(6)


トトさんにユバの水をもらって、僕たちは歩き出して…すぐのことだった。
ルフィが「やめた」と言い出して。
それから二人、ルフィとビビの言葉が、砂漠に響く。

「お前なんかの命一個で賭けたりるもんか!!」
「じゃあ一体何を賭けたらいいのよ!! 他に賭けられるものなんて、私何も…」

俺達の命くらい一緒に賭けてみろ!!! 仲間だろうが!!!



ルフィの言葉はどうして、僕の砕けた心に届くんだろう?
そしてビビ王女の涙を止めたいと思ってしまうのはどうしてなんだろう。

「…なんだ、出るじゃねぇか。涙」

ビビ王女……うぅん、ビビは声を抑えて、そして泣き始めた。
国民の、王の、国の命を背負って、無理して笑って…泣くのを我慢して。
王女だから、とかそういうのではなくて。
ビビが泣いているこの姿をもう見たくないと思う。


笑っているのが、女の子には似合うんだ。



…ヒメに昔言ったことがある自分の言葉を思い出す。
僕はヒメの宝物をにぎりしめた。

笑顔。


ビビの笑顔を思い出した。
アラバスタに近づくたびに、彼女の笑顔は…笑顔は……本当に『楽しい』から笑うっていうものが消えていった、と思うのは間違いだろうか?
その『楽しい』っていう感覚が、今の僕には十分判らないけれど。
僕は彼女の涙を見つめた。
笑って流す涙はいいと思うんだ。
だけどあの泣き方はよくない、と感じる。
彼女を泣かしているのは……そう。
クロコダイル。
「教えろよ、クロコダイルの居場所!!」

僕が彼の名前を心の中で呟いたと同時に、ルフィがそうビビに言った。
ビビはナミさんにそっと抱かれながらも、涙をこぼした。



ゾロの言葉に顔を上げる。

「手、もう力を抜け」

え?

ちゃん、気がついてないのかい」

サンジが困ったように笑って、ヒメの宝物を握っていないほうの僕の手に触れた。

「…お前…っ」
、血、出てるぞ」

チョッパーが慌てて僕に近寄る。
血?

「無意識、というよりも自覚なしなんだな。ちゃん」

爪が皮膚に食い込んで、血が出ていた。
…あれ? いつのまに。
首をかしげるとウソップがため息をつくのが判った。

「…のくせ、じゃねぇけど…あれだな。お前、何かしら悔しかったり我慢できなかったら、力いっぱい拳握るくせがあるみてぇだな」
「そうなのか? ウソップ」
「あぁ、…こいつ、リトルガーデンで師匠達の決闘を邪魔されたあのときもこんな風にしてたんだ」

サンジとウソップの言葉にビビとナミさんが振り返って僕を見た。

「…くん」

「…ほら、もクロコダイルをぶっ飛ばしてぇってよ」

ルフィの言葉に僕は頷かなかった。
けれど、ただ瞳をビビに向ける。
処置(消毒と包帯を巻く)をチョッパーがしてくれて、「よし、いいぞ」の言葉が出るまで僕達は足を止めていた。
ありがとう、とだけ口を動かすと「エッエッエ」と小さくチョッパーが笑ってくれる。

「時間がない、早く教えろ。ビビ」

僕の頭に手をのせながら、ゾロが僕の考えと似たその言葉を口に出して、ビビはこくりと頷いた。

「クロコダイルのいる『レインベース』というオアシスはここ。今いる『ユバ』から北へまっすぐ。丸一日砂漠を歩くわ」

そこにクロコダイルがいるなら。
水を取り合いしているウソップとルフィをよそに、僕は北に向かって歩き出した。

「おい、遊んでる場合か! 、先に行っちまうぞ!!」
、おい、待て!!」
「なんでお前一人で先に行く!?」
〜!!」
、待ちなさい。ビビ、マツゲに乗って」
「えぇ、ナミさん」
ちゃん、待って〜」
ルフィが追いついて僕の手を握る。

包帯の手触りにルフィはちょっと顔をしかめた。

「あんまり自分を傷つけるな」


約束できない。


僕がそう思いながら顔を上げると、ルフィはむぅ、と顔をしかめた。

「…、約束しろ」


しない。


「なら、俺がさせねぇ」


聞かない。


僕のその心の声を聞いたはずなのに、ルフィは麦わら帽子をかぶりなおしてこう言った。

「俺が決めた。だから、お前は俺から離れるな」


…勝手に決めるのはルフィの悪いくせだ。


僕はそう思いながら前を向いた。
僕は約束しないし、そんなことは知らない。


「強情なやつだなぁ」


どっちが。


「おい、ルフィ。お前らだけで判る会話はやめろよ! なんかむかつくだろ!」
「へへぇ〜んだ。うらやましいだろう、ウソップ〜」
「てめ、このやろっ!」

しばらくして「暑い」や「あ〜」とか言い出すまでルフィとウソップはそうじゃれあっていた。

「あんた達、ばてるわよ!?」
「チョッパー、お前今日は倒れねぇんだな」
「…」
「うん。俺は今日はがんばるんだ」
「…へへ」

「ルフィさん…」

ビビの声にルフィが振り返る。

「ありがとう。私じゃ、とてもこんな決断、下せなかった…」
「そうか?」

心底不思議そうな顔でルフィが聞き返した。
うつむいているビビの様子に、僕は思わずルフィの手を握り締めてしまう。

「…飯、食わせろよ」
「え?」

顔を上げたビビにルフィは言い切った。

「クロコダイルをぶっ飛ばしたら、死ぬほど飯食わせろ」
「うん、約束する」

その時のビビの笑顔は、『楽しい』と感じてくれているときの笑顔と少し似ていた。
…あの笑顔のままで彼女がいればいいな、と思った。
…僕がそう思うのは、彼女にとって迷惑かもしれないけれど。
そう思ったとき、ルフィが僕の額を小突く、

。いいこと考えたのに、な〜んでそれを否定する」

小声でそう言ってから、「あちぃ」と続けた。
僕は小突かれたその場所をそっとさすって歩き出した。
どうして僕の考えというか心の呟きがルフィにわかってしまうんだろう?
ストックの皆と同じように。
…今現在、そのストックの皆とのリンクは切れてしまっているけれど。
…もしつながったらケルベロスの様子を見るために呼び出そうか。
それにマツゲみたいに乗せて歩いてくれないかなぁ、なんてちょっと思う。

「ムシニンゲンは呼ぶなよ。あいつ、お前にチューしたからな」


だからなんで判るんだ、ルフィ。
僕の手を握りながらも「あちい、あちい」と言い出し始めた。
むかう先はレインベース。

クロコダイルがいる、カジノがある大きな町。




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