(5)
「重い…重いぞ。暑いし」
ずるずるとみんなの荷物を引きずりながら歩いている船長をよそに僕達はひたすら歩く。
次の休憩で海賊弁当を食べるからそれまでの辛抱だろう。
歩いているメンバーの中にカルーはいない。
ビビ王女の手紙を持って別行動で走っている。
…一人で大丈夫、だよな。
超カルガモだし。
「腹が減ったら食うんだ」とかいうそのまんまのことわざを作ってねだるルフィに根負けして、次に岩場を見つけたら休憩という約束を取り付けたルフィが、また調子に乗ってじゃんけんで勝った人間が荷物もちって言うのを言い出し、自分が勝ってみんなの荷物を運んでいる。
…僕とエースの二人以外の荷物を。
エースはもともとユバまでの道のりであったし、たとえルフィのお兄さんでも麦わら海賊団の仲間になったわけではないから、かもしれない。
僕も僕で…なんというかいやな予感がしないでもないので、もって運べるだけの水と着替えはルフィには渡したくなかった。
なんでだろう?
まあ、いいか。
僕とエースは相変わらず手をつないでいる。
僕が悪魔だからか、それとも僕の中にいるマガタマたちが勝手に調節しているのかしらないけれどあまり汗をかかない僕の手の熱はエースのそれに比べると低い。
「エース! の手、そろそろ放せよ」
「いやー、こいつの体温ちょうどよくて、冷たくて気持ちいいぞ。ルフィ」
「ほんとか〜!!」
「ぎゃーーーー!!!」
元気だなぁ、ルフィ。
エースとつないでない側の手を、サンジやビビ王女や、ナミさんやウソップがかわるがわるつないで先を急ぐ。
そんな僕たちを見てぎゃあぎゃあといちいちわめく船長もしだいにその声の勢いを無くしていった。
暑いから。
なんかウソップやチョッパーがもめてたり、そんなチョッパーをゾロがいさめたりしている。
…皆暑さに参ってる。
でもこの国の人間達はこの暑さと砂と一生戦い続けているのだから……あぁ、きっと強いんだろうなぁ…。
皆、ビビ王女みたいなのかな?
王女様なのに、国のために、人のために二人で犯罪組織の中に潜入操作したビビ王女。
見知らぬ未開のジャングルに、ルフィと一緒とはいえ気晴らしと言って冒険に出たビビ王女。
そして、涙をこぼさず泣いてるビビ王女。
…まあ、他の町に行けばこの国の人はいるだろうから、その時に確認すればいいや。
「海賊が国とりだなんて笑わせる。そう思わねぇか? 」
歩いているうちにエースがそう話しかけてきた。
確か船でもゾロとそんな話、してたっけ。
僕は歩きながらエースを見上げる。
「国以外のなにかが目的なんだろうが、さぁてなんだと思う?」
確か、軍事力だった、よな?
ぷ、プルートゥ、だっけ?(なんか、どこかのアニメの犬のような名前だ…)
そんな名前の武器の情報を手にしたかった…って微妙に名前が違うような…。
「お前さんにはわからない、か?」
この国の王、もしくはこの国が隠してる何か
僕が口パクでそう言うと、覗き込んでいたエースが「ほぉ」と一言だけ言った。
「どうしてそう思うんだ?」
僕はそれには答えず、ただエースを一瞥して肩をすくめた。
七武海…確か世界を保っている三大勢力の中の一つ。
七人の大海賊からなる、それらの権力は計り知れない。
権力がある、ということはそれに群がる金や力も多少なりとは掌握しているということで、それはこの国にいるクロコダイルもそうなんだろう。
人間という生き物は、時折悪魔になるから不思議だ。
元人間の僕が言うのもなんだけど。
もっと、もっとと己の欲望を果たすためには手段を選ばず、人を蹴倒し、手にしてもさらに上をと目指す。
…言ってみれば、クロコダイルは海賊としては真っ当ではないかもしれないが、その行為は大きな目で見れば海賊行為をしているにすぎないのかもしれない。
海賊は、奪い、犯し、また奪う。
クロコダイルは国から水を奪い、国を犯し、そしてまた奪おうとしている。
その行為にどれだけの犠牲が起きようとも。
お前には関わりのない話のはずだったな。
マガタマたちがうごめき、そんな声を上げる。
ビビ王女に出会わなければ、確かにそう思った。
ふいに脳裏に、僕の情操教育ということで絵本や童話を読んでくれるビビ王女の姿が思い出されて、前を向く。
その後姿を見つめて、僕は小さく僕自身と僕の中にいるマガタマたちにいいわけした。
もう、関わったし…、それにビビ王女には借りがある。
絵本や童話を読んでくれて、手をつないでくれて、それから…悪魔の僕に手を差し伸べてくれたから。
素直に仲間だと思えばよいものを。/煩い。
仲間じゃない。/左腕のそれはなんだ?
僕の仲魔はもういるし…それに…。
それに…なんというか、ちょっと、違う気もしてきているんだ。
『仲間』ではなくて…もっと別の…。/…そうか、お前はそう感じているのか。
「……?」
エースの問いかけにも僕は目を伏せたまま。
「お、岩場発見」
「休憩タイムだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「速ぇえな!」
ふいに前を向けばルフィの後姿がすでに僕らの前から遠ざかっていた。
…元気だな。
僕は見上げなかったから、判らなかった。
物言いたげな、エースの目が僕を見下ろしていたことなんて。
岩場であっさりと荷物をワルサギっていう鳥に奪われたルフィは、それを追いかけてまた走って行ってしまった。
エースが何かわびているけれど、あれはルフィの持ち味だし、苦労するのは…まぁ、僕達なんだけれど気にしないほうがいいと思う。
気にしたほうが、負けだと思うから。
なんとなく。
「うわぁあああああああ!!!!」
え。
砂の中に何かいて、それに追いかけられながらルフィが戻ってきた。
あれ? 駱駝も一緒だ。
「隣で駱駝も走ってるっていうのはひとまずおいとくか…」
「ったく、どういう星の下に生まれれば、こうトラブルを呼び込めるんだ」
走ってきたルフィの後ろの砂が盛り上がる。
「あ、あれはサンドラ大トカゲ…!!」
「ぎゃーーー!!」
でかい蜥蜴が駱駝とルフィを追いかけて走ってきていた。
…。
前のあの一匹はいいとして。
問題はこっちかな。
「…?」
僕はウソップやチョッパーに手でそこを動かないで、とジェスチャーで言ってからそちらに向かう。
「気がついたのか、すげぇな。」
「? どういうこと? エースさん」
ずずずっ。
そんな小さな音が聞こえた。
「へっ」
向こうでサンジたちが倒している声が聞こえた直後、そいつが現れた。
「サンドラ…オオトカゲ…!!」
「そ、そういえばこの蜥蜴は二匹で狩をする習性が…」
「そういうことは先に言っとけ!!」
「ギャーー、どうしよう!!」
悪いけれど食べられるつもりはないし、皆を食べさせるつもりはない。
「さぁてどする?」
僕の出方を探っているのか、エースが言っているけれど。
僕はそれにかまわず、口を開いた。
「ペ ル ソ ナ」
出てきたサタンのその姿に蜥蜴の動きが止まる。
震えてるのが判る。
恐怖。
僕の代わりにサタンが目を細めた。
「マハラギダイン」
炎がもう一匹を包み込み、のた打ち回ろうとしたそれに止めを入れたのはエースの『火拳』だった。
「…お前さんも悪魔の実の能力者か?」
エースの問いに答えたのはサタンだった。
「それに答える義理はないな」
一瞬驚いて、動きが止まりそしてテンガロンハットをくいっとあげる。
「違いねぇ」
にっと笑うエースにサタンは目をやり、そしてそのまま消えた。
「ありがとう、〜。助かったわ」
ナミさんがそういいながら頭をなでてくれる。
「ありがとう、くん」
ビビがお礼を言ってくれた。
「よぉーし! 俺の指示通り!」はウソップの言葉で。
チョッパーは泣きながら僕に抱きついてきた。
「お、おで、おでお前が食われるんじゃねぇかと思った…っ」
悪魔だから、たべられはしないよ。やすやすとは。
そう言いたかったけれど言えないので代わりに抱きしめ返したら。
「ぎゃああああ!! なんでチョッパーと抱き合ってんだ〜〜〜〜!!!」
砂漠によくルフィの絶叫が響き、後ろでエースがやれやれ、とただ小さく呟くのが聞こえた。
砂漠の道のりは、まだ続くようだ。
正確にはプルトンだ、。