(3.5)ビビ視点
「傷は?」
「海軍野郎に縫われたはずだけど、サタンのペルソナも確か、出してたよな」
「診せてみろ」
チョッパーくんの言葉にくんは服を脱ぐ。
血に染まったそれをナミさんがたたみ、スモーカーというあの海軍の大佐に施された応急処置をさらした。
縫われたその糸はペルソナの回復と同時に消えてしまったのか、そこにはなかった。
Mrブシドーとサンジさんの眉根がよった。
「あの男、何者なのかしら」
ナミさんの言葉にくんの目が伏せられる。
「知った顔か? 」
「あの、マダム・バタフライの関係者か?」
ウソップさんの声にくんは頭を横に振った。
Mrブシドーのほうにくんは目を向けた。
「…悪魔を、使役する人間…?」
悪魔を?
あたしたちは顔を見合わせる。
「悪魔の存在を知り、悪魔と戦い、悪魔を殺せる力を持って、悪魔をつかうことができる人間…?」
「そういえば、あいつ、を仲間にするためってほざいてたな…!!」
ウソップさんが歯軋りをする。
「仲間にするためにどうしたんだ?」
「…を撃ちやがったんだよ!!」
「えぇ!!?」
「…なんにせよ、あいつはお前の敵だな」
低いその声にぞくりとする。
Mrブシドーの殺気だ。
静かにサンジさんはタバコに火をつけ、そしてくんの傷を視界に入れて眉をまだひそめている。
「…ペルソナの回復ってほんとすげぇな。けど、血は増えないんだろう?」
チョッパーくんの声にこくり、とくんは頷いた。
丁寧に念のために包帯が巻かれ、服を着て傷が視界から消える。
「、増血剤だ。まずいだろうがちゃんと飲め」
チョッパーくんの言葉にこくりと頷いて、くんはその薬を口にふくみ、喉の奥に入れるのを見た。
「おい、マツゲ。トレーニングするから付き合え」
「ブフォォ?」
「、ペルソナも出していいからな。ちゃんとこいつには言ってある」
「…なに?血だらけよ。、また着るの?」
ナミさんがたたんだマントを着込み、くんが私の隣に座る。
「くん?」
軽く、手をたたかれた。
それはまるで私を…いいえ、確実に私を落ち着かせるためにしてくれた行為だった。
やがてカニの上で、おのおのがやりたいことをしはじめる。
Mrブシドーは剣の上にマツゲを乗せて筋力トレーニング。
ウソップさんはチョッパーくんの嘘に驚いている。
「ゾロ。あんたそれ余計な体力使うだけじゃない」
「うるせぇ」
「ほっときゃいいんだよ。ナミさん。あいつらは何かしてねぇと気が紛れねぇのさ。器用じゃねぇんだ。…特にあの体力バカは」
体力バカ。
その言葉で私とくんの目がMrブシドーに行く。
「七武海のレベルを一度、モロに味わってる…!」
「おい。てめぇ、何が言いてぇんだはっきり言ってみろ」
「あぁ、言ってやろうか? おめぇはビビッてんだ。ルフィが負けちまうんじゃねぇかってよ」
ルフィさんが、負ける。
歯を食いしばってから、そして気がつく。
くんはどう思ってるんだろう。
こっそりと隣の彼を見てみると…。
無表情のままだったけれど、その拳は…また握り締められて、力を入れすぎて小さく震えている。
心配、なんだ。
そうだろう。
あんなに仲のいいルフィさんだもの。
「…俺が!? …びびってるだぁ?!…こんの素敵マユゲ!!」
「あっ!! カッチィ〜〜ン!! アッタマきたぜ。オァ!? …この、マリモヘッド!!」
「何ぃ!!?」
Mrブシドーとサンジさんが睨みあいを続けていた。
「「やんのか、てめ…(ごすん!!)ぇ…」」
「やめなさいよ。くだらないっ!!」
私はくんの手をそっと握る。
くんの金色の瞳が私を見上げるのをそのままに皆に声をかけた。
「大丈夫よ、みんな!! ルフィさんは負けない!! 約束したじゃないっ!! 私達ハアルバーナで待ってるって!!」
「おめぇが一番心配そうじゃねぇか!!」
ウソップさんの突っ込みとナミさんの拳骨が飛んできた。
でもMrブシドーもサンジさんも落ち着いてくれたようだ。
「…よし、じゃあ頭をアルバーナに切り替えて!! 行くのよ!! ハサミ!!」
「何だそりゃ」
「このカニの名前」
「ハサミってお前……」
ナミさんのネーミングセンスに、
くんが目を細めた。
あきれているのではなくて、きっと今、
くんの機嫌はいいんだろうな、と思う。
目を細めるのがその合図のようなものだ。
町を出て二時間以上はたった、そのときだった。
私の隣に座っていた
くんがいきなり立ち上がる。
「どうした、
」
ウソップさんの呼びかけにも
くんは反応しない。
「大悪魔、やはり生きていたか」
砂漠の岩場にそんな声が木霊したと思うと、くんが腰のベルトから今まで見たことのない武器を取り出して何かをはじき返した!!
「銃声!?」
「今の、確実にビビを狙ってたぞ!」
ヒッコシクラブの足がゆるやかになっていくのを感じる。
時間がないのにっ!
「あいつよ!」
ナミさんの声に全員が指先が示す方向を見た。
…あいつは…。
「を撃ったヤツだ!!」
ウソップさんの言葉に「え?! ほんとか?」とチョッパーくんが呟く。
「野郎…っ」
Mrブシドーが刀に手をかけ、サンジさんがタバコの火を握りつぶした。
ヒッコシクラブと並行するように走る彼の目は私に向けられていた。
その殺気にぞわりと鳥肌が立つ。
ヒッコシクラブと並行するように走る彼の目は私に向けられていた。
その殺気にぞわりと鳥肌が立つ。
「人間は殺さないはずなんじゃないのか?!」
「…Mr0には借りがあってな!!」
ウソップさんの問いかけに律儀にその男はそう返してきた。
Mr0…クロコダイル!!
くんは、殺気から私を守るように彼を見つめ、そしてごそごそと自分の服の中に手を突っ込んだ。
「…?」
白い手の上に乗せたそれを、あたしに差し出す。
っ!
「これって…」
シロツメクサの意匠が刻まれた銀のそれは、くんの宝物。
驚いて、彼を見ると。
持て、といわんばかりにまた差し出してくる。
わ、私が?
確か、これは…このクルーの中の、誰も…一番仲のいいウソップさんや、あのルフィさんでさえ触れさせたことのない、くんの宝物。
「ビビ」
ウソップさんが私に言った。
「受け取れ」
「……」
私が黙ってそれを手にする。
鈍い光を両手で包み込む。
くんを見つめると、彼の唇が「ペルソナ」と動いた。
途端に出てくるのはサタンでもなく、初めて見たペルソナ。
「」
「ちゃん」
「ど、どうすんだ? 」
「」
視線が、Mrブシドーに行き、そして彼が何か堪えるような、そんな笑みになる。
「…判った。伝える」
こくり、と頷くとくんは走って、ヒッコシクラブの背中から飛び降りた、と同時にペルソナが彼の身体を掴み、空中を飛んでいた!
あの男がいる方向に向かって君はものすごいスピードでぶつかっていく。
それを確認した次の瞬間、クラブの速度が増した。
と、同時に。
何発かの銃声と、剣撃のようなその音が響く。
遥かな後方で岩場が崩れるのが見えた。
びくり、と私とチョッパーくんの身体が震えた。
「ゾロ! おい、のヤツ、なんだって?!」
ウソップさんがMrブシドーに掴みかかった。
「『あいつの相手は僕がする』」
Mrブシドーがウソップさんの頭を掴んで離しながら、私たちを見た。
「『ヒメの宝物は、預けるから。必ず帰るから、先に行って』だとよ」
「……」
「だ、大丈夫、だよな?」
「あ、あぁ!!」
チョッパーくんと、Mrブシドーの腕を何とか払いのけたウソップさんがそういい合う。
どちらかと言うと、ウソップさんは自分に言い聞かせているみたいだけど…。
無理もない。
あの男はくんを傷つけたし、傷はいえたかもしれないが、血が流れたのまではそんなに早くは回復していないはずだ。
「こら、あんたはまた余計な心配してる。あんたは反乱の心配をしなさい。の心配はあたしがしとくから」
「そうだぜ、ビビちゃん」
「ビビ」
ナミさん、サンジさんの言葉を聞きながらくんの宝物を握り締めていた私は、Mrブシドーの言葉に顔を上げた。
「あいつがそれをどれだけ大切にしていたか、大事にしていたか判るはずだ」
えぇ、判ってる。
クルーの中の誰一人として、見ることは出来ても触れることはくんが嫌がったから、触れることすらできなかった。
時折、この銀色を見つめるその瞳は…普段は無表情で感情の全てが見えないはずの彼なのに、愛しそうに見つめているようにも悲しそうに語りかけているようにも思えて…だからこそ、ルフィさん達はそうしていたくんを見かけるとすぐに声をかけて、抱きしめ、笑いかけ、そして遊んでいた。
そんな彼の姿を見ていたくなかったから。
仲間は自分たちなのに、まだ彼に拒絶されているように思えて仕方がなかったから。
「それをお前に預けた」
Mfブシドーの目が、優しくなる。
私は銀時計の鎖を首にかけた。
ペンダントのようにしていれば、きっと落とさない。
そっと触れて、頷く。
「必ず、これをまた受け取りに来てくれる」
「あぁ。俺達のところに、帰ってくる。あいつはそう言った」
帰って、くる。
その言葉を、Mrブシドーは、喜んでいるのだ。
サンジさんやナミさん、ウソップさん、チョッパーくん、そして私にその笑顔が伝染した。
マツゲは不思議そうに見てくるが、構わなかった。
帰ってくる。
「は、負けねぇ。今までのあいつはいつも捨て身だったが、今のあいつは違う。俺達のところに帰ると約束した」
「おぅ! 、約束は絶対守るモンな!!」
Mrブシドーの言葉にチョッパーくんがいい、皆が頷く。
私たちの目の前には、サンドラ河が見えてた。
「ビビ、お前はお前で出来ることを。俺達は俺達で出来ることを。そしてあいつの帰る場所のままでいよう」
「えぇ!!」
私は、くんの宝物であるそれに触れながらそう応えた。
反乱をとめて、そして、これを取りに帰ってきてくれるくんを笑顔で迎えるために。
私は歩みを、止めない。
再UP