現世・魔神本丸剣風帖

元々その道を歩んでいた彼の視点。




新城直衛が自分が、それこそまともな人間ではないことを知っていた。
人の姿をしているが、その人間をどうあがいても食料とする化け物の血を引いているからだ。
一般人からは「妖魔 ネイティブ」と呼ばれている、昔ながらで言えば妖怪の血筋。
高校生になった今でも、いまだ自分の血筋の能力には覚醒していない半端なものだが生まれは知っている。
そのことで親に捨てられ……と、いうのも語弊は有るか。
彼らはお互いに殺し合いをしないように子供の彼を逃がしたのだ、とも言える。…幼児の頃に放浪していたところを同じく(と、言ってもこちらはまた違う理由で放浪していたのだが割愛する)幼馴染にして義姉と共に今の家に拾われたが、そんな今の家の彼らもまた一般の上流階級の家だとはいえない。
若宮…日本を代表する、守護者たちを中心とした裏社会から国を支える魔人の勢力だ。…の分家筋。
一般家庭と同じような教育と同様にオカルトや自分の出生絡みのことをより深く知識を叩き込まれた。
新しい家を興す、ということで「新城」という苗字も与えられたが、そんな立派な苗字に似合う人格などではないことも自覚している。
小学生、中学生と本当に裏も表も道理がわからず鉄錆臭い道筋歩んでしまっていたな、と新城は時折思う。
中学時代は証拠もなにも残していないのにも関わらず、暴力の臭いを嗅ぎつけた一般の女子が大騒ぎしてくれたものだ。
婦女子に好まれるような顔つきもしていないし、性格も合わさって嫌われやすいのも自覚している。
笑い飛ばしてくれるのは少人数だが、その少人数に大事な親友が含まれていたのでそれで満足している。
一番大事な、というかありがたい存在はたった一人。
スクールカースト的には下位だと自分で言っていたが、それでも周囲の空気を明るくさせるのに精いっぱい頑張っている。
おかげで一番彼を毛嫌いするだろう小奇麗系の知り合いもできた。
本人が自分の見たモノしか信用していないという気質もあっただろうが、クラスに新城が溶け込むのには良い友達になった。
彼女のおかげでクラスの一部はまとまっていた。
意識などはしていなかった。
異性だが、気の置ける親友。
恋慕の情をその頃、持っていたかと言われたら否定から入る、そんな相手だ。

「家庭の事情で火星に移住する」

ただ、それを聞いた時は一瞬、呼吸が止まった。

火星に移住となれば地球を離れるという事で。
自分の傍に彼女と言う陽だまりがいなくなるということだ。

そこでようやく、本当にようやく彼は気が付いた。
なんという、喪失感。
彼にしてみれば崇拝する相手である義姉の蓮乃が義兄と結婚すると聞いたあの時よりもひどい。
言って見れば、彼女は自分の好みとは多少異なる。
ふっくらして、運動神経もそんなに良いとは言えない。

だが、側にいたら安心して呼吸ができる。

義姉は、どこか最初から自分のモノにならないことは予想していた。
元々、彼自身は義姉の添え物として拾われた(と、彼は思っている)。
義兄と義姉の関係は一家にとっても良い方向に受け止められているから、それ以前から匂わせ程度に情報も入って来ていたし。
子供のころから諦めたことなどなかった彼は、義姉に対して最初から「愛情」の見返りは求めてなどいなかった。
「崇拝」とはそういうものだ。
そんな「崇拝」と「思慕」と「肉欲」が入り混じったその新城の「愛情」を、義姉は無意識に「女」として意識している。
言ってみればそれが彼女からの見返りで、彼はそれで満足したのだ。

そうでなければならない。 それ以上は求めても得られないのを知っていた。

自分の感情以上に義兄に対する恩義の方が強い。
義姉とて意識しているだけで、けして自分の家族―義姉―の立場から出ようとしない。
彼女はそれで良かった。
だが、親友と思っていた出萌は、それでは嫌だと素直に思う。
よりにもよって彼女が離れる時に自分の気持ちを自覚するとは彼も思わなかった。
何もかも恋愛偏差値が低いから悪い。
身体の方はそこそこに経験を全くの第三者からの善意で積まされていたが、その感情だけは全く別物だった。
姿がどうのという輩もいるだろうが、いつか垣間見てしまった彼女の冷徹な部分も全て好ましい。
家庭の、というので話を聞いてみれば、親族と折り合いが悪くなったので新天地に逃げるらしい。
折り合いが良くなれば逃げる必要もないではないか、と思うが根回ししようにもどうにも時間はない。
それにクラスの女子も言っていたが、隣にいるのが不思議なぐらい美丈夫な彼氏が彼女にはいるらしい。
らしい、らしいという情報をはっきりとするの為もあるが、部活動の一貫もあって廃校の片付ボランティアに参加した。
保護者も含めた家族参加もできる。
元々有名な学校だったので卒業者達も含めた、結構な人数が参加することが確定している。
彼女が同級生として行う、最期の活動だったからだ。

その日、見れば確かに美丈夫と一緒に来ていた。

身長は高く、目元も涼しい。
鍛えているのだろう、身体の筋肉の付き方も理想的だな、と新城はうっすら思った。
格闘家ですか? と言わんばかりの筋肉を服の下に隠されているのが目視で解る。
ちりっと心の中で何かが蠢いた。

「やだぁ、すごいかっこいいじゃん。ちゃん、彼氏ぃ?」
「え? 兄弟」
「うっそだろ、全然似てない!」
(似てない!)

女子の声色を使いながら聞いたクラスメートの言葉と新城の心の声が完全に一致する。
自分と義姉のように血が通っていないと言われたら逆に信じるだろう。
色彩的には同じ黒髪黒目。だが、その容姿はまったく似ていない。

「私が父方似だったら、兄弟は母方似」
「へー。体格もなんにも違うってあるんだぁ。あれ? 年子な兄弟さん?」
「いや、双子」
「嘘やん…。それはマジで嘘やん?」
「ほんまやん」

人体の神秘ぃ…。と呟く同級生に心の中で同意する。
あぁ、そうか。兄弟か。
新城は内心で呟きながら、ちらりと美丈夫―彼女の兄か弟を見た。
目線は合わせないように気を付ける。
彼自身、自分の目付きが良くないと自覚もしているのだ。
ちりちりとした嫉妬心がもたげてくる。
恋人ではなかった。
けれど、一番近しい男には変わりない。
同じ年齢で、同じ家に住んでいることも、そして同じ血が流れていることすら妬ましい。
いや、それを妬ましいと思う自分がおかしいのか。

「新城君、おはよーう」
「おはよう、出萌さん」

感情の揺らぎを見せず、新城は彼女と向き合った。
もう彼女の兄はご両親達や他の家族で参加した人たちの挨拶にむかっている。
脳内で何度もシミュレートしたが、火星に今は行かせるしかない。
高校はもう無理でも大学は一緒の場所に行くか、地球に戻ってくるように仕向ければいいかとも思う。
彼女は察しいい時と悪い時がある。
下手をしたら自分も火星に行きそうだ、と新城はうっすらと思った。
軍手と体操服かジャージ。
ゴミ袋に箒。
再生された古き良き時代の校舎なので、清掃用のロボットは入れられないので何事も人力だという説明を受けてこんな格好だ。
そんな服装しかお互い見せられないけれど、今日はいつも隣にいよう。
新城はそっと思った。

肉体労働の学校行事――新城が所属する剣道部の部活動の一貫でもある――だが、彼女の隣にいられるのなら、悪くはないな。

しかしながら新城の思惑とはずれた。
単なる片付ボランティアは、一気に血生臭い妖魔からの襲撃に切り替わった。
東京のすぐ傍には公的な退魔機関もあるというのになんの情報も得ていなかったのか、という失望を押し隠す。
襲い掛かってくる妖魔たちに舌打ちを隠せない。

兄弟 きょうだい  !母さんがいない!」
「探します! だから、姉妹 きょうだい  は隠れて…っ!」
出萌 いずも  さん!」

新城の視線と彼女の兄の視線は、この時初めて交わった。
小さく新城が頷いた。
「頼みます」という声を聞いた気がした。
箒で応戦して事なきを得たが、パニックになった他の学生たちは確かに剣道部部長の指示でその場に入った。
地下シェルターと聞いたそこは霊場と書いてダンジョン読ませる、一種の異界そのものだったのに気が付いた時にはその異界のシステムに自分達が組み込まれてしまった後だ。
ふざけるな、と言いたいのを我慢したのもつかぬ間。
もうとりあえず先輩の指示で、その場にいる妖魔を殺すことでしか生き残れない。
ただ問題なのは、先輩方は自分と違って一般人のご家庭なのに何かを殺すことに慣れていたこと。
どういうことだ、という疑問すら口にできない。
新城とて必死だった。
の父親も彼にとっては保護対象だ。

フロアの移動は簡単だった。
中にいる妖魔を全部殺せば次のフロアに移動するシステムらしい。
もなれると言うのは語弊があるが、邪魔にならないように逃げたり、まだ彼女の方が動くのが早い場合はおとり役になってなんとか他の人間から妖魔を引きはがした。
戦利品――仲間うちではゲームのようにドロップアイテムだとか呼んでいる、妖魔の落とし物――を拾い集めていた。
即効性の強い回復薬のようなものから、奇妙な武器のようなものまである。
手に何も持っていなかった剣道部員たちは、拾った武器で自衛と余裕が有ったら他のクラスメートや一般人を守り始めた。

「地下五階まで行ったら、地上に戻れる手段が出来るんだ」

部長の親友とやらがそんなことを口走った。

なんで知ってるんだ、そんなこと。

誰もがそう言いたかったが、会話できる余裕がない。
どこか表情に笑みを浮かばせながら部長が妖魔を、拾って使っていた日本刀で切り殺して霧散させていくのを眺める。
その部長が勝手に「これだけ人数がいるんだから、もうちょっと下に進もうぜ!」と言い切ったおかげで地上にまた出れなくなった。
広い困憊の剣道部員たちとは裏腹に、生き生きしている部長やその親友たち――なぜか生徒会長もそのメンバーだ。――の様子に気を取られたのが悪かったのか。
気が付けば次のフロアに移動させられた自分達。
新城は目で彼女を探した。
案外側にいた彼女は、大きな妖魔と部長の間に立ってしまっていた。
手を伸ばしたのだが。

次の瞬間。
あまりの怒りの光景に、新城は自分の存在を描き替えた。

血と臓物、破壊される眼鏡、目が合う彼女、嗤う先輩、白刃、そして妖魔。
ぶつん、と彼の中の理性はその血飛沫を見た瞬間消え失せた。
札。
瞬間的に悟って、蘇生する霊具と見て安心した。
なのに。
それなのに発動しているはずなのに、蘇生されない彼女。
恐怖。
血の渇望。
欲望。
憎悪。
視界が真紅に染まった。

新城が気が付いた時には、自分は大きな生命体だった。
いや、正確には大きな生命体の身体を乗っ取って、動かしていた。
思う存分に暴れまわった記憶があるが、もうはっきりしない。
ほんの少しばかり自我が戻ってきた時には人間のように、しかし見た目も何もかもは爬虫類的な五本の指を持つ短い両手と腕で大事な彼女の身体を抱えて宙に浮かんでいた。
ダンジョンの外で、月の輪郭は雲に隠れてはいるがうっすらわかる。
喉元に彼女の身体を押し付け、支えてかすかな呼吸で生きていることを実感して正しく一回転して喜んで、自分が今、なんであるか思い出したのだ。
霊場で爆発した彼自身の感情が呼び水に。
その呼び水は起爆剤となり、何かしらの霊脈に流れていたかつての姿を呼び起こした。

祟り神・ミサキの血統が陰の気を吸収しすぎて霊脈の化身と接続。
半妖魔であった新城直衛は、ただの祟り神の系譜ではなくこの時から大地の霊脈の化身―黄龍を支配できてしまった。

新城にとって幸運だったのは、黄龍としての吸収した核のようなナニカは自分の起源の「負」の本質と同格だったのと、自我自体が希薄でないで等しく、新城の複雑すぎるその心にたやすく吸収できたこと。
黄龍自身が、上位存在らしい尊大な精神だったらこうもたやすく支配はできない。
なにせ新城にとっても、格上の存在なのだから。
腕の中の彼女の微かな呼吸と美味そうな血の匂いにくらくらしながらも、彼はそこまで自己診断した。

(とにかく、横にさせないと)

長い体躯をくねらせて宙を飛び、新城が目を付けたのは武家屋敷のような大きな館と少し離れた場所にある建物だった。
すぐ離れの方に急行した。
血で染まった衣服をそのままにするのは本当に心苦しいが、着替えさせられるような衣服を持っていない。
新城は離れの窓を壊すと中に侵入した。
多少埃っぽいがまだ自分の腕の中よりは回復するだろう。
そう判断して、寝かせる。
あとはどうにかして衣服か何かを探すだけだ。

夜風で彼女の身体が冷やさないように部屋の奥にそっと寝かせる。
呼吸が浅い。
兎に角、誰かを探さないと。と、新城はその大きな体躯を静かに動かして館の方に身をひるがえした。

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