個性:ASO

不安




「オールマイト、あんたの身体を治したのはいったい誰なんだい」と言ったのはリカバリーガールだ。
いつだって飄々として小言を言いながらも“癒し”をしてくれる老婆が、自分の一番新しいカルテを見つめている。
繰り返した手術と老化によって、わかりにくいがやはり衰えていた筋肉。
消化器官の半壊。全適された胃。
その全てが5年前、オール・フォー・ワンと戦った以前の状態に戻っている。

「そ、それはオフレコで」
「馬鹿お言い! あんたの身体を、なんのデメリットなしで“治癒”できる“個性”持ちなんて存在しないんだよ!?
 どんだけのことやらせたんだい! お互いの命にかかわるような軽率なことを…!」
「いえ…リカバリーガール。全く、無事です。
 確かにデメリットは有りましたが、それも軽度で…? あ、うん? 軽度? で…」
「言いたかないがね、あえてこう言おう。…そんなバカなことあるかい!!」


リカバリーガールは、さらに老け込んだかのように椅子に座り込んだ。
確かに自分も思っていた。
半信半疑で、それでも心のどこかで希望を見て受けた“治癒”。
素晴らしい、とリカバリーガールがカルテを診ながら呟いたことをオールマイトは聞き逃さなかった。
そうして同時に行使した存在の心配をしていることも気がついていた。
リカバリーガールが言うように、巨大な“個性”を使うにはデメリットが確実に存在する。
しかし、オールマイトが見る限り という少女には、見た感じで解るデメリットはなかった。
えむぴー、というのが枯渇したらポーション飲んで回復時間はかかったがそれだけだ。
たぶん、MP。ゲーム用語であるところの精神力。


申し訳ありません、リカバリーガール。
約束したので、言えないんです。


誰が治療したのか、わからないように濁さないといけない。
律儀なオールマイトはきちんとそれを守っていた。
かつて大きな傷があったその場所に掌を添える。
今は本当にうっすらと残っているだけで、良く見ないと判り難くもなった傷。
確か癒してくれた 少女は、オールマイトにこう言った。


「何かしらの思いが込められた傷痕は、完璧には消えにくい。
 正負どちらの感情のモノでも」


うっすらとした傷が残っていると知った 少女は、面白くなさそうに小さく言っていた。
…込められた感情は「負」に違いない。
そう考えていると先日まで自分を蝕んでいた痛みはもうないはずなのに、痛みを感じる気がする。
そんなことを言ったら、きっと世界少女に悪い。
……喀血することもなくなり、呼吸も楽だ。
五体満足で健康な肉体が、これほどありがたいとは。 身体の機能がちゃんと働いていることを示すかのように、空腹感を久方ぶりに思い出したときは感動すら覚えた。
美味しいと言えば、合間に飲まされた桃のシェイク。
本当に、本当に美味しかった。
魔法のような“個性”の詳細…力の源は聞いていないが、オールマイトは自身を治した少女の言葉と行動を全て記憶していた。


「卿は本当に運が良い。どれか一つでも欠けてたら、中途半端にしかできなかった。
 もしかしたら、このことでこれから先の全部の運を使いきっちゃってるかもしれないけど」

身体、治るから別にいぃよね? という言葉が続けられた。
え、と彼女を見るが構わずに小さく呟く。

「正直、一つでも足りなかったらこの場で治すなんてできへんかったよ。ほんと、運がいい。
 私には、それが必要だ…アポート」

彼女の言葉がキーワードになって彼女の手に最近の女の子が使うような小さな水筒がいくつか入ったバックが出現する。
転移系も持っているのか。複合型“個性”…?
まるで魔法のような“個性”。
魔法ヒーロー・マジェスティックのそれとはまた違うようだが。


「卿、桃と蜂蜜と牛乳、どれかにアレルギーは?」
「ないよ」
アルコールじゃなければ大丈夫。
そう呟くと、水筒一つを蓋を開けて手渡してくれた。
すっかりと彼女の中で自分はヴォルデ〇ート卿らしい。なんのキャラクターだろう?
オールマイトは「後で調べてみよう」とこっそり思った。


「合図したら、飲んで」
「あ、あぁ」
「…どんなの使うの? 僕知ってるやつ? オー…と、トレーナーさん大丈夫?」
緑谷少年の言葉に 少女は「少しは知ってて、卿はたぶん大丈夫」と律儀に答えていた。


「私の、そう【ま…】いやいや“個性”の一部は、イメージが必要。
 それは別にかける私だけじゃなくて、“個性”をかけられる対象者の思いも必要。
 卿が思いだすのは健康だった自分、強い自分、胃袋は健在で、きっとぶいぶい言わせてただろう全盛期の肉体のこと」
「「ぶいぶい…」」
「なんでそこに二人で喰いつくか」


仲良しか。
世界少女はそう言いながら、自分も水筒を用意していた。すぐ飲めるようにキャップを緩めている。

「ミド君に解るように言ったらリジェネート混ぜ込んだ【呪文融合】数回ぶちこむ。
 マナポーションで回復して、様子見で【千里眼】クレヤボンスで見て、またぶち込む。この繰り返し」
「そ、それって…」
「いや、そんなにポーション中毒起こすまでにはいかんと思う。その為に飲みモノそれ使うから」
「そうなの? 材料、聞いていい?」
「ミド君は知らんと思う。私も師匠からご褒美で貰ったやつで作ってもろうただけやから」


作って貰ってから速攻、お裾分けしたら爆笑されたわ。と、続けている。
なるほど、彼女にも緑谷少年にも共通の師匠がいるわけだ。
後で緑谷少年に聞こう、とオールマイトは黙ってその水筒に鼻を寄せた。
濃厚な桃の匂い。別に嫌ではなく、良い香りだ。
世界少女は自分も水筒を用意しているようだ。


「クールタイムは10分。とりあえず品質Aを揃えたから、そこそこの回復する。うん。
 …ほなら、やろうか。卿、ちゃんと思い出して。それが一番早い回復方法やから」


そう言いながら向き合う彼女の両手が、オールマイトに向けられた。
白い光が幾重にも折り重なって纏っている。
不思議と怖い感覚はない。
オールマイトがきちんと把握できた言葉は、最後に彼女が発しただろう重なった音だけだ。


「メンタルエンチャント・ライト」
「メンタルエンチャント・ダーク」
「ファイア・ヒール」
「アース・ヒール」
「リストア」
「リジェネート」


不思議なことに六つの言葉が同時に発せられ、あたたかな光はそのままオールマイトを包み込んだ。 
それからあとは本当にこれに繰り返しだ。
合間に「飲め」と合図をされた桃のシェイクを口にした後は劇的だった。
身体の奥から力が沸き上がってくる。
筋肉が中から盛り上がるのがわかる。
少女も水筒に口を付け、血の気が引いた顔を元に戻して、再度繰り返した。

「もう、ええかな」

何回か繰り返し、オールマイトの手元にあったシェイクが無くなるとようやく彼女はそんな言葉を告げた。
【千里眼】で確認したらしい世界少女の声に、オールマイト自身も思わずTシャツをめくった。
嬉しい悲鳴を上げたのは、緑谷少年が先ではなかったらオールマイトが上げていただろう。
あれだけひどい傷がうっすらとしたものになって、筋肉質だが凹みまくった肉体が思いのほかふっくらしている。
外見の骸骨じみた顔はそのままだが身体がしっかりとしていて、猫背でもない。


「回復アイテムもうないから、当分同じように困った人おっても無理やで? ミド君」
「う、うんっ」


瓶底眼鏡をかけ直した世界少女は、そう言ってオールマイトを見上げた。


「卿は約束を守ること。  ちゃんと病院行って精密検査してもらってな。…誰が“治療”したか解らんようにしといて」
「あ、あぁ。解ってるよ、 少女…」


そうして傷がうっすらとでも残っていることに顔をしかめて気に入らなさそうにしていた彼女。
その彼女は、緑谷少年が慣れない“個性”を使ってゴミの清掃活動をしているのを、彼女なりに手伝ってから帰宅していった。
送ると言っていた緑谷少年に小さく何事か託けをして。


「こんなすごい治癒“個性”持ち、年齢によっては今すぐにでも仮の資格を取らせて実績を作らせたい。
 お前さんの身体を、デメリット軽めでほぼ完治なんてそんな“個性”…。
 ヴィランの手に渡ったら、それこそ目も当てられなくなるよ」
「え、えぇ。解っています」


思考がそれた。
海辺の少年と少女の姿が、白衣の老婆に変わる。
オールマイトの傷をいやし、摘出してしまった臓器すら再生させている。
合併症のようなものも今の所見られない。
これだけのことがあったら、何人のヒーローたちが救えるか。
いや、もしかしたらヒーローだけではない、一般人だって。


「できることなら、その“個性”の持ち主に会って話してみたいねぇ。……私もいつまでも生きてられるわけじゃあない」
「リカバリーガール…そんな」

確かにご高齢だが。

「今何考えたんだい、オールマイト」
「すみませんっ」

喀血はもうしないが、普段だったらしそうな勢いでオールマイトは素早く謝った。
治癒“個性”の人間は圧倒的に少ない。
その“個性”を公に使うためにヒーロー免許を取得しなければならないが、そこでまず誰もが躓く。
最近、世界各国の動きは犯罪率が高いままなのであれば、せめて死傷者がすくなくなるようにと医者や看護婦と、そして各国のヒーローたちにチームを組ませたり、あるいは治癒“個性”の個性持ちを優遇処置運動を行っている。
日本もその傾向を緩やかに受けている。
オールマイトのおかげで犯罪率はどの国より低いが、全くなくなってしまったわけではないのだ。
オールマイトはリカバリーガールに頭を下げ、その場を後にすると親友の伝手を使って、緑谷少年と 少女のことを調べた。

。 家庭裁判所の権限で、個人情報にロックがかかっていた。
警察の権限で調べてもらっても無理だったが、個性の届け出が出された日付とその内容は知ることができた。


「…治癒ではない」

小さく、胸の内だけでオールマイトは呟く。
書類が改正されたのは、彼女が中学に入学する前。
それまではきっかり「無“個性”」と出ていたようだ。

無“個性”。
緑谷少年のとの、そしてかつての自分との共通点。
オールマイトはそっとそう思った。

「“個性”:サイコキネシス。手に触れずにモノを動かすことができる」

なかなかの強“個性”。
しかしながらやはり治癒ではない。
…物体を移動させるテレポート系も持っているからやはり、複合か。
あるいは複数の“個性”持ち。
オールマイトの脳裏に傷をつけた男の存在がちらついた。
複数持っている存在の代表格は、オールマイトの中ではあの男だ。

少女と、話をしよう…」

オールマイト…八木俊典は自身のカルテを大事そうに抱えた。
彼女は自分を治してくれた。
あの美しい瞳に、悪意はまったくなかった。
マッスルフォームにもちゃんとなれるし、気持ち的にフォームを維持する時間がやんわり長くなったように思う。
それは、身体を治してくれた世界少女のおかげというのも解っている。

あぁ、私は、怖いんだな。

どこかでそう思って、すとんとオールマイトは納得した。
まだ未熟で、後を任せるには今はまだ不安しかない後継者の傍に宿敵の影―倒したはずの奴の面影―を見るのが嫌なのだ。
それがたとえ、自分の身体を治してくれた少女であろうとも。
少なくとも、あの力の出どころをはっきりさせたい。

オールマイトは書類に書かれた彼女の名前をそっと撫でつつ、自分の鞄の中に入れた。  






※出て来たアイテム「桃のシェイク」(仮)はオリジナルです。
原作「サモナーさん~」には登場しません。



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