邪教の館の主のその言葉に、わたしは「あ。これ話が長くなる奴だ」と内心思いながら軽く返事を返した。
うんちくを語られて良い時と悪い時がある。
今は間違いなく、悪い時だろう。
老人に語らせている間、わたしの思考は先程の仕事内容を反芻することにした。
表情筋肉が先程から仕事していないのが、逆に良い。
仕事の内容は「異界の探索及び開発」なのだが、事の顛末がおかしい。
前提として、この世界は人の手によって滅び、それをまた再生しきった世界でもある。
(今の世界の方がどの勢力も混沌としていて、それでいてバランスよく成り立っているおかげか人間社会が魔界に堕ち来ることはそうそうない。
…メキシコに関しては、わたしたちがなんとかしたおかげで魔界にはならなかったし)
老人からの報告だと、10年以上も前からその世界に対して、ちょっかいを出してくる平行世界があるそうだ。
パラレルワールドとか、歴史を変えようとしてくる人間とかは、正直珍しくない。
ひどく脆弱な存在が、魔界や人間界にある異界に付着する様に接触してくるらしい。
中に入って調査とか、何かしらの意志のある存在の接触云々はなく、あるのは砕かれた刀や、悪魔化もできない思念体のみで悪魔達が接触しようとすると霧散する。
そのうち、異界だけでは飽き足らず人間世界の一部にそれらは入り込もうとした。
どうやって流れ込んでくるのか、その手段も何もわたしにはわからないが、いい加減、頭に来た(らしい)混沌王――世界を再生した元人間・現魔王。――がその仲魔と共にその泡の世界を一つの場所に隔離することにした。
そうして隔離してできた世界に入って調査しようとしたらしいが、逆に上手いこと行き過ぎて人間社会の無人島の異界として固定化した。
調べるために今まで潰せていたものが潰せなくしてしまった。ということだ。
あほか。
そう口にしていい物か、多少は悩む。
混沌王とは長い付き合いだが、基本的にわたしも含めて脳筋だ。
ようは「説得(物理)なんて当たり前。交渉(物理)も当たり前。意見の相違の最終段階は拳で語り合おうぜ!」というのが基本姿勢だ。
もしかすると場をあえて作ってやって、大義名分を作って泡を作ってきた側に対しての報復行動の移る為の下準備かもしれない。
異界の泡の〔世界〕を流れを作って一つの場に収集させられるという事は、その場から流れを掴んでさかのぼるという事も可能だろう。
そうしたら、初めての平行世界征服になる。
やりかねない仲魔揃いで、逆に納得した。
出来上がった「異界の島」の探査及び開発というのは、どんどんと送り込まれてくる泡の世界からの漂流物の調査の意味合いだろう。
しかし解せないのは、異界を固定化させてしまったらその場を維持して支配する悪魔がいなければならない。
おそらくはその役割を、悪魔としての記憶をよみがえらせた〔わたし〕にさせたいのだろうが…そちらの方は勇み足なような気がする。
混沌王配下の悪魔は古今東西、様々な悪魔が揃っているから誰にさせてもいいはずなのに「わたし」にさせるというのが…。
いや、まさかこれも何かしらの布石か。
あるいは単純にわたし自身も巻き込ませようとしているのか。
報酬はその島一つ丸ごと。
現在は公的に人間の持ち物にできるように手を回し始めた、らしい。
悪魔の世界ではすでにこの島の持ち主はわたしらしく、この島内部から出たモノや何もかもがわたしのモノとされるそうだ。
報酬も考えてみれば無人島一つとでかすぎる。
仕事が長期間ですぐには終わらないようだし、売ることもできないものを貰っても困るのだが…ここでこの仕事を蹴ったところで延々と解説している老人に「手伝え」と言われるのだ。
帰りの便はこの船になるのだろうし、手伝い扱いならば仕事としてこの一件から手を引けれるだろうが、今後のこの老人からの信用もなくなる。
結論として、仕事は受け入れた方が賢いのだ。
「…聞いているのかね?」
あぁ、とわたしは頷く。
要約すると彼の話は
「
彼のように無機質なものから、何も憑依させていないモノを悪魔化させてた上に進化させることができたなんて。
自分にはそれが最初から無理だったから、ロボットを作ってみたんだがうまいこと行かない。
これはそこから発展させて作ったパワードスーツだよ」ということらしい。
完全造魔とか作れるだけの財力も能力もあるのになんで人が乗るロボットをあえて作ろうというのか、わたしにはさっぱり解らない。
どう言葉を飾ろうが、結果的には「昔の人の真似しても無理だから悔しいから科学の力に頼ってみたよ」という意味合いの言葉を吐き出している。
まぁ、錬金術はオカルトと科学の融合なのだしいいんじゃないか? という慰めの言葉をわたしは脳内だけで呟いた。
別にこの老人は慰めが欲しいわけでも何でもないのだ。
全長 約2m50cm 重量は600キロを超えているというその鉄の塊は、卵の両手両足がくっついてランドセルを背負っているようにも見える。
かろうじて頭と首らしい部分には武骨なモノアイカメラ。
手の指は三本しかないが必要最低限の武器はこれで握れると老人は言っている。
色はまだ塗っていない、というので金属そのもの黒光りするものだ。
素材がどうのといろいろと講釈を垂れている老人の声を聞き流す。
電力ではなくて霊力で動くロボットなのは、対悪魔を想定しているから。
再生されたわたしが息づくこの「世界」は、ある一定の【ルール】か【システム】が生かされていてる。
その中の大きな一つが〔何をするにしても人も悪魔も行動するには
MPなんてマジックポイントの略だろう、と思われるかもしれないが、これは分かりやすく例えているだけだ。
本当のところは「マガツヒ」だの「マグネタイト」だのと呼称されている、所謂「魂の存在力から発生される力」なのだ。
人も悪魔も「思い出したり」「何か作業する」にしても思考して行動する。
その時点で
悪魔と戦っているわたしのような人間で躯体的に言えば、一つの技…「刀を持って攻撃する」ことにも「サバイバル技術を思い出す」ことや「料理のメニューを考えて行う」ことにする
もっと自分の行動を成功させたいと願うのであれば
一昔前の熱血漫画やアニメで「魂が入ってない(と効かない)」とかあったが、まさしくリアルでそれなのだ。
ただ、正直、霊力が無尽蔵な人間はそんなにいない。
人間は限られた霊力しか持っていないし、
まぁ話は脱線してしまったが、ただの機械を使うときも自然と人は
で、当たり前の話、この手は魂が宿っている者にしかできない。
なのでただの機械にはそれらが出来ない。
霊力は通常、垂れ流し状態で機械に貯めて置けることは現状の技術ではできないのだと老人は語る。
昨今登場したネットワーク上の悪魔である「電霊」や自衛隊や警視庁がそれらを研究して作りあげた「マシン」でさえも、ネットワーク上に垂れ流しにされる不特定多数の悪魔を宿らせての使い捨て状態なのだそうだ。
「二時間程度で普通は壊れてしまうが、君ならばそうはいくまい」
壊れる、という気になる単語はスルーする。
どうせあれだ。この老人なら完全造魔の一体や二体、人体実験もどきで命を奪うか、あるいは奪いかける事なんて軽くやる。
「一般人を巻き込むよりは人道的だろう」という顔で。
かろうじて欠片に残された良心とやらに希望をかけるなら、それこそマシンを運用しようとしている自衛隊なんかのデータにハッキングしてその手の情報を得ていたという事だが…。
わたしはいつもどおり、深く考えないように意識しながらそのロボットに目を向ける。
傍にあった機材を完全造魔のスタッフが動かして、ばかりと蓋が開くようにその光武が割れた。
なるほど。
パワードスーツか何かにも見えないことはない。
もう少しスリムなボディなら、一昔前のアニメか今なら特撮に出そうかもしれない。
「もう少し体調が戻って、様子を見ながらテストを始めよう」
老人の合図で光武の蓋が閉じられる。
「普段の服でも搭乗可能だが、専用のスーツがあるので乗るときに着用してもらいたい。
あぁ、服のサイズは君が意識を失っていた時に図らせてもらったので問題はない」
「もともとこの〔光武〕は戦闘用か?」
「本来は、な。今現在急ピッチで探索用に仕様変更している。
マニュアルを作ってあるから、読むように。それとちゃんと期待自体が仕上がったら、名前を付けてやってくれ」
「光武が名前じゃないのか?」
「それは君にとって〔人間〕と呼ばれることと同じことなのさ」
「製作者はあんただろうに」
「その手のセンスはなくてね」
わたしもないんだがなぁ。
「情報を片目でも視認できるようにするか音声にて伝えるようにしようか」
「両方用意してくれると助かるな」
「全く、サイボーグ化そればこれと脳内に組み込んだCOMPと連動して動けるようにできたのに」
「……しつこい男は嫌われるぞ。」
「嫌われたところで今更だが?」
むしろ、僕に好感を抱いていたのかね? の言葉にわたしはわざとらしく肩をすくめて見せた。
ですよね。とか即座に思った。
正直、
そしていい加減、
「…COMP?」
「君の異能と従来のCOMP機能を研究結果で合体させることに成功した。
如何せん、複数体の同時運用はまだ無理だが、専用COMPにすることによって手軽に持ち運びが可能になった」
「すごいな。COMPの大きさは?」
「君の行動を考えると防水・防弾・防火加工を施したスマートウォッチタイプにしようと思っている」
「スマートウォッチ?」
「腕時計型のスマートフォンだよ」
最近はそういうのが出回っているのか、へぇ。
わたしの呟きに老人は肩をすくめた。
「君は人間社会にいるときよりも、最近は遺跡周辺にいるからその辺り疎いんだろうな。学校ではどうなんだい?」
「そこそこに溶け込んでいるつもりなんだがな」
どうだか。と、老人がマニュアルをよこしてくる。
ざっと目を通した数値を考えたら、なるほど確かに格上な悪魔と同等
「君の刀剣を修復するときのように、霊力を流していけばいい」
付けられたカメラは360度回転することができるというが、回転したところでわたしの視界は半分なままだ。
ついでに言うなら、これに乗っているときに気功法を使っての自分の能力の底上げは当然、このロボットにかかるわけではない。
「サイボーグ化すれば、後々拡張しやすい様に頭蓋に穴をあけてケーブルを…」
「まだ言ってるのか。」と老人の言葉を遮って光武を見る。
なんともまぁ。
「あんたのことだから間違いはないとは思ってるが、相当気合入ってるな」
「混沌王の依頼というのもあるし、島にも興味がある。加えていうなれば光武自体の運用テストに実に都合も良い」
渡されたマニュアルをぺらりとめくって、基本的スペックから探査用に切り替えた時の装備に目を通す。
豪勢な装備になっている。
「情報の収集能力も加えている、というのがいいな」
「だろう? 音声、映像も光武内部から発信、船内のデータベースにアクセスして蓄積させる」
また専門用語が続きそうだな。
わたしは光武をまた見上げた。
「長い付き合いになりそうだな。…【今後とも宜しく】」
悪魔が仲魔になるときに言うセリフだ。
わたしのその言葉に満足そうに老人は笑った。
―――ステータスが更新されました。――
<覚醒及びLvUP時とみなし、
〇ハイテク:コンピュータ
「
搭乗中は戦闘能力及び行動における判定値などは
「
COMPの形状は自由。アクセサリーとして装備可能。補助行動として使用可能。
ランク1:COMPにて搭載装備の操作可能。
ランク2:
ランク3:
※ランクはLVUPすいれば自動的にUP。
<クエスト「〇〇の島 異界探索及び開発」を受注しました!>
依頼人:混沌王
成功報酬:無人島×1 及び島内部の生産品
期間:無期限
目的:世界に侵食しようとしてきた「泡の世界(異界)」内の調査及び無人島(異界含む)の開発。
〇速やかに現地に入って行動を開始して下さい。
―――ステータスが更新されました。―――