悪魔っ子視点
かつて『僕』が『あたし』だった頃。
いや、『僕』が人間だった頃でもいいや。
その頃に食べたことがある味がふいに思い出されて、それがなんとなく胸の中をほんわかさせてくれたから、そのお礼のつもりだった。
満月だし、お腹一杯で、きっと触れ合わなければマガツヒも無意識にとるってことはないはずだ。
僕の姿を「綺麗」って蘭たちは言ってくれた。
こういうときはお礼を言うものだと思ったから、それを口にした。
彼女達の名前は呼べないから、それだけ気をつけて数分間だけ話し合った。
長い時間はさすがに封印を緩めてるとマガタマたちがまた騒ぎ出すから。
…『懐かしい』って気がした。
もともとの彼らの世界は、僕が人間だった頃に生きていたあの世界に告示していて、歴史の大半も同じだった。
地名や、要所要所は違うけれど。
話を聞くことが出来て、たぶん、『嬉かった』んだとも思う。
そうしたら、なんかルフィが怒って今の状況になったんだ。
いつものみかんの木の下で僕は毛布をかぶってゆるゆると眠気に誘われていた。
ちゃんと昼寝をしたんだけれど、やっぱり封印を緩めてもとの悪魔の姿になったのが悪かったらしい。
マガタマたちはそんな僕を失笑したり、心配したりという意識を僕に向けてくる。
うん、まあこの間のドラムロックを登ったあのときよりは数段いい。
そうしていくうちに、声が聞こえた。
「はどこだ〜〜!!」
ルフィは朝から元気だな。
「ちょっ、ちょっと待ってルフィ」
コナンの声もする。
何かあったのかな。
朝食の時間だけれど、それで呼んでる雰囲気じゃない。
足音が僕の傍で止まる。
「」
返事はしない。
「お前、勝手に封印といただろ」
「…」
僕は目を閉じたまま、その声を聞いていた。
だって眠いんだ。
「寝てるんじゃないの?」
コナンがそう言ってるのが聞こえる。
「なーんで園子たちに見せた」
僕は目を開けた。
あぁ、やっぱりコナンとルフィだ。
納得して目を閉じると「寝るな。聞け、人の話を」と言いながら、何か気配がする。
「懐かしいってなんだ? 封印といてやるほど、お前嬉しかったのか」
どすん、とルフィが座るのが判った。
「封印といたらしんどいんだろうが」
「え。そうなの?」
「あぁ、ドラムで解いたときはすげぇ熱が出たんだ」
ルフィの声は低いまま。
「何、怒ってるの? ルフィ」
本当に。
何を怒ることがあるんだろうか?
僕が僕の封印をどうしようと、僕の自由だ。
「…別に俺は怒っちゃいない」
嘘だな。
「熱出してもいいって思ったのか?」
「…」
「…お前、俺達よりも蘭たちが好きなのか?」
「…」
「だめだぞ、そんなの。いや、俺もあいつら好きだけど」
「…」
何が言いたいんだ? 判らないなぁ…。
「おい、聞いてるのか?…って眠いのか? 寝るな」
触れようか、触れまいか、そんな気配に僕は寝るに寝れなくてまどろむ。
そのうちコナンが言い出した。
「ルフィ、昨日の夜ずーっとは寝てないんでしょう? 寝さしてあげたほうがいいんじゃないの?」
「…けどよ、コナン」
「、船長さんがだっこして寝てくれるって。毛布よりもきっとあったかいよ」
何言ってんだ?
僕が目を見開くと、なぜか、こう…嬉しい?のを我慢してる顔のルフィがそこにいた。
僕を抱っこして嬉しい?のか?
変なの。
「しょうがねぇな。よし、寝てもいいぞ。抱っこしてやる」
いいよ、いらない。
そう思いながら目を見たのに、聞かないまま僕を抱き上げて膝の上にのせて、一緒に毛布に包まると、もうルフィは笑顔だった。
「しっしっし…」
「…」
…なんで今まで怒ってたルフィがもう笑顔なんだろう?
にしてもコナンはなんでこんなこと言い出したんだ?
しばらくそう思っていたけれど、僕は眠気に負けてまた瞼を閉じた。
「あ、でもなんで解いたのかは後でちゃーんと聞くからよ」
もう僕は眠気に眠気に負けてルフィの腕の中で眠り始めていた。
「ご飯、どうしようか」
「俺との分、こっち持ってきてくれ。ここで食う」
「は〜い」
「♪ね〜んねん、ころりーよ…って歌いらねぇか? しっしっし」
そんな声を遠くに感じた。
近くに感じるのは、なぜかルフィの心臓の音だ。
とくとくと、幾分か早いそれに押された感じで僕はそのまま眠ってしまった。
正直に言えば、彼の「仲間だ」という言葉に僕はいつも反発していた。
僕にとっての「仲間」は「仲魔」で、人間の仲間はいないんだ。
かつての世界、確かに僕にも「人間」の仲間はいたけれど、その誰もに僕は置いて行かれたような気がする。
それは彼らが悪くなくて、世界を渡ってしまった僕の方がいけないのだけれど。
あと、もう一つ。
仲間と聞いて僕はどうしても思い出してしまうのは、この手にかけてしまった仲間たちの顔。
カオスとロウの勢力それぞれに立ってしまった、町のチンピラ幼馴染の恋人の二人。
一緒に戦っていくうちに、僕らは確かに友情めいたものを感じていたはずなのに。
そして人修羅となってしまった、直前のあの世界の幼馴染と同級生。
助けたかった、死なせたくなかった、仲間だから余計にきっと。
だから僕はルフィたちの「仲間」という言葉を否定するのかもしれない。
置いていかれるのが怖いから、置いていくかもしれない自分がいやだから、というのもあるけれど。
違うだろ、とマガタマの一つが僕に意識を向けた。
でも、それもきっと一つの理由だ。
今まで黙っていたマガタマたちがゆっくりと騒ぎ出す。
お前があいつらを「仲間」として認めないのは別のものとして認めてるから。
うん、それは認める。
少年探偵団の皆と話していて、比較して、たぶん、そうだろうと確信したのは昨日の夜。
「あ、起きちまった」
「てめぇが肉肉うるせぇからだぞ、くそゴム!」
「えぇええ、そうか〜?」
ルフィと目があった。
ごしごしと目をこすって僕は大皿を持った人を見上げる。
おはようございます。
正味15分程度は寝ていたみたいだ。
「朝食でございます」
そうサンジがいいながら笑う。
いい匂いが漂うので、身体を起こそうとしたら抱きなおされる。
ちょうどルフィの膝の上に座ってる状態にされる。
僕は彼を見上げた。
…食べづらいから、離してほしいんですけど?
「嫌だ。ここで食え」
……。
僕はサンジを見上げる。
「ま、今日は勘弁してやんな。ちゃん」
暖かい湯気と匂いと空気。
この雰囲気に、時々胸がぎゅーっとなってしまうときがある。
目から勝手に涙がこぼれてしまいそうになったこともあって、そのときも瞬きをして誤魔化した。
ヒメといたあのときとは、またほんの少しだけ違う。
あの頃は僕はいつも守る立場だった。
けれど、この船で僕はいつも守られてる。
身体も、きっと心も。
それがくすぐったくて、…きっと申し訳なくて。
僕はそんなことされるような生き物じゃないのに。
僕はゆっくり頷くと、サンジが置いてくれたお皿に手を伸ばした。
「しっしっし。いつもと逆だけどよ、俺が食わしてやろうか」
小さな子供じゃないから、いいよ。
「遠慮すんな、な?」
「あんまりちゃんを苛めんなよ、船長」
「俺はいつだってを苛めてねぇ」
そんな言い合いをよそに、僕は朝食を一口食べた。
え? 僕が、彼らをどう思ってるかだって?
いまだよく判っていないマガタマの一つ言葉に、僕は目を伏せて、小さく思う。
たぶん、これって『家族』ってヤツじゃ…ないのかなぁ、って思ってるよ。
この後、ルフィが「俺はお前の親でも兄貴でもねぇ」なんて言い出したから、「じゃあ弟?」と僕が目で言うと。
「お前失敬だな、お前失敬だな!!」なんて怒り出した。
じゃあ、僕にどう思えと…?