気がつけば、僕は『サタン』を出して、彼女を見つめていた。
「帽子を返せ」
ペルソナが魔法をかけるときでないときに、声を出すなんて僕は知らなかったけれど、でもサタンは忠実に僕の心のどこかで思った言葉を口にする。
なぜなら彼は僕で僕は彼なのだから。
僕は船室からゆったりとした足取りで出てく行く。
ペルソナはすでに入り口をすり抜けて、彼女の背後に立って見下ろしていた。
「!!」
ビビ王女が息をのむのが聞こえた。
「……これは貴方の能力かしら? 悪魔の実の能力なの…?」
ルフィの帽子をかぶった、ミス・オールサンデー…後々ルフィの仲間になるはずのニコ・ロビン…に僕も僕のペルソナも返事をしない。
僕はただ目を彼女から離さない。
僕のペルソナは、それには答えない。だって答えなければならないわけではないから。
なんかこう胸の中がむずむずして重くなるんだ。
これがどんな感情なのか僕は、たぶん忘れてしまったけれど。
この船のクルー達がそれを持っていても別にこんな感じにはならないけれど、でも違う誰か(たとえそれが未来のこの船の人間になるとはいえ!)が触れてるいまの現状が、こう、なんていうんだ。
許せなくなっているのは、どうしてだろう。
「帽子を返せ」
それを繰り返すと、彼女は素直にルフィの麦わら帽子を、ルフィに返した。
僕は黙って彼女の後ろを通り過ぎながらペルソナを引っ込めて、みんなのいる場所まで歩いていった。
どうもミス・オールサンデーの能力でウソップとサンジが落とされ、次の島の名前を彼女に教えてもらったところらしい。
彼女はエターナルポースを渡してくれたらしいけれど、ルフィがそれを壊した。
ナミさんに蹴られても、ルフィは言い切る。
「この船の針路を、お前が決めるなよ!!」
強い言葉。
そうこうしている間に、ミス・オールサンデーは亀に乗って去っていった。
「でけぇ亀だなー」
確かに。
「あの女、何を考えてるのかさっぱり判らない…!」
「なら考えるだけ無駄ね」
「そういう奴ならこの船にもいるからな」
それは誰のことだろう? 僕?
「おい! 状況を説明しろ! わけわかんねぇよ!!」
ウソップがわめいているのを聞きながら、僕は去っていくミス・オールサンデーの小さくなっていく背中を見つめていた。
…まだ思い出されていないけれど、でも彼女が本当に全て悪意を持ってビビ王女に情報を流したわけではないはずだと、思う。
「、どうした?」
ルフィの問いかけになんにでもないと首を横に振る。
「そうでしょ? ルフィ」
「朝だーーーーー!! サンジ朝飯ーーーー!!!!」
ナミさんがなにやら話していて、そのままルフィに聞くけれどもルフィはまるでどうでもいいようにサンジに催促して。
それからはゾロとナミさんと、そしてビビ王女とルフィの合いの手を聞きながら、ウソップとサンジに状況を説明した。
二人が何かビビ王女に言っているが、僕はひとつあくびをしてしまった。
考えてみればちゃんと昨日はまともに寝ていない。
「、眠いのか?」
僕は自分でもゆったりした動作でルフィを見つめる。
少し、眠い。
「そうか、なら寝とけ」
「毛布持ってきてここで寝るか?」
雪が降るか降らないかを言い合ってたルフィとゾロがそう言ってくれる。
「疲れてんなら、女部屋で寝なさい。」
はい、ナミさん。
こくりと僕が頷くと、ルフィがブーイングする。
「なんだよ、ナミの言うことは聞くのか? 俺は船長だぞ、俺の言うことも素直に聞け!」
「……」
僕はルフィの言葉に? となりながら振り返る。
「そろそろ封印といて、声聞かせろ」
おやすみなさい、ゾロ、ナミさん。
「あぁ、おやすみ」
「なんでだよ!!!」
「ルフィ、煩い」
ナミさんの拳が舞い、ビビ王女が少しおびえた目で僕を見送るのを感じながら、僕は一休みさせてもらった。
そう、ビビ王女の反応が正しい。
なのに、ここのクルーは皆、驚くけれど、怖がらないんだ。/それをお前は嬉しく思っているのか?
ちゃんと寝巻きに着替え、ナイトキャップをつけると僕はベットにもぐりこんだ。
マガタマたちがそんな僕を、嘲るのではなく楽しそうに笑っている気配を感じながら。
夢を見た。
悪魔の僕のをヒメが「大好き」と言ってくれたあの日のこと。
なぜかルフィやこの船のクルーもいて、僕は悪魔のまま、ヒメも一緒にメリー号に乗った。
孤児院の、あの皆も一緒に船の掃除をして。
あぁ、夢だ。
これはかなうことがない夢だ。
判っているのに、夢の中のヒメの笑顔が、こう…あぁ、暖かいって思える。
たぶん、この暖かさっていうのは、きっと…『嬉しい』って奴だろうか?
なんでこんな夢を見る?/それはこの船の人間達の心が嬉しかったからだろう?
判らない。/本当に?
判るわけ、ないだろ。
意識が覚醒する。
僕は目を覚まして、着替えるとヒメのタカラモノをポケットにまた戻して、手と顔を洗いに行く。
「お、おはようちゃん」
「、よく寝てたな〜。お前が寝てる間にイルカが来たんだぞ〜、こんなにでかいの」
サンジとウソップが声をかけてくれたので、頭を下げる。
おはようございます。
「お、。起きたか〜?」
「、外でご飯食べるわよ〜」
ルフィとナミさんの言葉に頷くと、僕は船室から出て甲板に立った。
ビビ王女とカルガモが僕の姿にびびっているのが判る。
落胆はしない。/本当に?
いちいち、マガタマたちは煩い。
「ほれ、。お前も飯はこぶの手伝え」
ルフィの言葉に頷いて手伝う。
あれから数時間たっていた。
陽気も安定してるから島が近いのだけれど、何が起きるか判らないから食事をしておこうということらしい。
「それに、のその力も説明してほしいしね」
…ペルソナについて、かな?
僕が小首を傾げると、ルフィが笑う。
「飯食いながらでいいさ〜」
「いや、飯食い終わってからじゃねぇか? は筆談になるんだしよ」
ウソップの言葉にルフィは「いんや〜」と言ってから肉を頬張った。
「だってあの怪獣、しゃべれたしな。それにもしなんなら封印といて話してもいいぞ」
またそれか。
にしても『サタン』見ながら食事できるのか?
僕はいただきます、と手を合わせるとサンドイッチを口に入れて、お腹に入れる。
周りを見たら何かこう期待されていたので、僕は口を開いた。
「ペ ル ソ ナ」
どくんっと身体の中から、もう一人の僕が沸きあがる。
「我が存在を知りたいのか、麦わらの海賊団」
サタンが口を開いて、それがにやりと笑う。
僕の心の一部であるペルソナの方が僕よりも表情が豊かっていうのはどういう原理だ。
湧き上がるペルソナは僕を見下ろし、僕は表情を動かさず、ルフィたちを見つめた。
「あぁ、怪獣。お前、のなんなんだ?」
「我はの心の海から生まれしモノ、ペルソナ、也」
ペルソナがそう答える。
「ペルソナ?」
「そういや、怪獣…じゃなく、サタンを呼ぶときにちゃんの唇がそういう風に動くな」
「人にはさまざま感情と心が存在する。女神のように慈悲深き心、天使のように規律を重んじる心、妖精のように無邪気な心…人の心の奥底に潜む、神、あるいは悪魔のような「もう一人の自分」、別人格がその名で具現化したのがペルソナ、と言う」
静かにサタンはそう言う。
僕はたまっすぐ目の前に座るルフィを見ていた。
「なら、の別人格っていうのが悪魔王・サタン、なわけだ」
サンジの言葉にサタンは小さく笑った。
「なら、お前はなのか?」
ルフィの言葉に、こくりと頷く僕。
「ペルソナは、少なくとも人の能力。どれだけ悪魔の名を冠しようとも人間の能力には間違いない。ゆえに封印状態の現在、我が存在し、その能力を行使できる」
「ってーと何か? 本性になったら使えねぇのか、それ」
ゾロの言葉にこくりと頷いて、僕はサンジ特製のスペシャルドリンクを飲んだ。
「ってことは俺達にもそういうペルソナ、っていうのが使える可能性ってありえんのか?」
ウソップの言葉にサタンは小さく笑った。
苦い、笑いだ。
そう思える。
「神、あるいは悪魔に運命だのという下らんものの生贄にされれば、あるいはな」
「生贄…って」
ビビ王女の声に、僕はサンドイッチの二つ目を口に入れる。
詳しいことは話すつもりはない。
「逆に問いたい。人間達よ、貴様らは我を恐れぬのか?」
「んあー? 何言ってんだお前」
「…これっての質問ってことよね」
ナミさんが僕の顔を見る。
「まー、恐ろしい面構えでいらっしゃるけども、別に」
「ばっかやろう! お前が俺達を傷つけるわけねーだろ!!」
「正直、私はまだ貴方を知らないから怖いわ」
「くわぁ」
「ウソップに同感ね。=ペルソナ、なら怖がる必要はないわよ」
「なんで俺が怖がらなきゃいけねぇんだ」
…恐怖が麻痺してるってわけではないのかな?
「仲間ぁ、怖がってどーすんだ? お前」
仲間。
僕は無表情のままで、サタンは笑みを消した。
仲間。
仲間、なのか?
ただ一緒にいるだけの人間、ではなくて。
僕は悪魔で彼らは人間で、僕は違う世界から落とされた異分子で彼らは元からの住人で人間だ。
たとえどんな能力を持っていたとしても僕とは違う生き物で。/お前だって元は人間だった。
だから僕は、あぁ、そうだ。
この人たちと一線を引きたいんだ。
違う生き物だからこそ、一緒にいてはいけないと思って。
正直、一番普通の人の感覚に近いウソップやナミさんは一線引くと思っていたけれど、今までの感じでぜんぜんそんなのはなくて。
「で、怪獣はそいつだけなのか?」
「他にもいるのか? 見せてくれよ」
ルフィの言葉にウソップが続けるが…僕は首を横に降った。
「我が封印はココロも能力も封じた。それゆえ、ココロの産物である我らペルソナ全てを発現できぬ。加えて、壊れたココロならばなおさら」
そうなのかな? そうなのかもしれない。
「よし、やっぱ封印といちまえ!」
「封印をとけば、人間ではなく元の悪魔に戻る。ゆえに人の能力であるペルソナは使えぬ」
「なんだそりゃ」
「…今の状態で少しでも心を治して行けば、他のペルソナも見れるってことかしら」
「それが女神なのか天使なのか、我のような悪魔なのかは知らぬがな」
サタンはそう言うと、僕の体の中に戻っていく。
本当はサタンだって全部理解してるはずだけれど(だって彼は僕で僕は彼だ)、そこまで詳しく話すのもどうかと思う。
…たとえ、それが、彼らの言うところの仲間であっても。
サンジが心配そうに僕を見ていたのに気がついて、僕は彼を見上げた。
「そのペルソナってヤツを出すのにちゃんに負担になってなきゃいいがな」
精神力、というか魔力というかそういう類のものを消費するのは確かだけれど、それを伝えるのもなんだから僕は最後のサンドイッチを口をもぐもぐと動かした。
ごちそうさまでした。
僕が頭を下げて、サンジを見上げるとにっと、笑う。
「くそ美味かったろう?」
僕は笑顔を返せないけれど、それでも意思表示はできないこともない。
空中に大きく「おいしい」と書いて、また頭を下げると、サンジは嬉しそうな笑みに変えた。
食事が終わって一服したその後に、島が見えてきた。
「間違いない! サボテン島と引き合ってる。私達の次の目的地はあの島よ!!!」
ナミさんの言葉にルフィたちが歓声を上げる。
ふいに昔の記憶が呼び起こされた。
巨人が二人。
ここで会うはずだ。
でも、他には誰がいて何があったけ?
小首を傾げる僕をよそに、メリー号はその島に入っていった。
ミス・オールサンデーが教えてくれた島。
リトルガーデンに。
2007.04月頃UP