「男は狼なのよ」

そう歌ったのは誰だったろう?
ベットの中でそう考えながら、しっかりと私の身体を抱きしめている男の視線をうつす。
深夜のベットの中で、灯りなんてないけれど目が慣れているからすぐにわかった。

涼しげ。
満足そう。

なぜか頭に来たから、離れようと身体をよじったらぱっと目を覚ますし。

…さん?」

おざなりのようにさん付けをして、あたしの身体を抱き寄せる。

「起こしちゃいましたか?」

じゃないでしょう、全く。

「………どうして?……」
「何度も言ったはずですが」

そう素に切り返されて、あたしは黙る。



こつん。
彼の額が、あたしのに当たる。



「聞いてませんでしたか………?」

黙る。
無言のあたしに満足そうに笑ってる気配。

「顔、赤いですね」
「そんなのわかんないわ」
「貴方にわからなくても、僕には判りますよ」

これだけ近くにいるのだから。
そう小さく呟くと、彼はあたしの身体をまた抱きすくめて唇を落とした。


彼の名前は明智健悟。
警視庁が誇るエリートで。
あたしにとっては………………………………。





事の発端はなんだったんだろう?
あたしと、彼、明智健悟の出会いっていうのは随分と以前。
あたしが中学生で彼がまだ高校生の頃。
あたしは彼に憧れて、思い切って一人で告白しに行ったときに随分とひどい振られ方をした。

酷いことを言われたって思って欲しい。

正直、思い出したくもない。

それからあたしは逃げて帰って………泣いて、泣いて。
しばらく引きずったけれど立ち直って、そして二人とも大人になってから再会したの。

さんじゃないですか?」

驚いたことに彼の方から話し掛けてきた。
何かの事件を解決したんだろう。人もまばらになったその場所で。
あたしのほうは、そりゃあ、覚えてるわよ。

初恋の人、だったんだもの。

「そうですけど」
「覚えて…いらっしゃいませんか……?」

何かを期待するような彼の言葉に、あたしは苦笑して「覚えています」といったけ。
そう、あれがきっかけであたし達は「お友達」のような関係になった。
たまに会って、電話して。
時々、映画を見て。
中学生のような男女交際だと人は見るかもしれないけれど、あたしにとっては「お友達」交際よ。
…中学生時代のことをまだ根に持ってるのかって言われれば、「そうだ」と答えるしかないわ。
もう顔がいい男で頭がよくて口が回る男はノーサンキュー。

たとえ今でも、その憎めなくなった人でも。




さん。今度の週末はお暇ですか?」
「…明智さんはお暇なようですね」
「ええ。良ければ…」

なんて会話を何回しただろう。

「明智さん、他の女性の方を誘ってください」と断ったら。

「僕は貴方と一緒に行きたいんです」
「お世辞でも嬉しいです」
「お世辞は言わない主義ですよ?」
「あら、それはいけません。お世辞の一つも言わなくては世の中渡るのに苦労しますよ?」

なんて皮肉をきかせたりして。
明智さんが口にする美辞麗句や言葉をは本気でとらないようにしていたのに。




その日。と、言ってもついさっきのこと。
あたしはかなりむしゃくしゃしていた。
同僚と社長の息子が婚約した。
それはまだいいんだけど、この息子。何を勘違いしたのかあたしに粉かけてきやがったのよ。

「付き合わないか? 僕たち」

殺すわよ、あんた。
あんたその口でさっき婚約発表したんじゃないの?!

「結婚するつもりはないんだ」とか。
「本当は君と」とか。

あんまり頭に来たもんだから、鉄拳制裁して上司に辞表を叩きつけた。
バブルがどうこう、不景気がどうこう考えなきゃいけないことは判ってたわ。
けど、その息子って言うのがあたしの一番嫌いな「顔が良くて口が達者」なタイプだったのよ!

さん?」

きびきび歩いていたら(怒りもあって)、明智さんが声をかけてきたの。
仕事先においていた私物は速攻梱包して住所に送ったわ。

「あら、明智さん。警視庁の警視さんがこんなところで何をしてるんですか?」
「そこの公園で事件がありまして」
「あらそうですか。お仕事頑張ってください」

なんて踵を返したら腕をとられたの。

「待ってください。お送りします」
「結構です」
「どうしたんですか…今日の貴方はいつにもまして危なっかしいですよ?」
「あら、そう見えます?」

あたしは苦笑して明智さんを見据えた。
明智さんも負けてない。
あの涼しげな目元であたしを睨むと「待っていてください」と念を押してから公園に入りさっさと戻ってきた。
後ろからごついおじさんが、頭を軽く下げて見送ってくれる。

「さ、行きましょう」
「事件はどうなさったんですか?」
「解決しました。全くつまらない事件でしたよ」

なんて台詞を言いながら、BMWにのせてくれる。
本当はそんな気はなかったのよ。けれど腕はとられていたし。
あたしはしぶしぶ助手席に座った。

「で? 何があったんですか?」
「別に何もありません」
さんは仕事熱心なOLさんでしょう? その人が真昼間に歩いていること自体おかしいんですが」
「あたしだってサボりますよ」
「嘘ですね。観念して白状してください」

何を言っても、明智さんは笑顔でさらりと言い返してくる。
最後には。
「…いい加減にしないと、怒りますよ?」っていうからことの顛末を正直に話した。

「…それは……また」
車を運転しながら、ちらりとだけ視線を寄越してくるのをさりげなく視線をそらして逃げる。

「おかげで就職活動しなくちゃいけないんです。これから」
「…しなくても大丈夫なんじゃないですか」
「?」

きいっと車を止める。
赤信号だから。

「僕の所に永久就職するとか」
「冗談は止めてください」

そう言ったら、明智さんは黙った。

ずっと。
ようやく赤信号が青に変わると、車を発進させて、それからぽつりと口にした。

「冗談じゃないんですけど」

今度はあたしが黙った。
十分ぐらいして、沈黙に耐え切れないように明智さんが口火を切る。

「本気です」
「嘘」
「本気なんです」
「だとしても明智さん。それは貴方の気の迷いです」
「結構、酷いこと言いますね、さん」

自分の高校時代のことを棚に上げてよく言いますね。
なんて言葉を言いそうになってあたしは止める。

「高校の時、僕は確かに貴方に対して酷いことを言いました。誹謗中傷と言われてもおかしくないことを。けれど、僕はあの後、貴方に対しての罪悪感でいっぱいになった。貴方が通う学校に行って、貴方を探して謝りたかった」
「何が言いたいんです?」
「実際、探し出して謝ろうとした時に思い知ったんです。ああ、僕は本当に大変なことをしたって」
「?」
「ずっと見てましたよ。その日は。貴方は一生懸命に物事に対して取り組んでいた。………笑顔で。泣くのをこらえている時も無理にでも笑顔にして」

喉がからからになる。

「それから機会を見つけては貴方に声をかけようと思いましたけど…できませんでした。何を言うつもりだって。いまさら彼女に土下座して謝っても許して貰えるわけがない。そんな声が聞こえてきました。心にずっと」
「それで……?」
「そのときから、貴方のことが好きです」



心臓が止まるかと思った…。



なおも黙っているあたしに、明智さんは微笑と苦笑の間で笑った。

「バカでしょう? せっかく告白してきてくれたのに」
「…あとで考えると惜しかったって思っただけなんじゃないですか?」
「………………………そういう考えはしたことがないですが」

口調で怒っているのが判って、あたしは急いで謝った。

「ごめんなさい」
「今の貴方の精神状態が不安定な時に、こんなことを言ってしまった僕も悪いんですが」
「こんなこと?」
「告白とプロポーズ」
「本当に、本気、ですか?」
「ええ」
「でもあたし達、別に…………」
「付き合ってましたよ。健全に」
「そ、それはそういう考えもあるでしょうが」

中学生のようなあの健全な「お友達」交際。

あたしがそう言おうとした瞬間。

「SEXしなくちゃ付き合いとはいえませんか?」

そ、そのままずばり言わなくてもいいじゃない?!
あたしが何か言おうとすると、車が止まった。

「僕は随分前から、そのつもりはあったんです。これでも自制心を総動員してますから」

車から出ると、あたしが住んでいるアパートではなくて。

「今夜もそのつもりですけど、貴方がいいというまで我慢します」

明智さんのマンションの前だった。



その後、いろいろあったのよ。
話をして、ワインを飲んで。
ムードが良くて。
それから、明智さんの声。



気がついたら、その…………ベットの中だったの……。



「言っておきますが、合意の上でしたよ?」
「酔ってたんです」

あたしの言い訳に明智さんが笑う。

「じゃあ、僕も酔っていたってことにするつもりですか?」
「実際、酔ってたんでしょう?」

ワインに。

「ええ」

そこでくすくす笑って、あたしの耳元に唇を寄せた。

。貴方に」




「男は狼なのよ」

本当。
男は狼だ。

あたしを抱きしめたその狼がなぜだか憎らしくて愛しくて。

「一回しただけで恋人と思われるのは勘弁できないわ」

と、なんとか胸を手で押し返そうとしたら。

「ならもう一度しましょう」

「男は狼なのよ」
本当に気をつけたいわ。






……とりあえず今度から。



初UPした時のコメント:リンクをさせていただいている「ゆうき☆りんりん」の和岡様に捧げた明智さん夢。
オリキャラ・斎藤萌とは一線引きたかったんで、こういう話になりました。
何気に…事後話ですか、影山さん(笑)みたいな。あ、事前でもあるかな?
(おい)
…しかし、オイラ考えると明智さんの出だしって事前事後多いね(爆死)。

2004/3/22 以前の作品

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