マダムバタフライ。
壊すことでしか情を示すことができない、人。
ずいぶん前までは「かわいそう」と思ったことがあったけれど、…「かわいそう」ってそもそもなんだっけ?
とにもかくにもこの人は、お金もあって、権力もあって、美貌もあるけれど、心のどこかが壊れている人。
マガタマたちは声高に警鐘を鳴らすけれど、僕はひたすら僕を殴りつける彼とマダムの姿を見ていた。
もちろん、痛い。
けれど抵抗しない。
抵抗すればもっと殴られる。
抵抗すれば僕の中の大事なものを汚される。
…。
大事なものって、なんだったろう?
ふいに、麦わらの海賊団のみんなの顔が浮かんで消えて、孤児院の皆の顔が浮かんで消えた。
それが僕にとっての大事なもの? 守るもの?

そうだろうな、われら悪魔はひたすらに肩を並べて戦うもので守りあうものじゃない。

マガタマたちがそう言い合ってるのを、口の中にたまった血を吐き出しながら感じる。
ストックの中の仲魔たちとのリンクが一時的にとはいえ、今切れていたからよかった。
もしつながっていたら煩いことこの上ない。
…あ、内臓、どこかやられたかなぁ。
口の中の出血じゃないから、もしかしたらこれで僕は死んでしまうのかもしれない。

「顔はだめよ、わかってるわね」
「はい、マダム」

そんな会話から始まった、この一方的な暴力はようやくそこでとまった。
僕の首から下は今はあざとかそういうのでいっぱいだ。

「あれだけ壊したのに、また色をなすなんて、貴方って本当に愛しい子…」

狂気をはらんだその瞳。
マダムバタフライは、人間にしておくにはもったいないほどSな人だな、とどこかで思った。
この人は能力者でもないけれど、他人の心の動きが読める人でおそらくはそれで財をなした人。
にしてもこの人、よくあの嵐と海賊の襲撃から生きてられたなぁ…執念?
そこまで考えれたのは余裕ってやつじゃない。

「だめじゃない、あたしの愛しい『人形』なのに、どこぞの馬の骨に貴方を触れさせただなんて」

ナミさん。
…ナミさん、今頃、船に乗ったかな。
目を閉じる。

「だれが閉じていいなんて言ったの?」

目を開く。
僕の目にはマダムと、僕を殴っていたあの奴隷頭の顔が映っていた。

「そう、それでいいのよ」

うっとりとマダムがそういいながら、その白い指先で僕の頬をなでた。
…なんでだろう。
ルフィになでられたり、つねられたりされるほうがこの人にされるよりも、暖かいとどこかで感じるのはなんでだ。
まあ、もう答えは判らないだろうけれど。
そんなときだった。
どたどたという足音。
複数の声。

「ここ?!」
「そうよ!」

大きくドアが開かれて、入ってきたのは。


「……てめぇ…らぁ!!! を放しやがれ!!!!」

なんで、ここにいるんだろう?
買い物は?
ウソップ、ナミさん。
僕の瞳は彼らを見ていない。
たけどその声だけはよく耳に届いた。

「あら、このホテルはこんな輩を客として迎えていらっしゃるの?それに護衛はどうしたのかしら」

喧騒が聞こえるから、下で何かが暴れてるんだろう。
たぶん、サンジ。

「…この階は全てマダムが予約していらっしゃる。さっさと出て行け」
「…えぇ、出てくわよ。を連れてね」
? そんな名前の子はここにはいないわ」
「っ」
「いいか、もう一度だけ言う。を放せ…」
「お前はマダムの話を聞いていなかったか」

奴隷頭がそういいながらウソップに言っているのが聞こえる。

「うるせぇえ!! 汚い手で俺の仲間に触ってんじゃねぇえええ!!!」

なかま。
仲間。
仲間じゃないって何度も、伝えてるのに、な。
けふっ、と息を吐き出すと、血の味がまた混じった。

「…ちょっと、あんたら、この子に何したのよ…っ」
「この子? ずうずうしい子ね。あたしの『人形』をあたしがどうしようと勝手でしょう?」
「マダム。この女が『人形』に触れた女です」
「…まぁ」

そういうとマダムはそっと僕の身体を起こした。

「っ!!」
「!!」
僕の目に二人が見えた。
走ってきたのかな、荷物はどうしたんだろう。

「この子はあたしの愛しいお人形なのよ。この子はあたしのもの…」
「お前が、3000万ベリーで、を買ったってーのは聞いてる…っ」

ウソップの言葉にマダムは微笑む。

「そうよ。買ったの。他にも…」
「けど、お前は大きな契約違反をしてるはずだ!!」
「? なんのこと」
「とぼけんな! 孤児院の子達の援助のヒメって子の援助、お前するってと約束しただろう?!」

それが契約。

「そうね。だからお金は出したわ。入院費と手術代金はこの子の代金で賄えたはずよ」
「その後だ! てめぇ、海軍に人身売買の罪その孤児院におっかぶせて売りやがっただろう! そのせいで…その、せいで子供たちは…っ!」
「あら、なんのこと?」

そう、なんのこと?

「そのせいで、そこの孤児院の子供たちはいらない苦労をしょわされたわ。今は、幸せになれたみたいだけれど、ね」
「あら、よかった事」
「話は終わりじゃねぇ! いいか、! 孤児院はつぶれてる! お前が助けたかった、ヒメはなぁ…っ! ヒメは、しんじまったんだ!」

…。
…。
…ウソップは今、なんて言った?

。本当よ。今、孤児院の子供たちがあんたを探しにこの町に来てたのよ。その子たちから全部事情は聞いたわ。身体の弱かったあの子の手術は確かに一度目は成功した。けれどその後の孤児院の不祥事で混乱した病院側の不手際ってことになってるけれど…。マダム、その辺の事情はよくご存知よね」
「さぁ、知らないわ」

ナミさん、何言ってるのかな。
こふり、とまた血が口からあふれた。
焦ったようにナミさんが言葉を続けた。

「あんた、ヒメの主治医に金握らせて二回目の手術遅らせたんですってね! そのせいで…っ」

それだけじゃない。
この人は、孤児院の皆があたかもその場所にまだいるかのように僕に言っていた。/契約違反だ。

「だって、あの子はこの子を人間にしていた感情の大部分を握っていたんですもの。そんなもの、いらないでしょう」

あの子のその後も面倒見るって言っていた。/契約違反だ

「なんですって! あんた人の命をなんだと思ってんのよ!」
「あたしとあたしの大事なもの以外は屑よ。そうでしょう?」
「ふざけんなぁ!!」

だから僕は奴隷であり続けることを契約した。/『悪魔』との取引に違反を許していいのか?

「ごちゃごちゃと煩いぞ。そんなことぐらいでマダムの時間を割く権利は貴様らにはない」
「お帰りいただいて頂戴」
「は」

奴隷頭はそのままウソップたちの方向へ歩いていく。


否。

!」

僕はマダムの服を握った。

「あら、お人形なのだから、動いてはいけないって言ったでしょう?」

優しい声音だけれど、その瞳が全てを裏切っている。
マガタマたちは僕を人修羅化させたいようだけれど、僕はあえてこのままの姿で、声が出ない口で呟いた。

ペ ル ソ ナ

青白い光が立ち上る。
僕は彼女と契約した。
約束した。
なら、それを反故されたのであれば、その姿の僕として契約違反の罰を与えてもいいだろう?
それにウソップとナミさんたちを守らなくちゃ。
仲間ではないけれど、この人たちは、僕の心の中を暖かくしてくれた存在には間違いないから。
僕の身体から一瞬にして、それは立ち上った。

我は汝、汝は我……我は汝の心の海より生まれしモノ…悪魔王サタンなり!!!!

ヒィイイッという悲鳴を聞く。
審判の『サタン』は治癒促進・大のスキルを持っているから、その間に僕の体の内部の傷が癒えていく。
僕の金色の瞳はただうつろに僕から離れていくマダムバタフライと奴隷頭、そして絶句しているナミさんとウソップに向けられていた。

我が契約をやぶりし者に、裁きを与えん!

禍々しい僕のペルソナはそう宣言する。
その間にも僕の身体の傷は治っていく。
まあ、だからと言って疲れが取れるわけではないけれど。

「あたしの、あたしの人形…っなのに…っ」

マハラギダイン

呟くそうにペルソナ・サタンが言うと炎が部屋に生まれた。
最大級の炎が部屋の中を包み、奴隷頭とマダムの肉体を包み込む。
そして僕は、目を閉じた。
ぱたり、と身体が倒れると同時にペルソナも消える。
部屋には魔法の余波でついた炎が舞い、大火事だ。

!!」

ナミさん、火事だよ。
早く逃げて。

!」

早く、ウソップも…ほら、早く。
僕はそんなことを思っていた。
熱い。
自分のペルソナから出たマハラギダインの余波で死んでしまうのっていうのも、ありかな。
そう思って目を閉じると、身体が誰かに持ち上げられた。

「よし、行くぞ! ナミ!!」
「えぇ! 逃げるわよ」



……え? ナミさん? ウソップ?

2007.04月頃UP

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