現世・魔神本丸剣風帖

はじまりの、死。





――――軽い衝撃に背中を押され、気が付いたら生臭いというかカビ臭いそれの傍にいて。
自分の悲鳴なのか他人の悲鳴だかわからないそれを聞いた瞬間、ぼろぼろの日本刀の刃が自分の身体を貫いて。
痛い!ともなんとも言えなかった。
せり上がってきた鉄錆の味。
口一杯に広がるそれを吐き出す。
一気に痛みと一緒に力が抜けていく。
視界が真っ赤に染まったのは自分の身体から出ていく血肉と臓物を見たからか。
側にいたはずの男子が驚いて目を見開いているのをスローモーションを見るように確認した。

ごめん。変なもん、見せて。

なんて言葉は口にはできない。
そして意識すらなくなった、はずなのに。―――――――――――――――――――――――――――――――――――


記憶が混乱する。


―――――そう、その通り。と、かのお方が微笑む。
「我は伊邪那美大神であり、道教の最高神・后土でもありうる。
そうあれかしと、お前がそう思えばそうなるということだ!
羅馬 ローマ でいうところのケーレス神もな! ふははは! お前、神に詳しいな!! 」

私の中のイメージを吸い取って蝶の髪飾りを付けた美少女剣士で巫女さん風の衣装になった存在が大笑いした。

「良い良い、許そう! なんという想像力よ、妄想もここまで来ると味わい深い。
あと二次元の記憶、面白いな。前世か、そうか。
お前の中にあった記憶の中の言葉をあえて使うとすれば「神は、人間を愛している! それこそがライフワークだからだ!」と。
ゆえにお前という魂の存在を許そう!
安心しろ、似たような魂などその辺りにごろごろしておるぞ。
ただし、お前が他の「神」を信仰することは許さん。んぅ? 仏教徒?!
無神論者のくせしていっぱしにそう言うか、信仰心など持っていない分際で。
…仕方のないやつだな。今の所は追加二択で選ばせてやる。
神道 か、 地蔵菩薩・勝軍地蔵か千手観音、愛宕権現 密教 か 修験道 か選ぶが良い! 」――――――――――――――――――――――――

記憶が混乱する。

――帰って来て、僕の所に、目を覚まして。そうじゃない、と、僕は、ぼくは、ぼく はボクは ――

耳に残るのは、クラスメイトの悲痛な声。
いつ聞いたのかわからない。

(帰りたい)

ひゅうっという自分の呼吸音で出萌 いずも は目を覚ました。
鼻につくのは鉄錆の臭いだ。
眼鏡が壊れて顔から外されたのか、周囲がぼやけて見える。
どこだがわからないが、意識を失う前にいた地下洞窟ではなさそうだ。
見知らぬ天井から目線をそらして、胸元まで手を伸ばす。
痛みはないがだるくて身体が重い。
腕を動かすのも一苦労だ。
だが、頑張って腕を、手を動かして不愉快な感触に触る。
べっとり、としか表現できないそれを目の前に広げた。
どうあがいても、赤い血だ。

(殺人現場、殺人現場。いや、この場合は、殺されたのはわたしぃいい!)

身体を起こしかけるが、力が入らない。
どうしてこうなってしまったか、混乱した記憶を整理するために息を吐き出した。

西暦2207年。
世界がオカルトとファンタジーとSFと融合合体・今後ともヨロシク状態になってから200年近い。
時の政府が歴史修正主義者と呼ぶテロリストとの戦争を世界に告知して戦っているが、終わりが見えない。
そのことにじれた人間の一部が、コロニーや火星に移住しはじめている昨今。
出萌家もご近所と示し合わせて集団で火星に移住しようと計画し、火星に移住前、少しでも先の学校の内申点を上げようと廃校片付ボランティアに参加したのが運命の分かれ道だったかもしれない。
いや、クラスの男子も結構参加していたし、先輩方もいたので安心はしていたのだがそれが甘かった。
襲撃して来た人外。
妖魔と書いてクリーチャーと読む、公式に人ではない生命体だとされる存在達。
まさか都内で、人を襲う人外がいるなんて思ってもみなくて。
地下シェルターだと思ったら、噂の人外たちの巣である霊場(ダンジョン)。
箒やモップで身を守っていた先輩や同級生たちの様子がおかしくなって、一体自分達が何時間も中にいるような錯覚すらし始める。
武道を覚えていない自分が、でしゃばらないで逃げ回って、先輩たちが倒した妖魔がいた場所には道具が転がっていたから、拾い集めていた。
RPGで言うところの荷物持ち。ポーターのような何かになった。
ゲームのようにアイテムボックスなんてないから、ポケットに詰めるだけ詰めて、ゴム手袋とゴミ袋にありったけ入れていた。
高そうな壺に入った水、薄汚い紙に筆か何かで書かれたミミズのような文字。
薄暗い霊場の中で、それぐらいわかるように目が慣れた時。

(殺された)

襲い掛かって来た妖魔を倒すと、勝手に身体が次のフロアに移動させられたように今ならば気がつき…それが自分の中の記憶に引っかかる。
それまでは幸運にも、恐ろしい妖魔たちの目の前に自分がいることはなかったが、その階では不幸なことにちょうど一番好戦的な先輩と自分、そしてひときわ大きなその妖魔がいた。
あ、と思う瞬間に臨戦態勢。
その後の記憶は曖昧だ。
思い出そうとすると頭痛がする。
自分が蘇ったのは、おそらく薄汚れたあのお札のおかげだ。
脳内のナニカが、その名前をはじき出す。

才覚 アビリティ 融合 コンビネーション を開始。■

まるでVRMMOのキャラになったみたいだ。

■霊視+前世の記憶→二次元情報視覚解析化 サブカル・アナライズ
   前世の記憶/二次元→東京魔人学園剣風帖 該当霊具【反魂咒符】
【反魂咒符】御魂呼ばりの呪法が施された符。
      死者の魂を再びこの世に 呼び戻し消滅する。復活時に1/4のみHPを回復させる。■

(うっそだろ、二次元…)

今からして思えば、学校と、そして先輩方の一部の苗字に聞き覚えがある。
加えて昨今のニュースをにぎわせる情勢は、彼女の中の【前世の記憶】をより刺激させる。
正直「それってなんてライトノベル? いや小説だとすごく好きな設定だが現実ではノーサンキュー」なのが本音だ。
伝奇もののシミュレーションゲームである【東京魔人學園】。

二次元情報視覚解析化サブカル・アナライズ
 前世の記憶/二次元→刀剣乱舞 ■

課金しまくった記憶が有るブラウザゲームの【刀剣乱舞】。
それらが融合合体してコンゴトモよろしく! しているのが彼女の現実だった。
他にもあるようなのだが、あえてスルーする。
それらを受け入れるだけの自分の精神的余裕はない。
脳内のガイダンスのようなナニカを意識的にシャットアウトしてしまった。
気持ち悪いが、喉が渇きすぎて吐くものがない。
視界が歪むのは眼鏡がないからだ。
呼吸を整えようとしても、鉄錆の臭いが口の中に入ってくるので浅くしかできないのが気に入らない。
服を脱ぎたいが着替えがないのも解っている。
しかし自分の血の臭いと重さでどういかなっている。
脱ぎたい。気持ち悪い。胸元も下着も切り裂かれたままで心もとない。
体力は回復しているかもしれないけれど、精神的に疲弊しているのも相まって身体が思うように動かない。
のろのろと胸元か下を手を動かして触る。
どうも腹の肉がなくなっている気がしてならないのだが、はっきりとはわからない。
つらいのでもう瞼を閉じた。

(水…いや、飲んだら、吐くかな)

喉が渇いているのに、一気に飲み込むと吐く気がする。
指一つ、動かすのが億劫になってくるのに脳内はほどよく回転し始める。
腹から手を離して、なんとか手を動かす。
ポケットの中をさぐると、持っていなかった何かに気がついた。
指でなぞると、記憶が蘇ると同時に気分が落ち着いた。

―――「お前みたいな面白い人間を、ただで蘇生させるなんてもったいないことするものか。
これをくれてやろう。お前が幼い頃欲しがっていた超能力だのなんだのが手に入るかもしれん…。
その代わり、お前の前世の記憶を読ませてもらう。等価交換という奴だ。
まぁ、それを使わなくてはすぐにここに戻る羽目になるやもしれんからな。」―――

呪術刻印装置。
掌の中に納まる程度の大きさの勾玉。
ネットやニュースで時折囁かれる異能者、世界的な単語で呼ぶならば「 魔人 ディアボロス 」と呼ばれるモノになってしまったのに気が付いた。
まさか人外に、人外の対抗措置を貰うとは彼女自身も思っていなかった。

(ゲームじゃ、終盤のドロップアイテムだぞ…)

【東京魔人】シリーズのアイテムを思い返すとその効果まで、まるでWikiのように脳内に情報が展開していくのを、途中でやめる。
勾玉を持った瞬間、気持ち悪いのが晴れたが頭が重くなって来た気がした。
血の臭いがほんの少し、気持ち遠のいた気もするがまだ深呼吸はできない。
浅い呼吸を繰り返しながら、勾玉を握って体力をなんとか回復する算段を考え付かないと。
はそんなことを考えはじめた。

(とにかく、服を脱ぎたい、着替えたい。この血の臭いをどうにかしたい)

自分一人しかいないのだろうか? そうであれば、手や腕が動くまでまたなくてはならないのだが。

がたん、という物音に気が付くが彼女は目を開けられない。
獣の息遣いのような、そうでないような、奇妙な音に呼吸が止まりかける。

(なに…?)

がしゃん、がしゃんと金属音が触れあう音がする。
足音、と気が付くのにそう時間はかからなかった。
何かが風を切る。
振り上げられ、おとされれば死ぬのが分ったが、しかし彼女にはどうしようもなかった。
「あ、オワタ」とか思うがそれでも瞼は動かないし、指も手も腕も動かない。
だがその風よりも大きな暴風が、自分の身体の傍を通り過ぎて物音がした方向にあった何かを吹き飛ばした。

あまりの物音に瞼をぎゅうっつむる。

「…ぁ…?」

掠れた声が出てしまい、思い瞼を開けようとするが、身体を動かせない。
暴風は収まって、次の瞬間静まり返った。
空気が揺れて、自分よりも大きな生き物がそこにいることを感じることはできても目視ができない。

「(だ)ぁれ…?」

掠れた声に自分で顔を歪める。
ごうっ! とまた風が吹いた。

「まだ、目を開けないで」

必死のその声は彼女は聞き覚えがあった。
異性ではあるが結構よく話す同級生で、今回の片づけボランティアの方も部活動の面もあったのではなかろうか。
自分が火星に移住するのだと聞いた時は、連絡を取り合おうと約束はしていた。
時間をかけて自然消滅するだろう、男友達。
何せ、聞けば結構な上流階級の子だったのだ。
本人は謙遜するが、その階級にふさわしい礼儀作法も身に着けている。
大人になればお互いにきっと「あぁ、いたいた、そんな子」と思うような、そんな関係だと彼女は思っている。

風が一撫で、の身体に触れて行った。

「いずも、さん」

小さくもう、いいよと聞こえた気がするが、早々開かない。
瞼が動く。指は動くが身体が動かない。
自分ではない、男子の太い身体が自分を支えるのを彼女は感じた。

「出萌さん」

ようやく瞼を開けることができて、見えたのは彼の喉仏あたりだけだった。
なんとなく同級生の体格が大きくなっている気がするが、今は疑問は浮かばない。

「しん、じょう、くん」
「よかった、目を覚ましてくれて」

それが二人の少年少女が、日本という国を救う、あるいは更なる戦場のはじまりだった。


Page Top
SEO [PR] !uO z[y[WJ Cu