ルフィたちの船に乗せてもらうようになって、僕は夢を見ることが増えた。
孤児院の夢だ。
僕たちは大人たちに隠れて、町でなにか捨てられたもので使えないものはないか探しに出たり、親切な人たちに食べ物を分けてもらったりした。
もちろん、発覚したらひどく叱られはしたけれど。
「ニーネ、ニーネ」
お兄ちゃんでおねえちゃんだから、という理由で子供同士の名前の付け合い。
僕には名前があったから、その後に皆がつけた呼び名を足したっけ。
大人たちは僕たちのことを「おい、そこの」とか番号で呼んでいた。
「ニーネのおめめはとってもきれいね、あたし、だいすきよ」
子供たちから「ヒメ」(お姫様のようなブロンドの可愛い女の子)と呼ばれていた彼女は、元気で過ごしていると思う。
彼女は身体が弱くて、大きな手術や病院の施設に移すのにお金がいると孤児院の院長は言っていた。
僕が自分を売った理由のひとつは、彼女が元気になってほしいっていうのももちろんあった。
「あたしね、夢があるの」彼女は笑いながら言った。「身体がよくなったら世界を見て回りたいの」
悪魔の僕にそんなこと教えちゃいけないよ、と文字を見せると小さく笑っていたことだけは覚えてる。
彼女は僕の代金でちゃんと病院に入って入院した。
そのあたりはちゃんと確認してから僕は奴隷になったのだ。
他の子供たちの学費や食べ物とかにも、必ずさせようと僕を買ったあのお金持ちのおばさんはそう言った。
言うことを聞いていれば援助も続けると約束してくれた。
あれから何年かたった。
その間、あの人は僕に対してすることは、ただ人形のようにしていることだけを望んだ。
しゃべらない、他の人間を見ない、彼女の言うことだけを聞く。
ただそれだけのための存在として。
時折、暴力を振るわれても僕は黙って耐えていた。(よけてもだめだと言われていた)
「貴方の心が壊れかけているのを見るのは、貴方のその目が輝きを失っていくのはなんて素敵なのかしら。その調子よ、私の愛しいお人形さん」
あのご婦人がそういうたびに、あの子の思い出が汚されていくように感じていたのは……いつごろまでだっけ?
それすらも何も感じなくなったのはいつだっけ?
「俺がお前の心をぴかぴかに戻して、お前の中も、目もぴかぴかに戻してやる。だから俺の仲間になれ!」
ぱちり、と目が覚めた。
ルフィの言葉は、僕の心というか頭の中に刻み込まれたみたいだ。
こんなの初めてだな…、まさか夢の中でもその声を聞くなんて思ってもいなかった。
「、お前よく寝るなぁ」
ルフィ。
あぁ、僕外で昼寝してたんだ。
どうして彼の言葉は、心に響くんだろう。
僕はじっと見つめる。
ルフィも僕を見つめ返した。
「もうすぐ島に着くぞ」
頷く。
じゃあ、お別れだ。いままでありがとう、麦わらの海賊王。
そう思った瞬間、鼻をつままれた。
「お前、今なんかいやなこと考えただろう?」
…いやなことではないんだけれど。
僕は無表情で無抵抗のまま彼を見つめ続ける。
ルフィって、勘、いいなぁ。
「お前は、俺の仲間だ」
違う。
「わかんねぇやつだなぁ」
そっちこそ。
ルフィが顔をしかめながら、僕の顔を見つめ、鼻から手を離すと今度はほほを軽くつねる。
「お前のなんもかんも、全部俺が取り戻してぴかぴかにする。俺がそう決めた」
僕の目とルフィの目は、まだお互いを見つめている。
「だから、変なこと考えんな」
僕は見つめ返し、そーっと腕を動かしてルフィの頬を触ってみる。
「判ったか?」
ルフィは触られるままになっている。
お互い見つめたままだ。
僕は首を横に振った。
「頑固もん」
ぐいっとつねられた。
「…お前、結局封印もとかねぇしよ、つまんねだろう? 声もっかいちゃんと聞かせろ」
そう言ったときだ。
「何、苛めとんじゃお前!」
ウソップの突込みがルフィに決まり、「大丈夫か」とゾロが起こしてくれた。
「何すんだよ、ウソップ」
「お前がを苛めてたからだろ。なぁ? 〜」
肯定も否定もきっと違う。
苦笑いも浮かべられないから、僕は小首をかしげた。
「ほれ、もうすぐ着くぞ」
そういえば、着く島の名前とか町の名前を聞いていなかった。
「…ローグタウンってとこだ」(ウソップ)
「海賊王、ゴールド・ロジャーが死んだ町」
ルフィがそういいながらにやりと笑う。
始まりと終わりの町。
ここで一人の海賊がグランドラインへ行き、そしてここで処刑された。
僕は目を細めた。
そこは僕にとっても、ある意味「終わり」で「始まり」の町になるなんてことは、夢にも思っていなかった。
2007.04月頃UP