意。
いや、懐中電灯あるけど。なんとなく。
ルール的にわからないが、無限のバック(大)でかいリュックサックの中に無限のバック(中)少し大きめのウエストポーチを放り込み、背負うことにした。
無限のバック(小)通常サイズのポーチを腰のベルトにさらにひっかけて固定する。
ベルトの方にポーチをひっかける器具付きなのでありがたい。
用意ができたら扉を開ける。
奥の方で気配がするような気がするが、探れない。
暗視能力があるわけではないし…あぁ、くそ。さっきナイトゴーグル買えばよかった?
懐中電灯の光を奥に向けると。
っ、うそん、電池、昨日入れなおしたばっかりやろがっ。
電源入り切りを三回ほど試すが全然、光が奥に向かない。
時間は有限。懐中電灯をポーチに突っ込んだ。

「光よ。」

私の知っているモノ、であるならば使えるはずだ。
そんな私の期待に応えるかのようにライトの指輪を触媒として発生したその言葉が、松明を発光物に変える。…使えたな。共通語魔法。
共通語、日本語オンリーかな? とかいう疑問を心の奥底に閉じ込める。
そんなことより、両親の安否確認が先やろがい、自分!
今、現在松明を中心に半径10mは普通に見られるようになったはず。

パッ==================
チュートリアルクエスト を開始を宣言します。
【住居を奪還せよ】
===================パッ

出てくるテロップに突っ込みを入れる心の余裕はない。
いや、いつから現実世界がSF映画かアニメになった?
結構、奥まで道が続いてるんですが下に降りる階段はやはりない。
なにはともあれ両親を探さなければ。
松明を持ったまま先を進んだ。
数歩先にあった隣の部屋の扉があった場所を無造作に触れてみる。
どうあがいても、感触は岩。
なんでやねん! と岩を殴りつけたくなる衝動を抑える。
落ち着け、落ち着け。焦ったらあかん。
今は両親の心配しよう。
脳内がオンラインセッションやってたときの感覚に、あえてする。
現実逃避じゃない。ゲームのようなこの現状をクリアする為の自己催眠。
…トラップとかそういうのはないと思いたい。
いや、これがダンジョンとかだったらさすがにありそうだけれど、どうあがいても荒削りの、廃坑を連想する造りだ。
この壁やら床が人工物を連想する石畳なら、もっと警戒はしたし歩いただろうが高齢の両親の安否確認の方が自分よりもまず大事。
気が付けば、私は走りながら奥に進んでいた。
【サイレントシューズ】のおかげかそこそこの速度でちゃんと走れている。
ぺこん、と出てくる▷『運動力』判定しますか? に「はい」を選択したのが良かったのか。
まぁ、全力で走ってないし、特技の【持久走】は獲得していないからスタミナは気を付けないと。
そう感じていた時に、通路ではなく開けた場所に出る、と思った瞬間。
出てくる画面が簡略されて出てきた。

▷【危険感知】判定しますか? には「はい」一択。

気配を感じ取れた。このまま突っ込んでいったらヤバイ。
持っていた松明を即座に投げ入れる。
ドワーフと違うから暗視能力ない人間が、暗闇で片手ふさがってて戦闘バトルなんてできるか。
いや、普段はここまで好戦的じゃないが、家族の心配でそんなのは吹き飛んでる。
瞬間、見えたのはでかい生命体だった。あれ? 名前が出てこないぞ。

▷【魔物知識】で判定しますか? には当然「はい」だ。

成功したのか、ジャイアント・センティビート /LP体力30、噛むと麻痺攻撃してくるヤツだという情報が一方的に頭に流れる。
はぁ?我が家になんで入っとんねん(怒)。と考えたら即座に身体は動いた。
恐怖も何もかもが、害虫駆除の方向にぐんと向く。

眼の端に▷【戦闘指揮】判定しますか? が掠める。
「はい」を選択。

一体が明らかに敵対行動とろうとしているのがわかる。
▷戦闘処理を開始します。が追加されたが、構ってはいられない。
こちらは急いでいるんだ。
文字情報をいちいち確認せずに「はい」を選択していく。

▷無意識化のダイス判定を作成。一部判定はこれより自動処理されます。
▷干渉を確認。干渉を確認。干渉を確認。
神聖語ホーリープレイに対する世界認知システムに関してアップデート確認。
 習合化開始…該当神「□□□□」大神を感知。◇M顕現発動中→接続
 神仏統合中…習合・完了――ブラキ神、覚醒。

なんかいろいろ書かれているが読んでない。
分かっているのは、今現在の私はブラキ神…ちゃんと声をかけてくれる、あの世界線上の神の大司祭ということ。
共通語魔法が使えた、ということは、つまり。

力よ祓え!!」

反射的に脳内で選択した神聖魔法が、神聖語に導かれて世界に発現したのは一瞬だった。
目視できない衝撃波が大ムカデの身体を簡単に吹き飛ばす。

神聖魔法Lv2:フォース。

先ほどのライトの指輪という触媒を使った共通語魔法ではなく、神への信仰を糧とした超常現象を間違いなく自分は使えている!

▷威力:30
結構な威力なのではなかろうか。

小さなホログラムが自分の攻撃威力を教えてくれた。
回避できなかった大ムカデが痛みのせいか動かなくなる。
数値上ならこのモンスター、体力LPも30だったはずだけど…あぁそうか。
防御力的な分は威力からマイナスされるんだっけな。
そのまま走り抜けようとするともう一体が出てきて急接近した。
手に持っている魔法の投げ斧リターニングアックスで素直にぶん殴る。

▷威力:23
攻撃を受け止めた大ムカデはきしゃん、きしゃんどこからか音を出しながら少し離れた。
知能がないまでもかなわない相手と判断したのか、距離を取ったらしい。
そのままおとなしくしてくれ。
おたくらの攻撃を待つつもりはない。
私はそのまま松明を拾い上げて走った。
これがゲーム中なら、きっちり殺すLP0まで戦闘するのだが、今はそれより両親の安否確認が先だわ。
そのまま走って場を抜けられるか試してみていけたのでそのまま先に進む。
…ゲームじゃターン制とか、反撃を律義に待たなくちゃならないが、あいにくとこれは現実なんで。
もし必要なら引き返して殺す倒す。
普段なら思ってもできないことだろうけれど、今ならできる。
部屋を通り抜けると湿った空気に、どこからかひどい臭いが漂ってきている。
人一人なら余裕で通れる場所だ。
声を上げて探しに行きたいが、先ほどの虫系のモンスターならいいが、なまじ頭の回る妖魔系のモンスターがいたら自分ではちょっと対処できなくなる可能性が高い。
私に何かあったら両親を助けられない。
早歩きで通路を歩いていると、前に人影が見えた。
ひぃっと息をのむ音にはっとする。

「かあさんっ。」
「さ、、ちゃん。ちゃん、ちゃんっ。」

母さんの姿に心底ほっとした。
パジャマ姿の母がすがりついてくる。目の焦点が合ってない。

「とおさんは?」
「お父さんが、あんな、お父さんが。
 変なのに二人で襲われて、お母さんを庇ってくれて、そんで。暗い中、走って」
「この先か。」
「う、うん。けど、あんた行ったらあかん。
 お父さんも心配やけど、警察に電話して、来てもらおう? 怖い。」

私はある意味、まだ大丈夫だけれど両親は違う。
特に母は。

「おかあさん。」
ちゃん。」

すがりつく母に触れる。この状態のかあさんを一人にしてはおけない。
何があるかわからない。
なら、連れていくしかないわけだ。

ブラキよ。この者の心に平静を与えたまえはらえたまえ、きよめたまえ。かむながらまもりたまえ
神聖魔法 Lv1 サニティ。心を静める魔法を使う。

母の目の焦点が合った。ようやくちゃんと私を見てくれる母。

ちゃん。」
「かあさん。とおさんを助けに行こう。」

▷生命体(友好)を発見しました。
冒険者化傭兵化しますか? ―0/78名 可能

ぐうっと眉根を寄せながら、私はその文字情報と母を見つめた。



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