目を覚ますとじりじりとお腹が痛いことに気がついてさする。
眉を寄せるとか、そういう具合もまったく表情に出なくなってしまったのはなにも己の力を封印しただけのことじゃないけれど。
にしても、ピクシーめ。
ステータスALL30の蹴りはこの身体には応えるんだぞ。
精神系に効果を及ばす能力を持ってないからって、僕を蹴り倒すっていうのはどういう了見なんだろうか?
それに僕が呼び出す前に出てくるって言うのはどういうシステムになっちゃってるんだろうか、ストックの仲魔たちは。
そう思うと、もうすでにストックの中に還っていたピクシーがけらけらと笑う気配がする。
身体を起こすと同時に、金髪の男が入ってくる。

「あぁ、起きたのか。ヒトシュラちゃん」

ヒトシュラ。
…人修羅?!
なんでそれをこの人が知ってる。
僕はそう思いつつ促されるようにスープが入った皿を持った。

「あんまり詳しく聞いたわけじゃないけどな。…妖精が教えてくれたのさ」

ピクシー…なにをどこまで話した?
ストックの中の彼女はだんまりを決めこんだらしい。

「ほら、あったけぇぞ」

あぁ、そうだ。
久方ぶりにかぐスープの匂いに目を落とした。
とりあえず手を合わせて軽く頭を下げて、「いただきます」と心の中でそう言ってから口につける。
身体にしみこむ、暖かさっていうのはこういうことだ。
そのとき、サンジが僕をどっかあったかい目で見ていたことに気がつかずに。

「おう、入るぞ! ヒトシュラっ」

そう、気がつく前に、部屋に船長も来たからな。

「ルフィ、てめぇこの子が食事終わんの待ってろっつったろうが」
「そんなに待てるか!」
「ほんのちょっとだろうが」

あきれているサンジをよそに、僕はゆっくりとスープを口に入れる。
美味い。

「人の話、聞いてんのか?」

ん?
僕はスプーンを置いて、彼を見る。
僕の金色の目を見て、ルフィはきっぱりこう言った。

「お前、俺の仲間になれ」

…。

…。

…。

…。

はい?
僕は首を傾げて見せた。

「あの虫人間が、お前のことどっかの島に下ろせって言ってきたけどな」

ムシニンゲンってなんですか?

「お前、おろしちまったらそのまんまだろう?」

なにが?

「それは俺が気にいらねぇ」

なにを?

「だいたいおめぇ、せっかく綺麗でぴかぴかなのに、なーんもしねーでそのまんまっつーのは勿体無いだろうが」

なんの話?

「だから、お前がしないなら俺がピカピカにしてやることにした。だから俺の船の仲間になれ」

話がわかんないんですが。
僕は困った(ほんの気持ち的に、だ。表情はたぶん相変わらずの無表情だけど雰囲気で判ってもらえたのだと思う)ようにサンジを見上げると、見事な踵落としが決まった。
彼から話を聞くに、どうもピクシーがいらない話をしたらしい。
いわく僕は今は仮の姿で、その姿のままで居ることを選択して人間並になった大悪魔。
いわく今はすごく弱いけれど本当はとてつもなく強い大悪魔。
いわく人間を守って目的を果たしたけれど、それに裏切られた大悪魔。
大悪魔で全部締めてんじゃねーよ、ピクシー…。
でもその話の中で、ルフィが気に入らないのは僕がつらいことばかりにしかあっていないから、楽しいことを知らないから心の輝きをなくしたこと。なのだそうだ。
話をよーーく聞くとルフィは人間のせいでそうなったのに、ムシニンゲンたちと一緒に居ても人間の、こう明るいとか楽しいとか優しいとかいうのを教えられない。
そんなのは嫌なんだそうだ。

「お前が心をすかすかにしたまんまで、お前のそのきらきらした目がくすんだまんまでいるのが、俺は嫌だ!」
「…」
ほっといてくれ。
そういいたいけれど、今の僕にはそれは無理だ。

「俺がお前の心をぴかぴかに戻して、お前の中も、目もぴかぴかに戻してやる。だから、俺の仲間になれ!
…っ。
乾ききった心が揺れなかったとは言わない。
けれど、僕は…。
僕は心の中で「ご馳走様でした」といいつつ、サンジに頭を下げる。

「おう、どうだ。くそ美味かったろう」

にっと笑ってくれるけれど、今の僕には笑顔は返せない。
だからこくりと頷いてサンジに頭を下げた。

「おい、お前! 聞いてんのか?」

聞いてない、と言いたいけれど言えない。
だから僕は今できることで、彼に僕の意思を表した。
すなわち。





首を横に振って拒絶したのだ。






「嫌だってよ、船長」
「嫌っつーのが、嫌だ!」
なんだそりゃ。
「あー、すまねぇな。ヒトシュラちゃん。こうなったらうちの船長はくそしつこいぞー」
…どうしたもんかなぁ。
ため息はつかない。
その後も航海士のナミさんが来るまで、延々と勧誘は続いて彼女の拳骨が降りるまでそれは終わらなかった。






「俺の名前はキャプテン・ウソップ。勇敢なる海の戦士だ!」
「俺ぁ、ゾロ」
「あたしとサンジ君は自己紹介したから省くわね」

一夜明けて時間を置いてからクルーの全員がそう自己紹介してくれた。
「妖精から少しだけ聞いたわ」というナミの言葉に僕は手渡された紙とペンで字を綴る。
『お騒がせしたようで、本当に申しわけありません。もし小さな島でもありましたらそこに僕を置いて、どうぞ旅を続けてください』

僕がそう書くと、ナミが読んでくれる。

「何、言ってんだ。お前。お前はもう俺の仲間なんだぞ?」

本当、しつこい。

「ルフィ…。こいつにお前、海賊やらせるのか?」
『海賊なんですか?』
「あ。そうかごめん、言い忘れてたけれど…そう。あたしたち、海賊なのよ。と、言っても君が乗っていた船を襲撃した連中とはかなり違う種類の海賊だけどね」

判っていながらそう聞くとナミが丁寧に教えてくれた。
そうですか、と書く代わりに頷く。

「にしても、ヒトシュラって、本当に名前か? なんか違うよーな気もしないでもないんだが」

あぁ、そこまではピクシーも教えなかったんだな。

『種族、の名前です。貴方たちが『人間』であるように、僕は『人修羅』なんです』
「なんだ、おめぇ? そうしたらちゃんと名前があるのか?」

こくり、と頷く。

「んじゃ、お前の名前は?」
『ヒトシュラでいいです。皆さんにそれで覚えてい…』

そこまで書いたら、ばんっ!と机をたたかれた。
もちろん、ルフィに。

「名前は?」

あーーーー、どうしよう? 
僕がナミさんを見ると…あら、皆顔をしかめてる。

「名前、教えてくれる?」

…正直、ほかの皆よりもナミさんが一番怖かったデス。
ストックの中で仲魔たちが「やっぱは人間の女に弱いよなぁ」なんて声があがっているのを聞かなかったことのしました。

「よーし、尋問を続けるぞー?」

え、これって尋問だったんだ。
僕はウソップに目をやって小首をかしげる。

「あの妖精が言ってた大悪魔ってーのは、本当か…? うそだろう?」

『大ではないけれど、僕、悪魔です』

ストックのブーイングは聞かない。

「それは、貴方の身体の仕組みで?」

…あ。

裸、もしかしたら見られたのかな?

「どういうことだ、ナミ」
「……ちゃんは、上半身が男で下半身が女のつくりになってんだよ、毬藻」

…。

『見た?』

うん、とナミさんとサンジが申し訳なさそうに頭を下げる。
いや、いまこの姿は子供だしもうすでになんていうかそういうのは気にしないからいいんだけども。

「ほ、ほら看病するのに、着てたものとかも、ね?」
『気にはしてません』
「悪魔なら、なんでお前死にかけてんだ」
『力の大半を封印しましたから、今の僕はほんの少ししか力を持っていない、人間の子供と同じです』
「なんで封印したの?」
『別にいいじゃない…』
ですか、と続けようとしたらナミさんの素敵な黒い笑顔とルフィの歯をむき出した怒りの顔がよってきた。

「言え」
「言いなさい」

どうして僕はこういうのに弱いんだろうか…。

僕は力なくペンをとった。

2007.03月頃UP

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