現世・魔神本丸剣風帖

彼と彼女の現状把握(1)


出萌 いずもは毛布らしい布の中で目を覚ました。
そもそも眼鏡がないので、ぼやけた視界越しに見えているので辛うじて天井が高いな、ぐらいしか分らない。
瞬きを何回かして記憶を取り戻す。
普段であれば、微睡を楽しんで二度寝するのだがそんなつもりは毛頭ない。
三度目の瞬きで(同級生の男子になんてことをさせてしまったんだ…)と打ちひしがれた。

昨夜―あくまでも彼女の感覚で―、目を覚ました自分を抱き上げたのは同級生の新城直衛だ。
今から思い返せば姫抱き プリンセスホールド で移動させられた。
いや、そうしないとほとんど歩けなかったし「這ってでも自力で歩く」と言えなかったので仕方がない。
あの時は移動する度に走る痛みに、歯を食いしばって耐えていたので何も言えなかった。
長い蝋燭立てに蠟燭の灯りだけが光源で、その光が優しかったことを覚えている。
「水回りは確認できていている。湯冷ましを作ってるから少し待っててくれ」的なことを言われて、何かを背凭れにするように身体を起こしていた。
湯冷ましを入れたカップを持ち上げられなくて、気が付いたら口移しで飲まされた。
治療行為とは解っていたので、「…ありがとう」と唇を動かしたら、もう一口分、口移しが来た。
「身体を拭こう」って言われたので、それは必死に抵抗した覚えがある。
力のない身体で、ダメだという意志をこめて名前を呼んだ。
その後、その時は見たことなかった大きな妖魔の顔が出てきて、驚いたのと脳内に展開される文字情報に拒絶反応を起こしてしまった。
つまりそのまま意識のブレーカーを落として、現在に至る。
身体はまだ彼女の思い通りには動かなかった。
両手両足、非常に重い筋肉痛のような感じで、腹部はなんとなく内側よりも皮膚の方がひりついている気がする。
ただ、そういう気がするだけで実際に医者に見てもらっていないので、どうなのかはわからない。
気持ち悪いぐらいにしていた鉄錆の臭いがしないので、多少なりとも腹部の血痕は拭われているのは理解する。
身に着けている衣服も、汗と血を吸い取って無残な形になったシャツや下着ではなさそうだ。
下手をしたらしたのズボンもはぎとられているだろうが、下の下着はそのままだと思いたい。
だんだんと自分が朝から目が死んでいくのがわかる。
医療行為とは分かっているが服を脱がされて着替えさせられたということは下の下着はもちろん、自分の醜い身体のラインまで丸わかりにされたということだ。
5000歩譲って彼氏・彼女の関係性ならいいかもしれないが、あくまでも友人の域を出ない彼に。

(こういう時、どんな顔すればいいのか)

照れるのはおかしい気がする。
こういうときだけ良く回る頭に、自分であきれ返った。
まずは助けてくれたお礼は言うべきなのは分かる。
いままで培ってきた―高校に入学して1年半ほどの―友情に罅を入れるのは本意ではないのはお互い様だろう。
下心を持たれないのも女としての矜持になにやらもやもやとしたモノが残るが、だからと言って確実に持たれても厄介なのだ。
そういう相手なのだということを、自分の意識のブレーカーを落とす前に脳に刻んだ。

(勝手な決めつけと情報だけど、たぶん、間違っていない。…私は彼の好みとは合致してない。だから、大丈夫だ。
 あれは、医療行為でそれ以上の感情なんてない)

あっても友情。男女の間の友情は有る派だ、とは強く思う。
昨夜に脳内に刻まれた彼の情報と自分の意識を落とした情報を照らし合わせ、合致する部分が多いのでそれを合わせて飲み込んだ。
その情報によって、彼女の中に彼への想いというものは今後も友情を超えることはするまい、と現状、決める。
とにかくは、深呼吸をして羞恥心を全て飲み込むことにした。
事実、彼は命の恩人。

(普通の、態度をとろう)

知らない天井をぼやけた視点でそう決めてしまう。
それからゆっくり身体を動かした。
ものすごい筋肉痛。
そんな感じの痛みが両手足にあって、腹部に痛みがある。
ゆっくりとした動きなら、鋭い痛みは走らないようなので、そっと毛布を動かした。
喉は相変わらず乾いている。
だがあまり水分補給をすると、トイレに行きたくなるかもしれない。

(そこまで介助されたら、本当、死ぬ)

精神的に。
そんなことを思いながら、昨夜の怒涛の情報量から思い出した。

■【反魂咒符】御魂呼ばりの呪法が施された符。死者の魂を再びこの世に 呼び戻し消滅する。
 復活時に1/4のみHPを回復させる。■

(今、私のHP、1/4なんじゃないのか?)

これがゲームであるならば、一度面をクリアしてゲームをセーブすれば全回復して次のシナリオに行けたが残念、今ここは現実。
都合よく蘇生はされたが、そこまでは回復は見込めなかったようだ。

(…ってことは、筋肉痛以外の傷、とかナニカを考えなきゃいけないんだろうな)

医学を本格的に学んでいない普通の女子高校生である彼女に、自分の体の悪いところは正確には把握できない。
身体は横向きにはできるが、自力で起き上がるのはやめておいた。
やんわりと頭痛もしてきたが、それをなんとか誤魔化しながら周囲を伺う。
ぼやけた視線の中には、前時代すぎる台所が広がっていた。
彼女がそう思うのは、2207年という時代からタイムスリップしたかのような懐古主義にもほどがある、母方の祖父母の家の一部がまさに己が見ている光景の施設を一時期使っていたからだ。
勝手口というか出入り口にはかろうじて大き目暖簾がかかっているのが分った。
囲炉裏の向こう側にぼんやりと見える三連の竈と、手押しポンプらしい物体。

(タイムスリップ、した?)

脳裏に昨夜襲い掛かって来た鎧武者―時間遡行軍「打刀」乙―の姿を思い出す。
彼らが居るのだから――。

(いや、手押しポンプがある時点で、ちょっと、違う。確か大正時代から普及しはじめたんだっけ)

時間遡行軍が活動しているのは明治維新から過去だ。
視線を自分の傍に移動する。
囲炉裏にはまったく火が入っていない。
竈の方に、一つだけ火が付いているのがあるようだ。
昨夜の湯冷ましの出所はあそこかな? とは小さく思う。
湯気が立ち上る先に、外が見える。
今日は天気が良いようだ。
湯気の向こう側の出窓が開いて、湯気を外に逃がしているのだ。

(食べ物とか、あるんだろうか?)

あいにくと今の彼女に食欲はないが、彼には必要だろう。
身体を起こしたくなって来たが、その欲求を抑えた。
背もたれがあればいいだろうが、自分の視界の中にはない。
ぐっと力をいれて元の仰向けに戻る。
その時、がた、と音が聞こえた。
また、身体に入れようとすると動く空気の気配に止められる。

「出萌さん」
「しんじょう、くん」

また、かすれるにもほどがある音が喉から漏れた。
身に着けているのはジャージじゃない。
上は男物の着物に見えた。
あいにくと下は何を身に着けているのかわからないが。

「おはよぉ」

普段の間延びした口調が出た。かすれてはいるが。
一瞬だけ彼は顔を歪めたが、すぐに元の顔つきに戻った。

「おはよう、出萌さん。…身体、起こすかい?」
「ぅん。けど、おなか、すこし、いたい。おきて、へーき、かな?」
「…傷口はふさがってはいたが…少しだけ身体を起こす程度にしておこうか。」
「…ぅん」

新城は彼女の背中に何かを重ねて、その後ほんの少し片手で彼女を起こすとそっとそこに寝かせた。
座布団だよ、と新城は教えてくれる。

「水は?」
「ひとくち、ほしい」
「はい」

できれば口移しはしないでね、という念を込めたのを理解したのかしないのか、新城は小さな急須を用意してくれていた。
それを吸い飲み代わりにして不慣れな仕草で、そっと水を口に含ませてくれる。
一口含むと彼女は飲み込んで、もういいよと小さく新城の腕に手をやった。
新城は、急須を横に片付けている。
その間にはゆっくりと水を飲んだ。
身体にしみわたるように、喉の奥に伝っていくのがわかる。

「しんじょおくん」
「はい」

新城は誰に対しても丁寧だ。
少なくとも彼女や同級生の前で、声を荒げたり乱暴な物言いはしない。
同級生の何人かは中学時代の悪い噂と伴って「だから余計に怖い」と訴えてくる子もいないわけでもないが。
普段より小さな声しかでない彼女に対しても、静かに優しく丁寧に返してくる。

「おみず、ありがとう」
「はい」
「たすけて、くれて、ありがとう」
「まだその言葉は早いよ。出萌さん」

新城は冷静に言った。
目を合わせようとしない彼の様子をは伺う。

「ここがどこだか、わからないんだ。まともな人間も、見ていないし。君の、今の身体の状態も、はっきりとはわからない」
「…このうちの、ひとも?」
「人間も、家畜もいない。ここ【異界】のようなんだ」

は瞬きを一つした。
異界。
学校の授業で習ったことを思い出す。
ネイティブともクリーチャーとも言われる彼らは、自分たちの居心地がいい住処を勝手に隙間の空間に作り上げる。
2200年代にもなると、インターネット…電子世界と通常空間の融合という奇跡を起こしてしまったのも彼らだ。
足りない土地は作ればいいじゃん、とばかりに仮想現実空間を何層か作り上げた。

(だから、手押しポンプ)

日本土着の妖魔には機械を忌避する傾向がある。
度重なる科学の申し子―人工AIの反乱において、一定の科学技術以上のものを自分の異界に置くのを嫌がる。
手押しポンプ程度が、この異界を構成している妖魔が受け入れられる限界の技術なのかもしれない。

(そこのところは、前世とは違うかな。アニメじゃ結構未来の道具あったと思うし)
「いるのは、今のところ話の通じない妖魔ばかりだ」

君を、医者に診せられない。
新城は小さく続けた。
異界にはその空間を維持する妖魔がいるはずなのだが見当たらない。
これほど大きいな異界を形成している妖魔ならば、交渉できるはずだし、なによりも政府がからんだ行政機関と繋がっている場合もある。
だから話の通じる相手に出てきてほしいのに。
新城の様子に は昨夜邂逅した、鎧武者を思い出した。
ぼやけた視界にも分かった、 彼女の中の前世の知識/二次元でもはじき出された〔時間遡行軍〕。
歴史を変えようとしているテロリスト集団であり、その先兵。
だが、彼らにそんな能力があるかどうかなんて前世の記憶で思い出したゲーム【刀剣乱舞】の中には、明記されなかった。

「そんなに、うごかなければ、あたしはだいじょーぶ、だよ」

たぶん、という言葉は飲み込む。
ただ、同級生と自分の気持ちを軽くするために重くなってきた唇を動かす。

「でも」
「しんじょー、くんは、だいじょうぶ?」
「僕は、怪我ひとつないよ」
「ぅん、よかった」

そっと触れるのを恐れる様に、新城は毛布をかけなおした。
君の方が重症なんだよ、と彼もかすれた声で返してくれたがその言葉は、聞かされた当の本人よりも言った彼の方が重く受け止めているようだ。

「だいじょーぶ、だよ。しばらく、うごかなければ」

そんなの言葉が気休めなんてことはお互い分かっている。

「しん、じょーくん。ふくの、なかに、なんかなかった?」

重い空気を和らげるために は問うた。
「…ポケットに勾玉があったね。傍に置いといたんだ。お守り?」
「んー?」

はどう説明すべきか迷った。
あの 霊 場 ダンジョンで死亡し、蘇生する合間に神と出会ったなんて聞かされたら困るだろう。
まず正気を疑い、宗教に狂ったかと思われても嫌だ。
話すのも多少、億劫になってきた は「うん」とだけ返した。

「どこで買ったんだい?」
「もらいもの」

手渡されたのは手のひらに十分乗るサイズの勾玉だ。
渡された途端に、視界に文章が浮かび上がった。
まるでVRMMOの世界に突入した感覚に、ぐっと瞼を閉じてからもう一度開ける。

「八尺瓊曲玉」

二次元情報視覚解析化サブカル・アナライズ・開始■

ゲームのような現実が再開する。
昨夜、ショックで落とした意識は二度目のそれを柔軟に受け止めた。

「ごめん、しんじょー、くん。かおだけ、ふきたいからタオル、くれる?」
「うん、いいよ」

二次元情報視覚解析化サブカル・アナライズ→新城直衛。
 作品タイトル「皇国の守護者」■

自分の同級生その人を、もう素直に受け止められない情報源がその存在を知らしめてくるのには小さく息を吐いた。



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