サタン。
昔の言葉で『敵対者』を意味して、神々の敵、そして天には向かうモノたちの長という悪魔の中の司令官。
そんな『魔』を己の人格だという少年…くんのことを、私は知らないからこそ恐れていた。
いや、知ってもなお、恐ろしさというものは隠せない。
なぜなら私自身が彼(あるいは彼女?)のことを知らないから。
ナミさんやウソップさんから、なぜ無表情で感情の全てを表に出せないのか、そして言葉を発せないかは聞いた。
己が悪魔で、その力は生きている者たちにはよくないので力の大半を封印し、その影響であまり感情を表せなくなってしまったというのは理解しがたいが…。
あの『ペルソナ』という力を見せ付けられては、くんがただの人間ではないというのはよく判った。
しかも上半身は男で下半身は女のものだというも聞いた。
残された心は、己を売ったその代償のように砕かれてしまったというのも聞いた。
子供に対する虐待。精神的苦痛と過剰な負担に最後の最後で、大人の裏切り。
人身売買は忌むべき犯罪だ。
その犯罪が所謂上流貴族と呼ばれる者たちが行っていることも知識では知っていたし、バロックワークス社に潜伏中もその話はよく耳にしたが、実際に売られてしまった子供を見るのは初めてだった。
しかも己を売ったのが己自身の為ではなく、同じく孤児であったという小さな子供たちの為、というのも私にとっては衝撃だった。
「自分は人間じゃないから。強いから、だから平気。なんて哀しい言葉を平気で吐けれる子なのよ」
「…仲間って言葉にもあんまりいい顔、というかいい反応示さないのはどういうことなんでしょうね? ナミさん」
サンジさんの言葉にナミさんは肩をすくめた。
「…本人に聞いてみないと判らないけれど…」
「あいつぁ、よ」
ナミさんの言葉にかぶさるように、ルフィさんが口を開いた。
「あいつぁ、くっだらねぇことを考えてんだ」
「くだらないこと?」
ルフィさんにウソップさんが聞いた。
私たちも彼を見つめる。
「あいつは悪魔で、俺達は人間。違う生き物だから仲間にはなれねぇってな。あいつにとって仲間ってーのはムシニンゲンみたいな連中しかいねぇとか思ってる」
「おいおいおい、んじゃあいつが自分売り飛ばしてまで守ろうとしたあの子供たちも、あいつは仲間なんて思ってないのか?」
「仲間じゃなくて、自分が守らなくちゃいけないモンだってことしか考えてねーよ。わかってねーんだ、その辺をよ」
「あぁ、そういうことか」
Mrブシドーが口を開いた。
「あいつにとって人間は自分より弱いモンで、弱いやつは強いヤツが守るのが当然なんだ。んで、その強いやつってーのが…」
「ちゃん自身ってことか。なにせ自分は人間よりも強い悪魔という存在だから」
そ、それで、虐待されて心の大半を壊されたら…自分がつらいだけじゃないの。
封印とやらで自分がいまの人間の体力が人間並み(その持久力は多少ありそうだけれど)にしかないのを理解していて、そんなこと…。
「あいつぁ、平気だってきっと言うぞ」
ルフィさんはそう言いながら麦藁帽子を被りなおした。
「あいつぁ、自分のことはあんまり考えないでいっつも他人のことだけだからよ」
「そんな…、そんな心の持ち主が、悪魔なんて、言えないわ…」
むしろ、私たちにとっては助けてくれる天使のような優しい存在…。
「あの金色目玉をすかすかにしちまった半分は、あいつとあいつの周りの人間が間違えたからだ。だから」
にぃっとルフィさんが笑う。
「俺がぴかぴかに戻してやるんだ」
「具体的にはどうするのよ」
ナミさんが肩を落としながら聞くと、ルフィさんは笑ったままこう言った。
「人間は弱くねぇ、お前と肩を並べられて頼られても平気で、んでもってもっともっと楽しいことや嬉しいことが世界には待ってるって教えてやんのさ!」
「そうだな、ずっとつらいことばっかの連続だったはずだもんな」
「壊れちまったもんは治して、かけちまったもんはそんなので全部詰め込んでくっつけてやりゃいい!!」
ルフィさんの言葉に、Mrブシドーがにやりと笑った。
ナミさんとウソップさんが苦笑して、サンジさんも「それがいいか」とタバコの煙を吐き出した。
それが、くんが眠っていたときにした会話。
ルフィさんが彼を冒険に連れて行く、と言った時、私も一緒に行くといったのは半分は気晴らしに、そしてもう半分はくんという人物を知ること。
だって私の中のくんの情報はまだそんなに多くないし、まともに話しかけたこともないからなにかのきっかけを得られるのではないかと思ったのだけれど…。
ルフィさんには言っていないので私の思惑など知らないから、くんを振り回すかのように連れて歩いて…そして…。
「ゲギャギャギャギャギャ!」
巨人に会って、家に招待されている。
ルフィさんと手を繋いでいたくんは、巨人…ドリーという名前らしい…の手から降りると、あの無表情のままで私たちのところに歩いてやってくる。
ルフィさんは離そうとしたくんの手を繋ぎなおして一緒にやってきた。
「どした? 」
ルフィさんが聞くのにくんはその金色の瞳をただカルーに向けている。
「くわ…ぁ…!」
カルーが一声鳴いた。
最初はくんに対して怯えていたカルーだけれど、今は…平気、のようだ。
「あぁ、お前、鳥心配してたのか」
「え…」
そうなの、かしら?
無表情のままカルーを見ていただけのくんの様子に瞬きを繰り返した。
カルーを見ていた金色の瞳が私を見つめる。
その光はうつろで何を考えているのか、私にはわからない。
「ビビも怪我してねぇって」
ルフィさんの言葉にようやく、こくりと頷かれて私のことも心配してくれていたのだと気がついた。
「あ、ありがとう。くん。私とカルーは大丈夫よ」
そう言ってみた。
声は震えなかった。
恐ろしい存在だと思っていた彼の、ルフィさんを介したとはいえ優しさに触れて、ようやく私は心のどこかで安堵したのだ。
その力は恐ろしいと思う。
けれど、彼自身は恐ろしくない存在だということが、人の話ではなく己で実感しはじめている。
「くんは怪我はない?」
こくり、と頷いてくんは目を巨人に向ける。
「仲が良いということは良いことだ!! ゲギャギャギャギャギャ!!」
そういいながらドリーさんが倒した首の長い恐竜のそれの皮をはいでいく。
「金色の瞳の持ち主は、もっとも戦いの神・エルバフに近い存在とされている!!」
神に近い存在。
巨人にそういわれる瞳の持ち主の手を引いてルフィさんは歩く。
「その誇りある死に向かうその日まで、生命が燃え尽きるまで、あるいは燃え尽きたその後も戦っている証が金色の瞳だ!! それがちび人間であろうとも、我らはお前の魂と戦いに加護を祈ってやろう!!」
巨人の言葉にもくんはやはり反応を示さず、ただ見上げるだけだ。
「ん〜?」
ドリーさんは首をかしげてくんの反応を見ている。
「あぁ、、今は話せないんだ。気にするな!」
「気にするな、か! ゲギャギャギャギャギャ!! まぁ、良い!! 戦士は魂と生き様で話す者! 言葉を話せぬでもまぁ問題なかろう!!!」
巨大な肉の塊をドリーさんは火にかけた。
「もてなそう!! 客人よ!!」
そう言った彼とルフィさんは互いの食事を交換することにした。
にしてもめちゃくちゃなじんでるわ…ルフィさんとドリーさん…。
ルフィさんが離さないからかくんも巨大な肉の塊の上にちょこんと座っている。
「戦士よ、おぬしも食べろ。おぬしはちび人間の中でも特にちびのようだ!」
ドリーさんの言葉にゆっくりと頭を下げたのが判る。
素直、な子供なのかもしれない。
そうこうしているうちにルフィさんが村とかないのかとドリーさんに聞いた。
エルバフの村の掟によって、この島はドリーさんともう一人の決闘場、しかも100年も戦い続けていると言う。
寿命が通常の人間の3倍あるからというが、100年もたてば喧嘩の熱も冷めるはずだし、言ってみればずっとそんな理由で殺し合いを続けているというのだ。
信じられなかった。
そのうち、ドォン!! と見えていた火山が噴火する。
「いつしかお決まりになっちまった。真ん中山の噴火は決闘の合図」
「そんな100年も殺し合いを続けるほどの憎しみなんて…」
私が何か言おうとするのをとめたのは金色の瞳だった。
「くん?」
「ビビ、やめろ。そんなんじゃねぇよ」
ルフィさんもそう言ってとめてくる。
私が見ている前で、ドリーさんは剣をかまえた。
「そう、誇りだ」
もう一人の巨人がすごい勢いで走ってくる。
二人は互いの得物を盾でとめた。
「理由など、とうに忘れた!!」
その剣戟が風をつくり、頬をなでる。
ばったりとルフィさんが倒れた。
「ど、どうしたの…?」
「まいった…、でっけぇ」
「?」
なにが、だろうか。
それを見ながら、私はもう一度巨人達のすさまじい決闘を見つめる。
お互いの攻撃がすべて、お互いの急所狙い。
こんな戦いを100年も…!!
…私はくんの様子を伺ってみた。
あのうつろな金色の瞳は、まっすぐ彼らを見つめて、そられていない。
彼が何を考え、そしてこの決闘になにを感じたのか。
それを聞きたいと思っている私がいた。
2007.04月頃UP