(5)


「…マスター、おぬしの血塗れた姿はなんとも美しい…。このマザーハーロット、心底そう思うぞ」

それがたとえ己の血潮であろうともな、という言葉を呟いてからくつくつと喉を鳴らしながら僕を見下ろす魔人の一人は、その指をぱちりと鳴らす。
気を失ったデビルサマナーとその使い魔を何かの影に飲み込んでいくのを眼で見ながら、僕は呼吸を整えた。
結果的に言えば、彼が撃った弾を僕はなんとか軌道を外して致命傷を与えるそこからはずさせた。
と、同時に僕の影から呼んでもいないのにマザーハーロットが出てきて、その存在自体からあふれる魔力で雷堂を昏倒させた。
にしてもなんで来たんだろう?

「…実はの、マスター」

顔面は骸骨だけれど、満面の笑みの気配。
…もしかして、この雷堂の存在ってストックで何かやらかしてたりする君らのせいかな?

「ほう、聡いのぉ。さすがはマスター」

嬉しくもなんともない
話を聞くにストックにてリリスやマザーハーロットたちが起こしていることはまだ明かせないけれど、その実験事故によってあの雷堂がこちらの世界に『召喚』されてしまったのだという。

「ほんに、面白い結果になったの」

その面白い結果で身体にぼこぼこ穴が開きかけた僕の立場は?

「久々に本気の殺し合いが出来たのじゃ。それが代償と思えばよいではないか」

僕は彼女の言葉に、視線を落とす。
…否定すればいいのに、それができない。
戦うのが嫌で殺しあうのも嫌で、生きるのもどうでもよくて死ぬのもよかった。
けれど僕はビビに約束した。
ヒメにまだ世界を見せていないし、かなりのイレギュラーであるあのデビルサマナーをとめる存在があるとしたらそれは僕だろうと思ったし…まぁ、撃たれた借りもここで返せた。
戦うことも殺すことも飽きたはずの僕のはず、だ。

「自分に対する言い訳はしまいか?」

彼女が面白がっているのは明白だ。

「おぬしがその手に持つ道具のことをがたがたと考えなければ、きちんとあやつめを殺せたのにのぉ」

ウソップの作ったそれで命を奪えっていうのか?

「…己の手でなら、殺せていたか」

僕は彼女の言葉に、ただ視線を上げて彼女の顔を真正面から見ることしか出来なかった。
…雷堂をちゃんとあいつの世界に戻してやってよ。
送還、できるでしょう?

「できぬ、とは言わんの。それがマスターの望みであれば、しておく」

僕の望みじゃなかったら?

「ほほほ、あれはわらわどもの実験材料と化すだけじゃ」
 
そのつもりでこの悪魔は雷堂を影にしまいこんだのか。

「ではな、マスター。もう少々、わらわたちを呼び出すのは遠慮しておくれ。もう少しで本当に面白いものが出来る」

ずぶり、とマザーハーロットを背に乗せた犬の脚が、さっきの雷堂のそれと同じように影に沈んでいく。

「それを楽しみにしやれ」

…僕の身体を治していこうとかいう気がさらさらないのが、彼女らしい。
その思考を読んだマザーハーロットはたかだかと笑った。

「そう、その通り!! 久しく見なかったマスターのその姿、なぜに癒して消さねばならぬ?」

癒して命を繋ごうとかそういう感情は彼女にはない。
かつての世界で戦う姿や、相手の血潮を浴びた僕をうっとりと見つめるのは、いつもこの悪魔だった。

「それに癒しは己でできよう?」

確かにね、とだけ僕は返して、そうして岩場に座り込んだ。
サタンを降臨させて、傷口をかろうじて塞ぐ。
雷堂とのバトルでかなり精神力を消耗してしまった影響かな。
まぁ、死ななければ、それでいい。
ビビにヒメを渡しているから、早々に合流しないと。
…あれがいつの間にか僕にとってはヒメそのものになってしまってるなぁ。
彼女の魂はきっともうこの世界の天国かどこかにいってしまっているのに、僕の自己満足の為にあれを、僕の心はヒメにしてしまっている。
元は僕が作って彼女にあげた『物』だったのな。
そんなことを考えながら僕はウソップのくれたそれを杖代わりにして立ち上がった。
なんとか川のそばまで行けば…えーーと、そこからどうしようかな?
仲魔は呼ばないようにってさっきマザーハーロットに言われたし(「遠慮してくれ」って言葉はそのまま「すんじゃねーよ」に僕には変換して聞こえていた)、原作ではどうなってたっけ?
とりあえず、いけれる場所まで行くか。
僕はタナトスを降臨させて空を飛んだ。

あ、いける。

これを使えばいいじゃないか。
岩場を抜けてなんとか川を渡りきったところで、僕はそこに寝転がってしまった。
タナトスは当然、消える。
身体に力が入らないから、たぶん血の流しすぎと精神力の枯渇だな、と漠然と感じ取った。
雷堂に撃たれた傷もずきずきと痛くなってきた。
マガタマたちは静観していて、声は聞こえない。
荒い息を落ち着かせて深呼吸した。
さぁ、次はどうしよう?
河を渡りきったけれど、それからまた距離がある。
僕は瞼を閉じた。

あ、まずい。

そう思ったその瞬間、僕の意識はマガタマたちと一緒に睡魔と呼ばれるそれに引きずり込まれる。




「かわいそうに、あの子はライドウちゃんに殺されてるわよぉう!!」
「うるせぇ! このくそオカマ。ちゃんが死ぬわけねぇだろうが!!」


「ひひひっ、このバッ。ライドウとやりあったやつは、今頃しんじまってるよ!」
「黙れっ! は死なないっ!! 約束したんだ!!」
「そう、そうだぞっ! 俺の渡した武器の威力はグランドライン一なんだ!!」



「(っ、ビビっ、無事でいなさいよっ)」
「お遊戯はここで終わりよ」
「この一撃に、………かける!」



「(あいつら、全員無事なんだろうな。はあいつを倒せたのか)」
「なぜ立てる…? 貴様」
「(…刀は…あそこか。)」



「…皆、無事? いいえくんが来ていない…」
「悪ぃ、皆。俺、あいつにいっぺん負けちまったんだ。だから、もう、負けねぇ!!!」
「ルフィ…」
は? ゾロ」
「今、あの野郎と戦ってる最中だ。後で来るだろ」
「それか迎えに行こうぜ、キャプテン」
「ん、そうだな。こっちはよろしく!!」
「さっさと行って来い」
「お前でなきゃ誰が勝てるってんだ!!」
「終わりにするぞ!! 全部!!」

おぉし!!!



あ。

ぱちり、と僕は目を開ける。
いけない、いけない。
眠ってる場合じゃないだろう、僕。
そう思いながら立ち上がろうとするけれど、力が入らない。
それを無理やりに立たせた。
とたん。
爆風と爆音。
どくん、と何かがうめく。
なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ。

思い出せ、思い出せ、思い出せ。

空を飛ぶ動物系の悪魔の実の能力者の姿が、脳裏を走った。

その人物は、確か、そう確か。
僕はウソップの作ってくれたそれを短くして腰のベルトに突き刺すと、ペルソナ、と唇を動かした。

ビビが。
頭の中でビビの表情がくるくると廻る。

またビビが泣くじゃないか。



女の子を泣かせるのは、駄目だろ。
そう思った途端、タナトスがその翼を広げ、そして今まで出したことのないような音を立たせて空を文字通り、翔けた。
爆風を突き破り、熱気と砂をかきわける。
目指すのは天空を目指して国を守った守護神。
僕を抱えたタナトスは、空で今まさに命がかろうじてある存在目指して飛んだ。
だいぶ高く飛んだ上に風に少しは流されてるから町の上空から離れてしまっていた。
黒い物体のように見えたその人物の姿を捉えた僕は、空中で彼を掴む。

が、くんっ!!

僕の身体を支えているタナトスの片手が、その大きな鳥のような彼を支えた。
折り返して、ビビのところに連れて、帰る。

バジッ!!

雷堂に撃たれたすぐ後の発動のときのような耳障りな音が響くけれど、僕は構わなかった。
呼吸が、荒くなる。
眠っていたおかげで多少は回復した精神力を使い切ってしまったのか、ものすごく眠くてだるくて、そして大人一人は今の僕にはとても重い。
けれど。
歯を食いしばった。
死なせない、死なせたくない。
死神が、守護神を生かすために大空を飛ぶ。
風に流されたおかげで、少し離れたところから、ちゃんと見れた。

クロコダイルが空に舞った、それを。

勝った。

ルフィが、勝った。

視界が真っ暗になりそうになるのを堪え、僕はタナトスを動かし、そしていつの間にかその場所を目指していた。
王宮。
ビビの家。
ちょうどその場所につく前に。
僕とマガタマたちは、今度は睡魔ではない何かに意識を奪われて、そのまま僕等は墜落した。



再UP

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